第37話 20層

アーネと別れた俺は、冒険者ギルドで依頼の満了を伝えた。


結局、クリス達へ依頼した期間は1ヶ月と10日で計120万Gゴールドのお支払いとなり、クリス達に追加で20万Gゴールドを支払った。


さて。アーネの件で色々あったが、俺の最終目的はダンジョンの攻略及びスキルの習得だ。そんな訳で、俺は翌日からカイナミダンジョンの攻略を再開した。


16層から19層ではいつも通りの見知ったモンスター達が土属性になっているだけだったので、光魔法と闇魔法、時には物理攻撃も使いながら順調に攻略を進めることができた。


そしてアーネと別れてから1ヶ月後、ついに俺はカイナミダンジョンの最終層である20層にたどり着いたのだった。



20層へと足を踏み入れると、そこには1匹の大きな亀がいた。


ゲンロ•シートーブ、通称ゲンシ。四神の玄武をモチーフにしたモンスターである。


その特徴はなんと言っても、今までの階層主が小さく見えるくらいに巨大なその体だ。また亀という見た目からも分かるように、その巨大な体の全身が甲羅で硬く覆われている。そのため非常に防御力が高く、体力も非常に多い。

更に言えば、甲羅は土属性の盾でできているために火、水、風魔法による攻撃は全く通じない。これらの魔法でダメージを与えるには、顔や手足など甲羅に覆われていない部分を狙うしかない。


「まあ、俺には関係ないんだけどね。」


その甲羅に構わず、俺は光魔法を放つ。

放たれた光のレーザーはゲンシに向かって一直線に飛んでいき、甲羅を通り抜けてその内部にある本体に当たる。


「——ッ!!」


ゲンシが少し呻く。効果あったようだ。

20層は光魔法、もしくは闇魔法を持っている者がいなければめちゃくちゃキツイところなのだが、それらを使うことができれば比較的サクサクとダメージを稼げるはずだ。


「グォァァァ!!」


ゲンシが低い唸り声を上げる。

すると突然、地面の一部が柱状となって大きく盛り上がった。それらが一斉に俺へへと迫ってくる。

しかし、


「遅いね」


俺は必要最低限の動きでその攻撃を避ける。


ゲンシの攻撃はとても遅く、その攻撃を避けること自体は非常に容易い。白夜の攻撃速度に比べれば、蠅が止まってしまいそうなスピードだ。


そして攻撃のみでなくゲンシ本体の動きも非常に鈍い。またその的も大きいため、こちらの攻撃は非常に当てやすい。

俺の貧弱な攻撃で彼の膨大な体力を削り切るのにどれだけの時間がかかるのかは分からないが、少なくとも負ける未来は見えない。


「さあ、さっさと倒れてくれよゲンシ。お前がどれだけ粘ろうと、俺に勝つことはできないからさ」


俺はゲンシの攻撃を避けながら、闇魔法を放った。






ゲンシと戦い始めてどれだけの時間が経っただろうか。...15時間くらいか。


光魔法と闇魔法を駆使し攻撃を加えていた俺だったが彼の体力は膨大であり、かなり多めに持ってきた魔力回復用のポーションは全て使い切ってしまった。

空っぽになったアイテムボックスを見て、うんざりしながらゲンシの方へと顔を向ける。


「お前、本当に体力多いな...」


「グォォォ!!」


15時間も攻撃を受け続けたとは思えないくらいにまだまだ元気そうなゲンシは口を大きく開く。その口の中から土石流のようなレーザーが放たれた。


「だから当たらないって!諦めろ!」


俺はそのレーザーを走りながら避ける。

やはりゲンシはその体力に反して、動きは本当に鈍い。戦闘開始から15時間経った今、たとえ初見の攻撃が来ても避けられる自信がある。


「くっそ...あいつの攻撃に当たる気はしないけど、俺は魔法をこれ以上使えない。これじゃ負けないけど、勝てない」


彼の甲羅を突破するにはその甲羅を貫通する光魔法か闇魔法で攻撃を加える、もしくは物理攻撃でその甲羅を破壊かの2択しかない。


俺はゲンシの巨大な甲羅を見やる。


「やるしかないのか...」


覚悟を決め、俺はゲンシへ向けて走り出す。


もちろんゲンシはそれを向かい打とうとするが、それらの妨害を掻い潜って背中に飛び乗る。その背中には六角形の甲羅が無数に敷き詰められていた。光魔法と闇魔法はこれらの甲羅を透過するため、ゲンシの甲羅はすべて綺麗なままだった。


「一個の甲羅を集中的に攻撃しつづければいつかは割れるはず...!!」


敷き詰められた甲羅のうちひとつに狙いを定め、とりあえずそれを思いっきり殴ってみる。


ゴッ...!!


そんな鈍い音が響く。

うん、めちゃくちゃ固い。ジンジンと痛む左手をさすりながら甲羅を見てみると、傷一つ付いていなかった。


「割れる気がしないな。でも、割るしかないんだよね」


せっかく一年以上の月日をかけ、このダンジョンをここまで攻略してきたんだ。こんなところで諦めることをできる訳がない。


再度甲羅を殴ろうとすると、地面が大きく揺れた。背中から異物を落とすべく、ゲンシが体を揺すっているようだ。俺は急いで甲羅に掴まって落ちないようにする。


数分後、その体の揺れは収まった。しかし辺りを見渡してみると、土で出来た柱のようなものが数本飛んできているのが見えた。いつまで経っても落ちてこない俺に痺れを切らし、魔法を使ってきたようだ。


「これはチャンスじゃないか?」


迫ってくる土の柱を、ギリギリまで引きつける。


「ここ!」


その柱と接触する——直前、俺は横に大きく飛び退く。


ドゴォォォォン!!!


そんな爆音が数回、20層内に轟く。

柱の直撃した甲羅を見てみると、その甲羅には大きなヒビが入っていた。これはラッキーだ。


一方のゲンシは魔法を使うことが得策ではないと悟ったのか、これ以上何か行動を起こそうする様子はない。これ以降の助力は望めないようだ。


「じゃあ改めて、甲羅割りといきますか。」


そこで俺は大きなヒビの入った甲羅の上に立ち、自らの拳を固めた。







バリンッ!!


そんな音を立てて、眼前の甲羅が割れる。


「やっと、全部割れた...のか?」


ゲンシの甲羅を割ることができたのは、彼の甲羅の上に登ってから5時間後のことだった。


彼の甲羅はミルフィーユのようにいくつかの層に分かれていて、内部に進むにつれてその強度は増していった。


そして今、俺はピンク色の床の上に立っており、その床はピクピクと小さく動いている。その床に触れると少しだけ温かく、柔らかいことがわかる。


「さて、これでやっとまともな攻撃ができるな。とはいえ、もう魔力は残ってないし、物理攻撃をしようにも体はボロボロだ」


剣を刃毀れさせたくなかったため、俺はずっと手や足などの体を使って甲羅を砕いていた。そのため手は血だらけで、利き手に至ってはなんとか動いているという状態である。


更に言えば、ゲンシの方も自身の甲羅が壊されるのを放置するはずもなく、幾度も体を揺すってきたり、走り回ったり、時にはジャンプをしたりなどと妨害を仕掛けてきた。それに耐えるためにも手や足は酷使していた。


「少しエグいことになるかもしれないけど、こいつを使ってみるか。」


俺は一度、穴の外へと出る。穴の深さは1m程度だろうか。穴の内部を見下ろし、俺はアイテムボックスからあるものを取り出す。


それは以前、チンピラの撃退やスタバの討伐で大活躍であった特製水風船さんだ。それを更に2つ取り出し、穴の中へと思いっきり投げ込む。


パリィィィン!!!


特製水風船が割れ、ピンク色の床の上に強烈な匂いを発する液体が溜まる。


「相変わらず臭いな。やりたくないけど、俺も行くか」


ピンク色の床が所残らず茶色に染まったのを確認した後、俺は剣を持って異臭のする水溜りの中へ飛び込んで剣を突き立てる。


「グワァァァァァ!!!!」


ゲンシは今までに無い声量で叫ぶ。体の内部に傷をつけられて、そこに俺特製の液体が染み込んでいるのだ。叫ばないはずがない。


ふと真上を見てみると、巨大な土の塊が俺へ向けて降ってきていた。痛みに耐えかねたゲンシが魔法を使ったのだろう。余程怒っているのかそのスピードは早く、威力も高そうだ。


「とはいえ、だな」


その土塊が到達する前に、俺は穴の外へ出る。その数秒後、土塊が物凄いスピードで穴の中へと突き刺さった。


「ガァァァァ!!!!」


ゲンシは更に巨大な声で叫ぶ。しかし、まだ倒れない。こいつ、まだ倒れないのか…


そのしぶとさに脱帽していると、彼はその両手両足を曲げて大きく下に沈み込んだ。


「おいおい、こいつジャンプするつもりか?」


ここでジャンプしたところで、状況は特に何も変わらないだろう。それどころか、無駄に体力を消費するだけだ。


とはいえ弱点が露出している今、この甲羅の上から落とされる訳にはいかない。また変に降りて押し潰されでもしたら大変だ。そう思った俺は、甲羅にしがみつくことにした。


そう、思っていたのだが...


「…?まだ飛ばないのか?」


ゲンシは体を沈めてから30秒以上経っても動かない。ジャンプをするときは長くてもタメは15秒くらいだったはずだが。


「なんだか、嫌な予感」


嫌な予感がした俺は、急いで甲羅の上から降りようとする——が、遅かった。


ドンッッ!!


ゲンシは真上に大きく飛んだ。甲羅に乗ったままの俺を連れ、これまでにない勢いで。

その勢いは地上から50メートルくらいのところで0になり、一瞬だけ停止する———瞬間、ゲンシは自らの体を反転させた。

つまり、甲羅にしがみついていた俺はゲンシの真下に位置する形になる。このままでは地面に到達した瞬間、ゲンシに押し潰される————


それを悟ったとき、既に自由落下は始まっていた。

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