第46話 セインの成長
僕の名前はセイン。
僕がまだ赤ちゃんだった頃、森の中で捨てられているのを拾われ、今はヌレタ村の孤児院で暮らしている。
孤児院には僕と似たような境遇の子供達が20人ほどいて、みんなとてもいい子達だ。
でも、今の孤児院には僕以外の子供はいない。僕のせいで、みんなが攫われてしまったからだ。攫われたみんなを救うため、僕は今みんなの捕らわれている場所に向かっている。なんとなくだけれど、みんなのいる方向は分かる。
その方向へ進みながら、僕は体の調子がかなり回復していると感じる。友人のアルト君に言われた通り、ご飯を食べてしっかりと眠ったためだろうか。
アルト君はすごい。彼は2年間程度の修行を経て、とても強くなって村へ帰ってきた。
また、昨日は瀕死の僕と院長を1番に助けに来てくれて、みんなを助けるためのアドバイスくれた。
みんなの救出もアルト君の協力があれば、成功率は大きく増すだろう。だけれど、これは孤児院の問題だ。関係者でないアルト君を巻き込むことはできない。これは僕たち、孤児院の人間で解決しなければいけない問題なんだ。
無事にみんなを連れて村へと帰れたら、アルト君にしっかりとお礼を言おう。そう心に決め、僕は森の中を感覚を頼りに進んでいった。
森の中へ入ってから3時間ほど歩くと、洞窟のようなものを発見した。その入り口には松明を持った2人の男が立っている。
「あの洞窟の中にみんなが...」
その洞窟の中からは確かに孤児院の子供達の気配がする。あの洞窟が子供を攫った男達の拠点なのだろう。
僕は素早く茂みの中から抜け出し、門番の背後から忍び寄って1人を護身用の剣で沈めた。
ドンッ
「!?」
「水よ来たれ——
「なん...!?.....ガッ...ボッ...」
鈍い音に気がついたもう1人の男には、顔の周りに水の球を生成させて声を上げられないようにする。その状態を保っていると、男は1分程度で白目を剥いて全身から力が抜けた。
少し荒っぽい手段になってしまったけど、みんなを救うためだ。手段は選んでられない。
気絶させた男たちを背に、僕は洞窟の中へと歩みを進める。みんながいる場所を目指して。
洞窟の中を歩き続けて、30分ほどが経った。時間帯もあってか、道中では誰とも遭遇しなかった。
「...あの部屋だ」
洞窟内の一角、そこにはみんなの気配が強く感じられる部屋があった。その部屋の前には、見張りの男が1人いる。
その部屋の前の廊下は狭く短い。そのため角を曲がってその廊下に出れば、すぐに見張の男に見つかってしまうだろう。かと言って魔法で倒そうにも、僕は魔法を
ここは洞窟内だ。あまりに荒っぽい倒し方をしてしまうと、音が響いて他の人に気づかれてしまうかもしれない。
いや、あの部屋の中にはみんながいるんだ。見張りの男を倒して、すぐにみんなを外へ案内すれば、大丈夫。
そう決めた僕は素早く廊下へと飛び出し、一気に見張りの男との間合いを詰める。
「なんだおま——ヘブッ」
見張りの男の顎を剣で素早く打ち抜き、気絶させる。ここからは迅速な行動が求められる。僕は見張りの男から部屋の鍵を奪い取り、部屋の中へと入った。
「どうした?なんか音が聞こえた——ガッッ」
部屋の中にももう1人の見張りがいたが、完全に油断していたのでこちらも一撃で気絶させた。そして僕は、その部屋の全体を見渡した。
「なんだこれは...」
その部屋の光景に僕は言葉を失う。
その部屋の中には牢がいつくも設置されており、そこには孤児院の子供以外にも多数の子供達が捕らわれていた。その数およそ50人以上。
「なんて酷いことを...」
あの男達は誘拐の常習犯なのだろう。
孤児院のときと同じような手段で誘拐したに違いない。...他の子供達を見捨てることは出来ない。
見張り番の男から牢屋の鍵を奪い取り、孤児院の子供達が捕われている牢屋の扉を開ける。扉の開く音に気づいたのか、数人の子供達がこちらを見た。
「セイン兄ちゃん...?」
「ああ、僕のせいでごめん。助けに来た」
孤児院の男の子、ハースが口を開く。
ハースと目を覚ましている子供達は僕の答えに安心したのか、泣きそうな顔を作る。
「みんな待って。今は泣く時じゃない。早くみんなでここを出なきゃいけない。起きてる子は起きてない子を起こして。なるべく静かにお願いね」
急いでそう言うと、子供達は表情を引き締めて他の起きていない子供達を起こし始めた。本当にいい子達だ。
また僕は他の牢屋で眠っている子供達にも同様の説明をし、同じように協力してもらった。
捕らわれている子供達を全員起こした後、改めてみんなに状況を説明する。
「と、いうわけで悪い人達の仲間が帰ってくる前に早くここを出なきゃいけないんだ。だからみんな、静かに、早く移動しなきゃいけない。できるね?」
子供達は黙って頷く。そんな子供達を頼もしく思いながら、僕は来た道を振り返る。
「よし、じゃあ行こうか」
「おいおい、どこに行くって?」
「!?」
振り返った先——つまり、この部屋の扉の前には、スキンヘッドの男と1人の巨漢が並んで立っていた。
「驚いたよ。少し見回りに出て、戻ってきたら門番が倒れててさ。まさか昨日の今日で突撃してくるとは思わなかった。困るな、大切な商品を勝手に持って行くのは。欲しいんなら金を出さないと。そうだな、今回は特別サービスで全員合わせて5000万G置いてけば見逃してやるよ」
スキンヘッドの男が軽く笑みを浮かべながら言う。5000万Gなど払えるはずがない。それを分かってて言っているのだろう。
「何が商品だ!彼らは僕の大切な家族だ!何がなんでも一緒に家へ帰る!」
「おーおー、かっこいいかっこいい。借金も返してない人間が言う台詞だとは思えない。家族が攫われたのは元はと言えば、お前らの借金が原因なんだけどな」
「その借金もお前達が違法な利息で釣り上げたものだろう!本来の返済分はすでに返し終えている!」
「なら、その証拠を持ってこいよ。まあ、今更事実なんてどうでもいいか。金を払わないでその商品を持ち出すというなら、ザルス」
「ウッス」
スキンヘッドの男に指示された巨漢の男——ザルスがこちらへ歩いてくる。
「みんなは危ないから、後ろに下がってて!」
僕は素早く子供達に指示を出し、ザルスと対峙してその動きを観察する。僕から彼に突っ込んで行っても、この間の二の舞になるだけだ。
ザルスは僕に向かって無造作に手を伸ばしてくる。一度掴まれたら自力で抜け出すことはできないだろう。
僕はその手を避ける。彼は何度も何度も、僕を掴もうとその手を伸ばしてくるがその手を避け続ける。
「ムゥ...」
ザルスは掴むことのできない僕に煮えを切らし、ジャブや蹴りなども繰り出してくる。僕はその攻撃を全て避ける。
攻撃を避けるだけであれば集中していればなんとかなる。しかし、それだけではこちらからは攻撃ができない。お互いに攻撃を当てられないまま、暫くの時間が経つ。
「おい、ザルス!何をしている!さっさと終わらせろ!」
それを後ろで見ていたスキンヘッドの男は、痺れを切らしそう叫ぶ。
「ウ、ウッス!!」
ザルスはその言葉に焦ったようで、先程までとは少しだけ大きな動きで拳を振るう。先程までのものと比べて、ほんの少しだけ隙が大きい。
「はッ!!」
「グッ...」
その隙をつき、僕はザルスの脇腹に拳をめり込ませた。
流石に一撃で倒すことは出来なかったが、効果はあったようで少しだけ彼の動きが鈍くなった。その後も僕は攻撃を避けることに専念し、チャンスがあれば攻撃をするというスタイルで戦闘を続けた。
ドンッ
「.....」
そして戦闘を始めてから30分ほどで、ザルスは初めて地面に膝をついた。
その隙を見逃さず、僕は彼を確実に仕留めるため顔に向かって横蹴りを繰り出す。
これで勝てる。そう思った時、地面に膝をついたザルスと目があった。その目は死んでいなかった。むしろ、虎視眈々とチャンスを窺っているような目をしていた。
まずい、そう思った時にはもう遅かった。
パンッ
ザルスは自身の顔面に向かう僕の足をしっかりと受け止め、ゆっくりと立ち上がった。
「クッ...」
「ウガァ!!」
彼は掴んだ僕の足を思いっきり投げ飛ばす。
「グゥ...ッ」
「ウォラ!!」
壁に激突しすぐに動くことの出来ない僕に、彼は何度も蹴りを放ってくる。
「ガァッ...グフッ...」
彼は集中的に腹を狙ってきた。一瞬の吐き気が襲い、口の中が少し酸っぱくなる。
「グッ...」
「フシュゥゥゥ...」
昨日の怪我とも相まって、僕は全く動くことができない。
そんな僕をザルスが正面から見下ろしている。彼はトドメと言わんばかりに右手で拳を握り、腕を大きく振り上げた。
ああ、これはまずい。当たれば間違いなく死ぬ。避けなければいけない。しかし、体は全くいうことを聞かない。
これはもうダメかもしれない。
そんなことを思った僕の目に、今にも拳を振り下ろさんとするザルスの奥で、心配そうにこちらを見つめる子供達の姿が映った。
僕がここで負けたらどうなる?子供達は奴隷として売られ、一生粗末な扱いを受けることになる。孤児院ももう運営はできないだろう。そしたら、未来に生まれる孤児達はどうなる?彼らの引取手がないため彼らは良くて奴隷、悪ければ餓死してしまうだろう。僕がここで死んだら?ヌレタ村の人たち——アルト君にもう会うことはできない。お礼を言う事もできない。
でも、僕が勝てば?目の前の男を倒すことが出来たら?子供達は奴隷になることはなく、孤児院も存続できるかもしれない。ヌレタ村のみんなとまた会うことができるし、アルト君にもしっかりと礼を言うことができる。
———僕はここで死ぬわけにはいかない。子供達のために、孤児院のために、これ以降の孤児のために、そして僕のために。
死にたくない!
ザルスの拳が顔を目掛けて振り下ろされる。当たれば確実に死ぬだろう。
しかし、その拳は酷く遅く見えた。
あれ...なんだ、これ...?
ザルスの拳だけじゃない、僕以外の全てのものの動きが遅くなっている。
僕は首を軽く傾けた。
ドンッ
ザルスの拳が完全に振り下ろされる。しかし、その拳は僕の顔を掠めて後ろの壁に激突した。
「...??」
彼は何故外したのかわからないと言った様子で首を傾げる。
「フンッ!!」
彼は仕切り直し、もう一度拳を振り下ろす。
今度は腹を狙ったようだ。しかし、その拳も酷く遅い。僕は大きく横へ飛び退いた。
ダァン!!
彼の拳は、またもや壁に激突する。
「...」
ザルスは横に飛びのいた僕を、警戒するように見つめている。
それに対して僕も、彼のことを見つつゆっくりと立ち上がる。先程まで動かなかったことが嘘のように、手足が自由に動く。
地面を蹴ってザルスに迫る。
彼は僕を返り討ちにしようと、その拳を突き出す。やはり、それもひどく遅い。その拳を避けた僕はザルスの鳩尾を打ち抜き、脇腹に横蹴りをいれた。
「ガァ......」
その目を大きく見開いたザルスは、地面にうつ伏せに倒れて動かなくなった。
その瞬間、周りの動きが正常な速度に戻り、再度身体が悲鳴を上げ始める。立っているだけでも辛い。
「はぁ、はぁ、倒した...ぞ」
しかし僕は立ったまま、スキンヘッドの男を見据える。
「う、嘘だろ?ザ、ザルスが負けた、だと?」
スキンヘッドの男はザルスが負けると思っていなかったのか、ひどく狼狽しているように見えた。
「クッソォォォォォォ!!」
スキンヘッドの男は突然そう叫ぶと、こちらに向かって走ってきた。
それを向かい打つため、僕は悲鳴をあげる体に鞭を打って剣を構える。しかしその男が向かったのは僕へではなく、子供達のいる牢屋だった。
僕の横をすり抜け素早く牢屋へと移動した男は、牢屋の入り口付近にいた子供を捕らえてその首元にナイフを突きつける。
「おい!子供を傷つけられたくなければ武器を捨てて、両手を上げろ!!」
スキンヘッドの男はそう言った。
「卑怯な...!!」
「あ?卑怯でいいんだよ!ザルスがやられたのは予想外だったが、最後に笑ってるのが俺なら問題ねぇ!分かったらさっさと武器を捨てろ!こいつがどうなってもいいのか?」
「セ、セイン兄ちゃん...」
ナイフを突きつけらている子供——ハースが、涙目で僕の方を見る。
体は既に限界を迎えていて、立っているだけでも辛い。そんな体で彼を救うことは不可能だ。僕は武器を捨て、両手を上げる。
「分かった。僕は抵抗しない。武器も捨てた」
「おうおう、いい子だなぁ?こいつを傷つけてほしくなければ、大人しくしてろよ、オラ!」
「グッ...」
スキンヘッドの男はハースを人質に取ったまま僕の方へ近づき、腹に蹴りを入れてきた。たまらず僕は地面に倒れる。
「調子乗ってんじゃねぇ!テメェはよ!無駄に手間をかけさせやがって!ふざけんじゃねぇ!もうここで殺すか!なぁ!」
男は倒れた僕に止めることなく蹴りを浴びせてくる。
次第に視界がぼやけ、意識が段々と薄れていく。蹴られているはずなのに、体の痛みも感じなくなってきた。瞼がゆっくりと下がっていき、もう完全に落ちようとした、そのときだった。
あの人が現れたのは。
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