第31話 アーネのダンジョン攻略

俺とアーネがカイナミダンジョンへ入ってから1週間が経過した。食料調達などのために街へは何度か戻っているものの、俺達はその期間のほとんどの時間をダンジョン内で過ごしている。


「アルトさん!この鳥、うざいです!」


「うざいとか言うな。うざい鳥さんが可哀想だろう」


そして俺たちは現在、ダンジョンの3層にいる。


アーネとのダンジョン攻略は今のところ順調そのものだ。やはり、彼女の成長速度には目を見張るものがある。


魔力操作の仕方のコツは既に掴んでいるようで、自身の魔力で体を冷やすことも問題なく出来ているし、火鬼や炎狼に対しては魔法を外すことはなくなった。そして現在、彼女は炎狼よりも更に機敏性の高い炎鳥に苦戦を強いられているところだ。


「ちょっと、見てないで助けてくれてもいいんじゃないんですか?可愛い女の子が目の前でモンスターに襲われているんですよ?」


「まだまだ余裕がありそうだな。良かった良かった。炎鳥はとてもすばしっこいモンスターだから頑張ってくれ。あと、空も飛ぶ。」


「知ってますよ!そんなこと!」


アーネはグチグチと文句を言いながらも、炎鳥へ向けて水魔法を放つ。しかしその魔法は炎鳥に軽々と避けられてしまった。


彼女が魔力の操作にも慣れてきたことで、元々あった威力に精度も格段に増してきている。しかし、魔法を炎鳥に当てるのはまだ厳しいようだ。まあ、戦闘を繰り返すことで慣れていくだろう。




そんな水魔法の才能に溢れるアーネだが、一つだけ問題がある。



「——水よ来たれ、水生成アクア!」


「キェェェェェ!!」


やっと彼女の魔法が当たり、炎鳥が一撃で地に落ちる。


「お疲れ様」


「ありがとうございます、とても疲れました」


こちらへ戻ってきたアーネは差し出した飲み物を受け取り、ごくごくと喉を鳴らす。


そう、彼女は未だ初級魔法しか使うことができないのだ。


これはアーネが悪いのではない。これの原因は、平民が力を持つことを恐れた貴族達によって詠唱の内容が秘匿されているためだ。


そのため、平民であるアーネが中級以上の魔法の詠唱の内容を知ることはかなり難しい。

なんなら俺も知らない。 


とはいえ、詠唱を知らないことと魔法を使えないことは決してイコールではない。





「アーネ、無詠唱で魔法を発動させてみよう」


「は?」


そんなわけで俺は、アーネに無詠唱での魔法の発動の仕方を教えることにした。


「アーネは特訓を積んで、確実に以前よりも強くなった。そんなアーネが初級魔法しか使わないのは非常にもったいない。そんなわけで無詠唱で魔法を使ってみよう」


「いやいやいや、そんなわけで、の意味がわかりません。私も中級以上の魔法は使ってみたいですけど...」


渋るアーネに俺は、魔法の発動には想像力が最も重要だということ、自分の中の想像さえしっかりとしていれば詠唱なしでの魔法の発動も可能であること、詠唱の内容が分からない今、中級以上の魔法を発動させる方法はこの方法しかないことなどを説明した。


「ふむふむ、なるほどです。だから無詠唱魔法の練習をするんですね。だとしたら、1層か2層に戻って練習をするんですか?」


新しいことをするわけですし。とアーネは言葉を続ける。説明を聞いて無詠唱魔法の練習をする意図は理解したようだが、彼女は1つだけ間違っていることがある。


「ん?いいや?ここで炎鳥の相手をしながら無詠唱の練習をするんだよ?」


「は?頭沸いてます?」


「ガチトーンで言うなよ…」


俺の返答に眉を顰めるアーネに、言葉を続ける。


「いいか?無詠唱で魔法を発動させるには想像力が最も重要で、その次に魔力の操作だ。アーネは魔力の操作に慣れてきてるし、あと必要なのは想像力だけだ。想像力を養うのにわざわざ階層を変える必要はないだろう?」


「なんだか最もらしく聞こえますが、今の私が炎鳥を相手するのにも苦戦してるって知ってます?」


「ファイト!」


「死んでください」


アーネの目の前でガッツポーズを作る俺に、彼女は冷めた目を向ける。おいおい、そんな目を向けるな。…ゾクゾクしちゃうだろ。


「まあ、アーネが本当に危なくなったら俺が必ず助ける。それで問題ないだろ?」


「……!!、はぁ、分かりました。やります、やりますよ!でも、危なくなったら絶対に助けてくださいね!」


「ああ、任せろ」



そんな必死の説得により、アーネは炎鳥の相手をしながら無詠唱での魔法の練習することを了承してくれた。


そして特に助けが必要になることもなく、それから2週間が経過する頃には、アーネは炎鳥に無詠唱魔法を百発百中で当てられるようになっていた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「本当に才能とは恐ろしいな…」


「え?なにか言いました?」


「いや、何も」


俺とアーネは現在4層にいる。


4層ではモンスターが群れを成して襲いかかってくるのに加え、他のモンスターをエンハンスする炎狐という非常に厄介なモンスターがいる層なのだが......


「取り敢えず、群れの1つは片付けました〜。この層はモンスターの数は多いですけど、それだけですね〜」


「ウン、ソウダネ…」


俺はつい先ほどまで、数十体のモンスターがひしめいていた更地を見つめながら言う。


アーネさん、強すぎる。


現地点で俺は、水魔法を初級から上級魔法まで使うことができる。それらの水魔法は既にアーネへ教えており、彼女はそれらをすべて習得している。

つまり、アーネが上級魔法を使っているのだ。それの威力は半端じゃない。


モンスターの方が可哀想に思えるくらいで、彼らが群れを成していようが関係ない。というか、纏まっていてくれて処理がしやすいとすら彼女は言っていた。


アーネがそんな事を言うのも当たり前で、彼女の上級魔法一発で群れの8割は蒸発する。残りの2割の運命は......お察しの通りだ。



このダンジョンに入ってから、約1ヶ月で彼女は見違えるほどに強くなった。元々才能があったというのもあるだろうが、それ以上に家族を守るという明確な目標のもとで懸命に努力をしたことが大きいだろう。


俺の無茶な指示にも素直……ではなかったかもしれないが、最終的には従ってくれた。今のアーネの水魔法には俺は勿論、少なくともアルクターレ内において敵うものはいないだろう。


正直、このダンジョンへ入る前はアーネがここまで成長するとは思っていなかった。そのため、始めは階層主に挑ませる予定はなかった。しかしモンスター達を次々に屠っていくア彼女見ていると、単独でも階層主を倒すことが出来るのではないか、という思いが俺の中で湧き上がってきていた。



ダンジョン攻略の方へ話を戻すと、結局アーネの大活躍により、俺達は実に3日ほどで4層の攻略を終え、5層の入り口までたどり着くことができたのだった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「階層主、ですか」


4層の攻略を終えた後、一度街へ戻ることにした俺達はギルドへと帰還した。そこで俺はアーネに階層主について伝えた。


「そうだ。正直、最初は挑ませるつもりはなかったんだが、今のアーネなら十分にいい勝負が出来ると思うんだ。アーネが良いと言うなら、明日、いや明後日に挑もうと思う」


「………いつもみたいに強制はしないんですか?」


アーネ自身の意見を問うような聞き方に、彼女は意外だとでも言いたげに尋ねた。


「人聞きの悪いことを言うな。まぁ、今回は今のアーネが階層主に対してどこまで戦うことが出来るのか、っていう俺の興味で動いているところもあるからな。アーネの意思を尊重するよ」


「......もし、階層主に挑まないと言ったら、私の魔法の特訓は今日で終わりですか?」


「そうだな。期間的にも内容的にも丁度良いし、今日でお終いになる」


「......もし、階層主に挑むと言ったら。」


「階層主を倒したら、終わりだな」


「..............分かりました。私、階層主に挑みます」


少しだけ考え込んだ後、アーネはハッキリとそう宣言した。


「そうか、ありがとう。じゃあ、明後日の9時にここで」


「...はい。では、明後日に」


それだけの約束をして、俺とアーネは別れる。別れる直前、彼女が少し寂しそうな顔をしていることに、俺が気づくことは無かった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



アーネが階層主へ挑む当日。


時間通りにギルドへ行くと、アーネは神妙な面持ちで俺のことを待っていた。緊張しているのだろうか?


「待たせてすまない。じゃあ行こうか」


「...はい」


いつものように目隠しをしたアーネを背負い、俺達はダンジョンへと向かう。


その道中、いつもは舌を噛まず器用に喋っているアーネだが、やはり緊張しているのだろうか、今日に関しては一言も喋ろうとはしなかった。


「おーい、大丈夫か?」


「...はい、大丈夫です」


「本当か?体調が悪いなら、今日じゃなくても良いんだぞ?」


「...いえ、大丈夫です。問題ありません」


「そう、か」


その様子を見て流石に俺も何度か声をかけてはみたのだが、あまり良い反応は得られず、お互いにほとんど無言のままダンジョンへと近づいていった。


振り落とされないよう肩を掴むアーネの力は、いつもより少しだけ強い気がした。




ダンジョンへ着いた後も俺達は特に喋ることなく、5層の入り口の前までたどり着いた。


「さて、これが一旦の最終決戦ということになる。準備はいいか?」


「......はい」


階層主へ挑む前に再度アーネへ声をかけてみるものの、やはり良い反応は得られない。

うーん、やっぱり緊張しているのか?


程よい緊張感は必要だが、度を過ぎると体の動きを硬くするからな。なんとか彼女の緊張をほぐせないだろうか。


「そんな緊張するなって。今のアーネなら間違いなく勝てる。それは俺が保証する。仮に何かあっても、俺が必ずなんとかするから安心しろ」


「別に緊張してるわけじゃ........はい。ありがとうございます。少し気持ちが楽になった気がします」


そう言うとアーネは一度目を瞑り、深呼吸をした。まだ顔の表情は少し固いが、先ほどまでに比べれば大分良くなった。


「よし、じゃあ手を出してくれ」


「......」


が、続く言葉を聞いたアーネは怪訝な目を向けてきた。どうやら、ダンジョンへ入った当初に勝手に手を握ったことをまだ根に持っているらしい。


「今回は前みたいに手を握るわけじゃないから、そんな警戒するな」


「...」


警戒を解くよう言うと、彼女はおずおずといった様子でその右手を差し出した。

それに俺は、青い宝石の埋め込まれたブレスレットを着ける。


「これは...?」


「水魔法の威力を上げてくれる魔道具みたいなものだ。消費魔力は少し増えるが、威力が段違いになる。貸してやるから使ってくれ」


「———ありがとうございます。では、ありがたくお借りします」


アーネは礼を言った後しばらくの間、右手首についたブレスレットをじっくりと眺めていた。うん、これで緊張は完全に解けたかな。いつものアーネの表情かおだ。


「よし。じゃあ、階層主を倒しに行こうか。」


「はい!階層主なんて私の魔法で瞬殺してやりますよ!」


「その意気だ。だが、油断はするなよ」


いつも通りの調子に戻ったアーネを連れ、俺達は気合十分に階層主の待つ5層へと足を踏み入れた。

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