第47話 理想を現実に

死闘の末にザルスを倒したセインだったが、スキンヘッドの男に人質を取られてボコボコにされている。

それらの一部始終を、俺は扉の隙間からこっそりと見ていた。


「ここまでは小説の内容と同じだ。だが、肝心のアイツがまだ姿を見せていない。アイツが来なきゃ、セインは多分死ぬぞ。最悪俺が助けに行くが、それだとセインの学園に入学する動機がなくなってしまう...」


そんなことを言っている間にも、セインの状態はどんどん悪化していく。その瞼はもう落ち切りそうだ。


クソ、アイツは来ないのか?付近にそれらしき人の気配はない。俺がいくしかないのか?もうセインの命が危ないぞ!


「おやおや、こんなところに可愛い猫がいたものだね」


「!?」


セインの元へと駆け出しそうになったそのとき、後方から凛とした声が聞こえた。その声に俺は動きを止めて振り返る。


そこには、純白の長い髪と金色の瞳が特徴的な背の高い女性がいた。年齢は20代後半といったところか。


「さて、どうしてこんなところに猫がいるんだろうね?」


金色の瞳でこちらを見つめながら、その女はそう続ける。


「——」


その女の圧倒的な存在感に、俺の思考は一瞬だけ停止する。


この人、端的に言ってやばい。歩き方やオーラなどから判断するまでもなく、一目見るだけで剣術と魔法のどちらも超一流であることがよく分かる。こんな化け物が近くにいたのに、その存在に気がつけなかったのか。


冷や汗をダラダラと垂らしながら、俺は頭を超回転させる。今とるべき最善の行動は........逃げるしかない!


そう結論付けた俺は、その女に背を向けて全力で走った。正直、あちらが追ってくれば逃げ切れる自信はない。しかし、何もしないよりはマシだ。


「やれやれ、逃げられてしまったか。私はどうも動物には好かれないようだ。まあ、あの猫は例外かもしれないが」


幸運なことにその女は逃げた俺を追うことはせず、部屋へと入っていった。その部屋の中ではセインがスキンヘッドの男に嬲られている。


「な、なんだテメェ!」


突然部屋に入ってきた女に、スキンヘッドの男は狼狽える。


「いや、大したものではない。ただの通りすがりさ」


女はそう言って、スキンヘッドの男へ手をかざす。すると即座に男は床に膝を突き、泡を吹いて倒れた。


手をかざす、それだけで戦闘終了。

その女の圧倒的な強さに、セインを始め孤児達は言葉を発することができない。


「さて、君大丈夫か?」


「あ、あ、ふぁい」


「あまり大丈夫ではなさそうだな。ほれ」


女はセインの顔に手をかざす。

すると、彼の体の傷は瞬く間に消えていった。


「え、えっと助けてくれてありがとうございます。僕はセインと言います。あなたは...?」


「ああ、名乗っていなかったか。私はアーレット=ホウロウ。ただの通りがかりだ。私はこの付近の村に天才と呼ばれる子供がいると聞いて、遥々王都からやってきたわけなんだが…その天才とは君のことだね?」


アーレット=ホウロウと名乗った女はセインの目を見つめ、そう確認を取る。


「え?」


「一目見ればわかる。セインといったか、君は膨大な可能性を秘めている。もしかしたら私を超えることが出来るかもしれないほどの、な。私はグレース剣魔学園という学園の学園長をしているのだが、聞いたことがあるかな?」


「は、はい。王都にある有名な学園ですよね」


「知っているなら話が早い。セイン、是非とも私の学園に来ないか?君のその才能と可能性を、私の学園なら伸ばしてやれる」


アーレット=ホウロウ——グレース剣魔学園の現学園長——は勧誘するように、その手をセインへと伸ばす。


「え、えっと、そのお話はありがたいのですが、僕は孤児ですし、孤児院で他の子供達の世話とかもしなければならないので...」


王都の超名門校、グレース剣魔学園の学園長から直接勧誘されることなど、滅多にあることではない。

しかし、それよりも孤児院のことを優先したいセインはその手を取らない。


「そうか。セイン、私の学園は身分に関係なく才能のあるものは誰でも入学することができる。君が孤児だろうか関係ない。孤児院ついては君が学園に入学してくれるのであれば、私が責任を持って孤児院へ支援を行おう。学園の入学費なども心配いらない。私が用意しよう。これならどうだ?」


それを受けてアーレットは、その破格とも言える条件を提示する。


「は、はぁ。それなら問題ないのですが...」


「本当か!?うちの学園は15歳から入学を受け付けている。セイン、君は今いくつだ?」


「こ、今年で13です。」


「ふむ、では来年の末に入試を受けて、再来年の始めに入学という形になるか。ああ、そうだ。君にはこの本を貸しておこう。見たところ君には水魔法と光魔法の才能があるようだ。君ならもしかしたら、最上級魔法くらいまでを入学試験までに習得することができるかもしれない」


アーレットはそう言って、水魔法と光魔法の効果と詠唱が記載された本を差し出した。セインは戸惑いながらも、それを受け取る。


「あ、ありがとうございます。あの、一つ質問をしていいですか?」


「ん?何かな?」


「天才と呼ばれる子供って、本当に僕の事なんですか?」


セインに勧誘できた事が嬉しいのか、若干上機嫌なアーレットへセインはそう質問をする。


「ああ、間違い無く君だろう。君は数十年に1人の逸材と言える」


「僕の友達に、アルトっていう子がいるんです。その子は僕よりも強くて、賢くて、勇敢なんです。僕はその子に何回も助けられました。彼は、候補に入っていないんですか?」


自分が勧誘されるのであれば、自分を助けてくれた”彼”も同じように勧誘されるのではないか。学園へ入っだ後も、自分の尊敬する”彼”と共に切磋琢磨し合えるのではないか。


「...残念だが、君以外の情報はこちらには入ってきていない。だが、入学試験には年齢制限こそあるものの、それさえ満たせば誰でも受けることができる。そのアルトという子も、君と一緒に試験を受けるといい。その子が君の言うような子であれば、間違い無く試験を突破できるだろう」


「...分かりました。ありがとうございます」


そんな淡い期待は、アーレットの言葉によってすぐに打ち砕かれる。

セインは一瞬だけその顔を暗くしたが、直ぐにまた上を向き直す。


「さて、話もまとまったところで、そろそろ子供達を連れてここから出ようか。君たち2人の入学を楽しみにしているよ。......いや、1人と1匹と行った方が良かったかな?」


そして最後、話を締め括るようにアーレットは、こちら——扉の隙間から様子を観察していた俺の方——へ視線を向けてそう言った。



バレてたか————



全身の毛が逆立つような感覚に襲われた俺は、再度頭をフル回転させて一つの結論に辿り着く。




よし、逃げよう!



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



グレース剣魔学園の学園長、アーレットから逃げるようにして自宅へと帰った俺はさっさと寝ることにした。

セインとアーレットがいるのなら子供達はみんな無事に家へ帰されるだろう。


「結局、小説での内容と同じようになったな」


セインが子供達の救出に向かう日時が変化してもアーレットはセインを助けに来て、学園への勧誘を行った。これは偶然なのか、はたまた必然——この世界は小説の内容と必ず一致するようになっているのか。

これらについて考えようかとも思ったが、答えが出そうになかったのでやめた。


因みに小説の方では、捕らわれている子供達の中にアーネが混ざっていたりする。アーネは助けてくれたセインに憧れを抱き、セインに再び会うためグレース剣魔学園への入学を志す。そしてその数年後にセインと学園で再開を果たす——のだが、そのストーリーは俺がぶち壊してしまった。

まあ、過ぎたことをとやかく言っていても仕方ないか。すまんな、アーネ。


そんなことを考えているうちに俺は眠ってしまったようで、目を覚ましたときには陽は既に空高く昇っていた。


「おはよう、アルト」


「おはよう、母さん」


体を起こし部屋を出ると、箒でリビングの掃除をしている母さんと会った。


「ご飯は机の上に置いてあるわよ」


「了解。ありがとう」


母さんに促されるがまま、俺は遅めの朝ごはんを食べる。うん、美味しい。


「ねぇ、アルト。昨日の夜のことなんだけど...」


朝ご飯を頬張っている俺へ、母さんが話しかけてきた。ん?昨日の夜?嫌な汗が背中を流れるのを感じる。


いや、バレているはずがない。俺は家を抜け出す前に父さんと母さんが眠っていることを確認した。そして母さんは確実に眠っていたはずだ。動揺するな、落ち着け。母さんといえど、今回ばかりは何も知らないはずだ。


「き、昨日の夜がどうかしたの?母さん。」


心境を悟られぬよう、俺は至っていつも通りに返事をする。


「私は知らなかったんだけど、そもそも一昨日に孤児院の子達が誘拐されたみたいでね。それで、昨日の夜にセイン君がその子達を救出したらしいのよ。その中には孤児院の子供達だけじゃなくて、他の村や町の子もいたらしいわ」


「へ、へぇ〜、セインは凄いね。強いのは知ってたけど、犯罪組織を一網打尽にして子供達を救出するなんて。自慢の友人だよ」


昨日のことがバレたのではないかと心配する俺をよそに、母さんは俺のことではなくセインのことについて話し始めた。どうやら心配は杞憂に終わったようだ。

そうだよな、流石に母さんとはいえ知っているわけが———


「アルト?私は、セイン君が犯罪組織を一網打尽にした、なんて言ってないわよ?子供達を救出した、とだけ言ったの。まあ、あなたの言うように実際には、子供達を攫った組織の構成員の大多数は逮捕されたみたいだけれど。なんでその事を知っているのかしら?昨日の夜に家を出て行ったアルト君?」


「............黙秘権を行使しま——」


「駄目です」


「ごめんなさい」


誤魔化すことを諦めた俺は、大人しく頭を下げる。


母さんには俺の行動はすべて筒抜けだったようだ。猫に変身していた時にも見破られたし、一体どうしてなんだ?俺の体にGPSでもついているのか?


自身の体を弄り始めた俺に、母さんは呆れたように額に手を当てる。


「はぁ。ねぇアルト?私はあなたの行動を止める気はないわ。だけどね、何かをするなら一言くらい声をかけてくれないと。いきなり家から居なくなっていると心配するわ」


「...そうだね。これから無理をするときは一言声をかけるようにするよ」


「無理をしない前提での話だったんだけど?」


「はい、無理はしません」


口が滑った。

まあ、セインのイベントは終わったわけだし、学園の入試がある来年の末までは特に何事もなく時間が過ぎていくだけだろう。学園に入ってからは無理の連続だろうが。


母さんから逃げるように急いで朝ごはんを食べた俺は、セインに会いにいくため孤児院へ向かう。勿論、人間の姿で、だ。


孤児院の中を覗くと、セインは忙しそうに孤児院の中を走り回っていた。その周りには子供達の姿も見える。あれだけの戦闘をした上に帰ったのは俺よりも後だろうに。タフなやつだ。


「あ!アルト君!」


こちらに気づいたセインが声をかけてきた。


「よう、セイン。母さんから聞いたよ。上手くいったようだな」


「うん。アルト君のお陰だよ。あのときは、本当にありがとう」


そう言うと、セインは頭を深く下げた。


「俺は関係ないだろう。子供達を救ったのは間違い無くセインだ。自信を持て」


「あはは...そう言われると照れちゃうね。本当は僕だけじゃみんなを救えなかったんだけど、ある人が助けてくれて...あっ、そうだ!」


セインは何かを思い出したように声を上げた。


「アルト君!アルト君は、グレース剣魔学園を目指してるんだよね!?」


「お、おう。それで合ってるぞ」


するとセインがすごい剣幕で詰め寄ってきたので、俺は思わず身じろぎしてしまう。


「僕もグレース剣魔学園を目指すよ!今からアルト君に追いつけるか分からないけど、僕なりに努力して、来年の試験をアルト君と受ける!」


「おお、そうか。なら、一緒に頑張ろうな、セイン」


まあ見ていたから知っていたが。

取り敢えず俺は驚いたふりをしておいた。


「うん!一緒に学園に入学しようね!アルト君!」


セインと俺はそう誓い、後で一緒に練習をする約束をして別れた。





一先ず、これで準備は整った。転生したことに気がついてから、訓練をして、特訓をして、修行をして...非常に長かった。しかし学園の入学試験まで、残すはあと1年半。

それまでただひたすらに訓練をし、もし仮に学園へ入学することができたなら———俺の望みである、セイン達の物語を見守ることが叶う。


その理想を現実にするため、再び気合を入れ直した俺は訓練に励むのであった。

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