第33話 別れと約束

危ない場面こそあったものの、俺達は階層主との戦闘を終えて無事にギルドへと辿り着いた。


「この1ヶ月間お疲れ様。よく頑張った。今のアーネなら、犯罪組織にちょっかい出されたとしても、すぐに追い払える」


「…今日は本当にすみませんでした。そして、1ヶ月ありがとうございました」


アーネはそう言って、その頭を深く下げる。

ここはギルドのエントランス。そこで俺達は別れの挨拶をしていた。


「こちらこそありがとう。今日のことは別に気にしなくていい。アーネのお陰で怪我も完全に治ってるし。じゃあ俺はクリス達の依頼の終了を伝えてくるから、またな。」


「あ、あの!」


アーネへ別れを告げ、依頼用の受付へ向かおうとした俺を彼女は呼び止めた。


「ん?どうした?」


「こ、これ...忘れてます。」


キョトンとする俺に、彼女はゆっくりとその両手を差し出す。その上にはダンジョンで貸した青いブレスレットが乗せられていた。ああ、すっかり忘れていた。


「…それはまだ、アーネに貸しておくよ。」


「え?」


両手を差し出して少し俯き気味だった彼女は、驚いたような顔をして俺の方を見た。


「グレース剣魔学園って知ってるか?」


「え?あ、はい、知ってます。王都にある有名な学校ですよね」


唐突な話題の変換にアーネは少し戸惑いつつ、しっかりと質問に答える。

俺は一度頷いて言葉を続ける。


「俺は3年後、そこへ入学したいと思っているんだ」


「…そ、そうなんですか。アルトさんならきっと入学できますよ!頑張ってくださいね!」


そんな俺の告白に彼女は、無理に作った笑顔で応援してくれる。まるで、私には無理だけど、とでも言いたげだ。


「そしてアーネ、君もそこへ入学出来る才能は十分にあると思う」


「え......?」


アーネの表情が固まる。

まさか自分に話の矛先が向くとは思っていなかったのだろう。思考停止している様子の彼女へ、更に話を続ける。


「だからそのブレスレットは、学園で再開したときに返してくれ。俺は先に入学して待ってるから」


アーネは小説内においてヒロインの1人であり、時にはその水魔法でセインのピンチを救うことだってあったはずだ。アーネは間違いなく、セインの側に必要な存在だろう。

そのため、アーネには学園へ入学してもらわないと物語の進行上困ったことになると考えられる。


小説内でのアーネは、セインへの強い憧れから多くの努力をして学園への入学を果たす。

しかしセインとの接点がない今、アーネには学園を目指すための他の動機が必要だ。


そこでその新しい動機として”借り物を返すために学園へ入学する”という約束を結べば、真面目なアーネの事だ、するべき努力をして学園へ入学を果たすだろう。

そんな考えのもと、俺はアーネにブレスレットを貸しておくことにした。


「え、ええ?ほ、本気で私がグレース剣魔学園に入学できると思ってるんですか?」


しばしの沈黙の後、止まっていた思考が回復したらしいアーネは、焦った様子で問いかける。


「ああ、アーネなら絶対にできる。自分のことが信じられないなら、俺を信じてくれ」 


実際、小説内での話を全て抜きにしても、彼女には学園へ入学できるだけのポテンシャルが十分にあることは間違いない。後は本人のやる気次第だろう。


「———ッ!!、は、はい、わかりました...!!それまで、このブレスレットは預かっておきます!!」


「ああ、宜しく頼む。じゃあまた」


「はい!また、会いましょう!」


自らの胸元でブレスレットを大切そうに抱きしめ、少し涙ぐむアーネの頭を撫でて、今度こそ彼女と別れる。


まあ何度も言っているように、アーネは小説内においては学園に入学できている。そのため、約束を破る可能性が高いのは俺の方だったりする。あんなに格好つけておいて、俺が学園に入れなかったら恥ずかしいな。


「入試まであと3年くらいか。もっと強くなって、絶対に学園に入学するぞ」


セインのサポートをするため、そして後輩となるであろう女の子との約束を果たすため。


俺は再度自らの決意を固めたのだった。

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