第36話 アーネの決意
お母さん達と別れた後。
ダンジョンへ向かうのに私はなぜか目隠しをされた。そしてアルトさんに背負われるという予想外の事態こそあったものの、私達は無事にダンジョンの前へとたどり着いた。
そこからの1ヶ月間は辛く厳しいものあり、またとても楽しいものでもあった。
魔力の操作を覚えるまではダンジョン内の暑さに体力を奪われ続け、魔力の操作がある程度出来るようになったところで無駄に回避能力の高いうざい鳥が出現し、更にアルトさんから無詠唱で魔法を使う練習をすることを命じられた。
流石にそのときは彼に対して一瞬だけ殺意が湧いたし、彼の頭は沸いているのではないかと本気で思った。
そして彼はそんな指示を出しておきながら、全く助けてくれない。私に手本を見せるためだとかで適当なモンスターを倒すことはあったが、私を助けるためにモンスターを倒すことはなかった。
だけど、その時に見た彼の魔法は威力は高くないものの、とても精密で1つの芸術作品のようですごく綺麗だった。
彼の指導のおかげで、私はある程度まで魔力の操作ができるようになった。だが、未だあの域までは達していない。彼は私の方が上だと言っているが、私と彼では上手さのベクトルが違う。少なくとも私には、あと何年かかってもあの芸術作品のような魔法を使うことはできないだろう。
少し話が逸れたが、私とアルトさんは最終的にダンジョンに潜り始めて1ヶ月程で5層の手前までたどり着いた。
5層の手前までたどり着いた後、私達は一度冒険者ギルドへと戻った。アルトさんの予定だと階層主というものを倒したら、私達はお別れになるようだった。
知ってはいたことではあったが、改めてそれが目前まで迫ると少しだけ悲しくなってしまった。
そんな私を見かねたのか、アルトさんは一日の休みを作って体を休めるように言った。しかし家に帰ってからの私は心ここに在らずという感じで、アルトさんに貰った休日も特に何をすることもなかった。
そして階層主へと挑む当日、いつものようにダンジョンへ向かうため彼の背に乗ったが、私はダンジョンまでの道中でほとんど口を開かなかった。もう少し色々と話しておけば良かったと、今になって後悔している。
そんなこんなで5層に挑む直前になったとき、彼から急に手を出すよう言われた。
前にも同じようなことがあったことを思い出し、私はついアルトさんを睨んでしまった。この期に及んで何をしようとしているのだ、この男は。そんなことを思っていたのだが、どうやら違ったらしい。
恐る恐る右手を差し出すと、彼はそこに青い宝石の埋め込まれたとても綺麗なブレスレットがつけてくれた。彼はこれを私に貸してくれるらしい。その綺麗なブレスレットを、私は暫くの間見つめていた。
「じゃあ、階層主を倒しに行こうか。」
アルトさんはいつもと同じ、軽い調子でそんなことを言う。
そのとき私は思い出した。彼は本当は階層主に挑ませる予定は無かったと言っていたことを。彼は私に期待をしてくれているのだ。
だから急遽、階層主へ挑むことになったのだ。そんな彼の期待を私は裏切りたくはない。私は自分の気持ちを切り替え、彼の言葉に返事をする。
「はい!瞬殺してやりますよ!」
私たちは5層へと足を踏み入れた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
5層は今までの迷路のようなところと違い、大きな一つの部屋のような造りになっていた。そしてその部屋の中心には事前に聞いていた通り、1匹の巨大な鳥が佇んでいた。
「ええい!」
とりあえず私は、その巨大な鳥に向かって上級魔法を放った。すると右手のブレスレットが光り、私の目の前には水で作られた槍が出現した。その槍は今までとは比べ物にならない威力と速度で、巨大な鳥へと一直線に向かっていった。
そしてその槍は翼へと命中し、その翼に大きな穴を開けた。事前にアルトさんから説明を受けていたものの、そのブレスレットの効果に驚いた。
階層主だと思われる鳥は嘴を大きく開けて、奇声を発した。しかしその奇声はアルトさんに、再三に渡って注意を受けている。
「そんな奇声は通じませんよ!耳栓付けてますから!」
私はそう言いながら、再び水属性の上級魔法を放った。私の放った水球のほとんどは階層主の体に命中した。
攻撃を受けた階層主が怯んでいる間に、耳栓を外してブレスレットが欲しいという旨を彼に伝えてみた。そして普通に断られた。まあ、知ってたけれど。
アルトさんに注意され、動き出そうとしている階層主へと向き直った私は、再度水魔法を放った。
階層主である巨大な鳥との戦闘は極めて順調だった。戦闘を始めてから30分ほど経つ頃には、階層主の動きは見るからに悪くなっていた。私の方はアルトさんの助言もあったことで、無傷のまま戦うことができていた。
上級魔法をあと数発当てれば、このまま勝てるのではないか。この時の私はそう思っていた。今思えば、この油断がいけなかったのだろう。
そのときの私の予想通り上級魔法を3発ほど当てると、階層主は地に落ちて動かなくなった。このときの私は階層主に勝てたことと、それ以上に彼の期待を裏切らなかったことに舞い上がっていた。
私は階層主に背を向け、彼の方へ走り出した。その階層主が死んだふりをしていることに気づかずに。
「アーネ、危ない!!」
彼の焦ったような声が聞こえた。その顔を見ても、かなり焦っていることが窺える。いつも飄々としている彼がここまで焦るとは珍しい。
「え?」
私は後ろを振り向いた。
そして私は見た。自身へ迫る巨大な炎の塊を。
避けなければ。そう頭では分かっていた。しかし、足がすくんで思うように動けなかった。これは避けれない——
眼前に迫る炎に対して、私は何も出来ないでいた。
「死んだフリとか、モンスターがしてんじゃねぇよ!!」
いつの間にやら目の前まで来ていた彼は立ちすくんでいた私を抱きしめ、私と炎の間に自分の体を割り込ませた。私は声を出すことができなかった。
待ってアルトさん、そんなことをしたら————
彼は炎との間に水の壁を作った。しかし、炎は止まらなかった。その壁を破壊して、炎は私たちへ迫る。アルトさんが私を抱く力が少し強くなった気がした。そして遂に炎は、彼へと到達した。
「うぐッ…」
彼の呻き声が聞こえる。
ああ、彼の服が、彼の背中が、炎に包まれて燃えていく。このままでは彼が————死んでしまう。私のせいで。命の危機にありながら、彼は身を呈して私を守っている。それに対して私は何をしているのだ。水魔法の才能を持つ私が炎に対して何も出来ず、ただ守られている。見ているだけで、
「.........!!!」
声は出なかった。私がとても焦っていたことと、彼に強く抱きしめられていたことが原因だろう。しかし私達の周りには、思い描いた通りの水の結界が張られていた。
彼の背中を燃やしていた炎はすぐに消え、彼は虚な目で私を見た後、
「無事で良かった...」
そう言いながら、私から手を離して地面に倒れた。私は無事だ。彼が守ってくれていたから。でも、彼はどう見ても無事ではない。
「あ、アルトさん!?だ、大丈夫ですか!?わ、私のせいで、アルトさんが、ち、治療をしないと、」
このときの私はものすごく焦っていた。
自分のせいで、彼が死んでしまうかもしれない。どうすればいいのか、と。
そんな私に彼は、自分の治療は後にして階層主と決着をつけろと言った。彼の視線の先では、先程まで死んだふりをしていた階層主がこちらの様子を窺っていた。
「...分かりました。すぐに倒してくるので、アルトさんはそこで待っててください」
「おう、頑張ってな...」
こんな状況でも、彼は私に励ましの言葉をかけてくれた。
この人をこんなところで死なすわけにはいかない。あの鳥をすぐに倒せば、彼の治療に専念することができる。そう考えた私は水の結界の外へ出て、鳥と向きあった。
このときの私は怒っていた。炎を放ったこの鳥に、彼の背を焼いた炎に、彼を危険な目に合わせた上、何も出来なかった自分に。
それらの怒りを一つの魔法に込める。
怒りの感情を魔力に乗せて、それらの魔力を一つにまとめていく。気がつけば、私の頭上には水でできた大きな鮫が出現していた。初めて使う魔法だが、使い方はなんとなく分かった。
「いっけぇぇぇぇぇ!!」
私の言葉に合わせるように鮫はものすごいスピードで鳥へと迫っていき、それの首に噛み付いた。
噛みつかれた鳥は、首部分のほとんどを欠損させて地面に落ちた。そして、今度こそ完全に動かなくなった。
そんな鳥には目もくれず、私は急いでアルトさんのもとへと戻った。
「おめでとう...最後の魔法凄かったね...」
戻ってきた私に、彼はそんなことを言ってきた。
...この人、自分がどんな状態なのか分かってないのだろうか?私は彼に喋らないよう強めに注意をした。
「今から回復をします。背中をこちらに向けてください」
「はい...」
少しだけシュンとした様子の彼は素直に此方にその背を向けた。
「これは...」
彼の背中は全体が赤く焼き爛れていて、無事な箇所を探す方が難しいくらいだった。
私を守るために、こんな怪我をして...
「そんな酷くないだろ...」
その怪我の酷さに私が言葉を続けられないでいると、当の本人はそんなことを言った。私はアルトさんに怪我の状態を伝え、謝りながら回復魔法をかけた。
「なんで、こんな怪我をしてまで私を守って...」
ふと、口から言葉が漏れた。
口に出すつもりなどなかった。
それを言えば、私を守ってくれた彼に失礼だから。私は急いで口を閉じ、彼の方を見る。すると、彼はこちらを見ていた。聞かれてしまっていたようだ。
「えっとですね、今のは口が滑ったといいますか———」
私は急いで弁明をしようとする。しかし、焦って上手く言葉が出てこない。
すると、彼がその口を開いた。
「言っただろう。アーネが危なくなったら俺が絶対に助けると」
「あ...」
「俺はアーネと約束をした。だから守ったんだ。あと、親御さんと妹さんからもお願いされていたからな」
そう言って彼は口を閉じる。
...この人は本当にずるい。
そんなこと言われたら、何も言えなくなってしまうではないか。
彼へ回復魔法をかけ始めてから1分ほど経っだろうか。
「ありがとう。すっかり良くなったよ。じゃあ外に出ようか」
沈黙を破るように、彼は体を起こしながらそんな事を言った。
...本当にこの人は自分が今、どんな状態なのか分からないのだろうか。私は彼の肩を押して、地面へと押し付けた。
「ダメです。傷は治りましたが血は戻りません。頭がフラフラしていますよね?もう少しここで休んだ方がいいです」
「いや、でも」
「今回ばかりは、譲れません」
そう伝えると、彼は渋々といった様子でそれ従ってくれた。
その後、彼の体力が回復するまでダンジョン内で待機をしてから、私たちはギルドへと帰った。そこでの詳しい話は、恥ずかしいのでここではしないことにする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その後、ギルドへ着いたところで彼から声をかけられた。ついにお別れだ。
彼の言葉に続き、私は謝罪と礼を述べた。
そして彼は軽く別れを告げ、ギルドの奥の方へと向かおうとする。
「あ、あの!」
私は少し焦って、彼を呼び止めた。
「ん?どうしたの?」
「こ、これ...。ブ、ブレスレットを忘れて...」
彼は私に貸したブレスレットを回収していなかった。
普段通りに話して返そうとしたが、これが最後の会話になると思うとうまく話すことができなかった。彼の顔を見ることができない。見れば、泣いてしまい彼を困らせてしまうことになるから。
「ああ、それはまだアーネに貸しておくよ」
「え?」
彼は、いつものように軽い調子でそんなことを言った。
私は耳を疑った。このブレスレットは恐ろしく有用なアイテムだ。それを私に貸しておく?
「グレース剣魔学園って知ってるか?」
「え、はい、知ってます。王都にある有名な学校ですよね」
そして話が急に切り替わる。私は少しだけ混乱したが、彼の質問には正確に答えた。
グレース剣魔学園は王都にある超名門の学園だ。当たり前だが、選ばれしエリートしか入学することができない。そして、平民は未だかつて誰も入学したことがないんだとか。
「俺は3年後、そこへ入学したいと思っているんだ」
「そ、そうなんですか。アルトさんならきっと入学できますよ!頑張ってください!」
続いた彼の言葉に驚きながらも、私はそれを応援する。
私は彼の強さを十分以上に知っている。たとえ平民であろうと彼なら学園に入学できると、私は本気で思った。
それと同時、彼とまた会うためには学園へ入らなければならないことを悟った。それは私にとって絶望的な話だった。
「そしてアーネ、君もそこへ入学出来る才能は十分にあると思う。」
彼からのそんな言葉を聞くまでは。
「え………?」
私は再度、自分の耳を疑った。
「だからそのブレスレットは学園で再開したときに返してくれ。俺は先に入学して待ってるから」
「ほ、本気で私がグレース剣魔学園に入学できると思ってるんですか?」
なんとか口を動かし、彼へ真意を尋ねる。
どうしても、私が入学することができるとは思えない。
「ああ、アーネなら絶対にできる。自分のことが信じられないなら、俺を信じてくれ」
それを聞いた時、寂しさからではなく嬉しさから涙が溢れそうになった。
彼から、グレース剣魔学園へ入学できると思われていたこと。そして学園で再会をしようと、私に大切なアイテムであるブレスレットを預けてくれたことが、とても嬉しかった。
「は、はい、わかりました...!!そのときまで、このブレスレットは預かっておきます!」
その溢れそうなもの堪えながら、私は彼はそう告げた。
「ありがとう。じゃあまたね」
「はい!また会いましょう!」
彼は私の頭を撫でると、今度こそギルドの奥の方へと姿を消した。
ひとまず、私とアルトさんはそこで別れた。数年後に学園で再開する約束をして。
学園で再開するためには、当たり前だがアルトさんと私の両方が学園の試験に合格する必要がある。
彼の実力は10代前半としては規格外で、学園の入学はほぼ間違いないだろう。問題は私だ。
もし、私が合格できなかったら彼にこのブレスレットを返すことができない。彼の性格上、わざわざ私の元までやってきて返せ!などと言ってくることはないだろう。つまり、学園へ入学しなければ私と彼とが再度会うことはない。
———それは嫌だ。
しかし、仮に私が入学試験に合格することができれば...彼とまた会うことができる。一緒に学園生活を送ることができる。
———私はグレース剣魔学園に入学する。
4年後にアルトさんと学園で再開するために。
上空を見ると、そこにはブレスレットと同じ色の空がどこまでも続いていて、細い一本の雲がそれを横断していた。
私は手元へと視線を戻す。
私と彼とを繋ぐ、唯一の糸。
この糸を切らさず手繰って言った先————そこには一体、何があるのだろうか。
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