第38話 絶体絶命
まずいまずいまずいまずいまずい————
自身の置かれている状況を理解した俺は、焦りながらも必死に頭を動かす。
生き残るにはどうすればいい。
ゲンシの落下を止める?いや、流石に無理だ。あの巨体の落下を止めるなど俺が1000人いても不可能だろう。
自分の落下の進路を変えてゲンシから逃れる?いや、ゲンシが反転している間に俺は甲羅から手を離してしまっている。そして今、手の届く範囲には何もなく、魔法を使うこともできない。進路を変えることは難しいだろう。
どうするどうするどうする————
詰み———そんな言葉が脳裏をよぎる。
魔法も使えない、自由に動くことも出来ない。つまり、俺はこのまま自由落下を続けることしか許されず、最終的にゲンシに押し潰されてしまう。—————そんな結末が頭に浮かぶ。
このまま、死んでしまうのか————
嫌だ。そんなの絶対に嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
死なないで家に帰ると約束をした。セインと共にグレース剣魔学園に入学すると決めた。アーネからブレスレットを返してもらうと約束をした。そして何より、セイン達の紡ぐこの世界での物語を見守ると決めた!
前世でも途中で放り投げたのに、今回も放り投げるのか?そんなの許されるはずがない!著者として、俺はセイン達のこれからを見守る義務がある!こんなところで死んでられるか!生きることを諦めるのは死んでからだ!生きている間は必死に生にしがみつけ!
そう思った瞬間、両足に力がこもる。
「うぉぉぉぉぉ!!」
俺は両足で何もない空間を蹴る。
本来であれば、その両足は空を切るはずだった。しかしその時、何もないはずの空間に確かに”何か”の感触があった。
その”何か”を蹴った衝撃で俺は落下の進路を横方向にズラすことに成功、つまり真上に迫る甲羅の進路から外れた。だが、落下の勢いは落とせていない。このまま地面に衝突すれば、結局死んでしまうのではないか。どうする、どうする、どうするどうする————
「がぁぁぁぁ!!!」
逡巡する思考の中、俺は力を振り絞りボロボロの両手を組んで真下の空間を殴る。そのときにもやはり”何か”の感触があり、落下の勢いが和らいだ。
ドッ!!
その後1秒と経たず、俺は地面と衝突する。
...........なんとか生きているようだ。
しかし死なない程度ながらも全身を強く打った俺は体が全く動かず、起き上がることができなかった。
ズドォォォォォォォォン!!!!
それから遅れること数秒、倒れている俺の真横にゲンシが物凄いエネルギーを伴って地面と衝突した。
辺り一帯に爆音が鳴り響き、大きく砂埃が舞う。まさに紙一重。あれの下敷きになっていたと思うとゾッとする。
相変わらず体は動かないため、俺はゲンシの動きを観察する。あいつが動けたら、今度こそ詰みか。
パキッ
ゲンシが墜落してから数十秒後。そんな何かが割れるような音がした。よく見てみると、ゲンシの甲羅の一部にヒビが入っていた。そしてそのヒビはどんどん隣の甲羅へと伝播していく。
パキッ……ピキッ…パキパキパキパキ……
そして遂には割れた甲羅の破片が地面に落ち始め、最終的にはすべての甲羅がゲンシから剥がれ落ちてしまった。
また、ゲンシの首と両手両足は重力に従い下方向に伸びてしまっており、その瞳には光が灯されていない。
「自滅...か?」
先程のジャンプ反転攻撃はゲンシにとって諸刃の剣だったらしい。
彼の甲羅は落下の衝撃に耐えることができず、すべて割れてしまった。更に自身も体力が無くなり倒れてしまった、ということなのだろう。
俺は直感的に、勝利したのだと悟った。
「とはいえ、俺も体は全く動かないし、意識も朦朧としてきてるんだが...」
ゲンシの必殺技から逃れたあのとき、自分が何をしたのかは全く分からない。
しかし、自分の実力以上の動きをしたことは確かなのだろう。そんな動きを、ただでさえボロボロの体で行ったのだ。体が動かなくなっても不思議ではない。それに加えて、ゲンシを倒したことで気が緩んだのか強烈な眠気が襲ってきている。
ぼんやりとした意識の中、ゲンシの亡骸が光の粒子となり消えていくのが見えた。そしてその亡骸あった場所には茶色い宝石の埋め込まれたアクセサリー———あれはアンクレットだろうか———が出現し、20層の中心にはいつものように淡く光る扉が出現した。
あの扉をくぐれば、このダンジョンの攻略は終了する。結局、ダンジョンの攻略を始めてかなり長い時間が経ってしまった。しかし、これでやっとヌレタ村へと帰ることが出来る。
母さんや父さん、セイン達は元気にしているだろうか。俺のことを心配しているだろうか。一年以上もの間、顔を出していないことを怒ってはいないだろうか。母さんに怒られたら、その時は目一杯謝ろう。
そんなことを考えながら、扉へと手を伸ばす。しかし、やはり体はうまく動かない。かろうじて動かせるのは、利き手でない左手だけだ。
「帰らなきゃ...みんなが待つヌレタ村へ...」
俺は再度、扉へと手を伸ばす。それでもやはり右手は動いてくれないし、体は扉の方へ進んでくれない。
視界がぼやける。意識が遠のいていく。全身が限界を訴えていることがよく分かる。
「かえ.....ら...な............きゃ..........」
もはや自分がなんと言ったのかも分からない。遠のく意識の中、俺はヌレタ村へ帰るため、扉へ向かい手を伸ばし続けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます