第39話 成長

「———ここは…」


次に意識が戻ったとき、俺はまだ20層の中にいた。意識を失う前と同じく、部屋の中心には淡く光る扉と茶色のアンクレットが1つ地面に落ちている。


「ようやく目覚めたか。我が守護獣を滅せし人間よ」


意識を取り戻して間も無く、そんな声が頭上から聞こえた。


視線を移すと、そこには全身を黄色と紫色の体毛に覆われ、額に大きなツノを一本だけ生やした四足歩行の動物がいた。


「……キリン、か?なぜお前がここに...」


「ほう、我の名を知っておるのか、人間よ。如何にも。我はキリンという。貴様ら人間の言い方であれば、モンスターの一種である」


キリン——例の如く、中国神話の麒麟をモチーフにして作ったモンスターだ。


その外見は前世で言うところの鹿や馬と近く、その大きな一本の角も特徴的なモンスターだ。またステータスはどれをとっても今まで戦ってきた階層主の中でもトップクラスで、その上光魔法と闇魔法を操るという厄介極まりないモンスターだ。


小説ではセインが学園の3年生の時に討伐するのだが、物語がすでに終盤に差し掛かっている時点でのセインで、ギリギリ倒すことのできる相手だ。つまり今の俺では、100回どころか、1000回、10000回戦っても傷一つつけることができないだろう。


こいつは本来なら、カイナミダンジョンから遠く離れた某ダンジョンを攻略した後に、新しく出現する21層の階層主のはずだ。いわゆる隠し階層というやつなのだが、そんなモンスターがどうしてここにいる?


「我がここに来たのは、貴様と戦うためではない。このダンジョンを20層まで攻略したのは貴様が初めてだ。また、貴様はたった1人でここまで進んできた。その栄誉を称えて、この我が貴様の願いを一つだけ叶えてやろうと思い、ここへ赴いたのだ」


キリンは俺の目の前へ移動して言う。


そうか。任意のダンジョンにおいて初制覇かつソロ制覇を達成すると、その報酬として一つだけ願いを叶えてもらえるというシステムがあったような気がする。確かセインはそれで死んだ仲間を生き返らせたりしていたような?


「しかし我がここへ来てみれば貴様は瀕死の状態で、我が治療をしなければ死んでしまう状態であった。そこで我は勝手ながら、その願いを消費して貴様を治療した。そのため、貴様の願いは叶えてやれん。」


何を叶えて貰おうかとウキウキしていた俺へ、キリンは若干申し訳なさそうに伝えた。


あー、まあそうか。少し残念だが、それは仕方ない。死にそうなところを治療してくれたのなら、それ以上望むことはない。


「だが、それでは少し酷であるので、我は貴様の功績を称えてこれを授けることにした。」


そう言ってキリンが地面を叩くと、その地中から一冊の本が出現した。


「これは空間収納の魔導書だ。この魔導書を読めば、空間収納を習得することが出来るだろう。そのスキルや手に入れた魔道具を用い、我の待つ21層を目指すが良い。貴様と再度会えることを楽しみにしている。では、さらばだ。」


それだけ言い残すとキリンは瞬く間に光の粒子となり、空中へと消えていった。残された俺は目の前にある魔導書を見る。


「空間収納って言ったよな...」


空間収納、自分の任意の場所に亜空間を出現させることができるスキルで、その空間内には無制限に荷物を収納することができる。

このスキルがあれば、リュックやアイテムポーチなどが不必要になるとても有能なスキルだ。これは思わぬ収穫だ。


「まあ、そんなことは置いておいて。生きてて良かったぁ……絶対死んだと思った。というか、ゲンシとの戦いで俺は何をしたんだ?確か、あの時は生きたいっていう思いが爆発して、なにも考えず行動していたんだが...」


魔導書を鞄にしまいつつ、俺はゲンシとの戦いにおいて起こった不可思議な現象について考える。


あのとき俺の周りには確かに何もなかったはずだ。それにも関わらず俺は、”何か”に触れたことでゲンシに押し潰されずに済み、落下の衝撃を和らげることができた。


あのときの状況で、触れることのできたものといえば————


「———空気、しかないか。」


小説の中でも一応、空気を蹴ったり、殴ったりできる人物は存在する。


しかし、それらの人はみな武術の達人と呼ばれる方々ばかりだ。空気をあたかも固体であるかのように扱う為には、刹那の間に膨大な力を空気へぶつける必要がある。それを今の俺にできるとは考えられない。唯一の可能性があるとすれば、


「成長、か...」


成長、日本で言う火事場の馬鹿力に似たようなもので、生と死の狭間において本来のポテンシャル以上の力を発揮することをこの世界では成長という。


この成長を経験することを成長経験というのだが、成長経験をした者はそれをする前と比べて実力が大きく増すと言われている。

今回の場合だと、一時的にとはいえ俺は空気を蹴ったり殴ったりすることができた。その感覚を持っているものと持っていないものでは、それの習得にかかる時間が大きく異なる。


死を目前にした俺は、成長により一時的に空気に打撃を与えることが出来るようになった。それによって難を逃れることができた、というところだろうか。


「.....村に帰ったら、空中歩行の練習とかしてみるかな。」


俺はゲンシとの戦いを振り返りながら茶色のアンクレットを回収して扉へ向かう。


扉へと近づくと、その前に宝箱が置いてあることに気がついた。今までの階層ではこんな宝箱は無かったのだが......ダンジョンの制覇報酬といったところか。

その宝箱を開くと、その中には1万Gゴールド金貨がぎっしりと詰め込まれていた。


「おお、これはラッキーだな。これで、学園の入試前にやりたかったことは全部達成できるはずだ。」


俺はその金貨をすべて麻袋へと詰めてから、20層を後にしたのだった。

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