第30話 魔力の感覚

「...ところで、どうして私は目隠しをされているんですか?」


「ここからは企業秘密だからだ」


アーネの家族やクリス達と別れた後、俺はアーネの目に布を巻いていた。アーネといえど、未発見ダンジョンの場所をバラすわけにはいかない。


苦肉の策として、彼女には目隠しをした状態でダンジョンへ移動してもらうことにした。もし俺が子供でなければ、警察に御用になっていたことだろう。


「もしかして、私この状態でダンジョンまで行くんですか…?って一体何をしているんです?」


「いや、目隠しをしておいて歩かせるのは酷だと思うから、俺が背負っていくよ」


俺はアーネの前で屈みながら言う。


「え、いやいやいや、流石にそれは悪いですよ」


「目隠しをさせたのはこっちだし、俺が背負って行った方が早く着く。遠慮しないでくれ」


「いや、遠慮とかじゃ......ああ、もう!分かりました。乗ればいいんでしょう!?乗れば!重くても知りませんからね!」


「ああ、物分かりが良くて助かる。しっかり掴まっててくれ」


渋々と言った様子の彼女を背負った俺は、ダンジョンへ向かって一気に走り出す。


「お、重くないですか?」


ダンジョンへ向かっている途中、背中からアーネが尋ねてきた。


「問題ない。いい特訓になる」


「そ、そうですか。それは良かったで........それ、どういう意味ですか?」


「意味は特にない。あと、喋るときは舌を噛まないように気をつけろよ」


「明らかに今、話を逸らしましたね!?」


背中の上でわーきゃーと喚くアーネを乗せて進むこと数十分、俺達はカイナミダンジョンの入り口へと辿り着いた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「へぇ〜、これがダンジョンの入り口ですか。なんか街中で見たやつとあまり変わらないですね。アルクターレダンジョンでしたっけ?あのダンジョンじゃ駄目だったんですか?」


ダンジョンの入り口まで到着し、背中から降りたアーネはその入り口を見ながら言う。


「アルクターレダンジョンは完全に観光地化していただろう。攻略本なんかも売られていたし、ダンジョン内にも人が多い。人が多いとそれだけ、戦うモンスターの数が少なくなるから効率が悪くなる」


「なるほど〜、そんなわけでこんな森の中にあるダンジョンに潜るんですね」


「そういうことだ。さあ行こうか」


俺とアーネはダンジョンへ入り、階段を降りて1層へと向かった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「うげぇ、なんですかここ...めちゃくちゃ暑いです...死んじゃいます...」


「安心しろ。俺は死ななかった」


1層へと足を踏み入れてから数分。アーネはその暑さにうんざりしているようだった。


「アルトさんは、どうしてそんなピンピンしてるんですか...」


今にも溶けてしまいそうなアーネが、平然としている俺を見てそう質問する。


「ああ、それは体の周りを水の魔力で覆ってるからだな。俺の周りは暑くないんだ」


「え!なんですかそれ!ズルイです!」


そのネタバラシをするや否や、恨めしそうな顔をした彼女は抗議するように声を上げた。


「わかったわかった。やり方を教えるから取り敢えず落ち着け。あー、そうだな。まず、水魔法を使ってみてくれ。丁度いい、あの火鬼の群れに向けて打ってみようか」


視線を動かすと少し遠くに火鬼の群れが見えたので、そちらを指差してアーネに攻撃の指示を出す。


「分かりました。——水よ来たれ...水生成アクア!!」


アーネがそう唱えると彼女の正面には大量の水が現れ、それらは一気に火鬼の群れへと飛んでいった。


ドォォン!!!


放たれた水は見事に火鬼の群れへと着地し、それが着地するや否や、火鬼達は一瞬にして消滅した。


「流石だね」


「ふふん。ありがとうございます」


素直な賛辞の言葉にアーネは自慢げに胸を張る。


うん、水生成アクアは初級魔法で、攻撃用でもないはずなんだけどな。俺の中級魔法よりも断然威力がある。下手すれば上級魔法にも匹敵するかもしれない。


「…コホン。本題に戻るが、君は水魔法を打つときに自分の魔力の動かし方とか意識してるか?」


「...?? いいえ、全く意識してないです。魔法を普通に使ったって感じです」


アーネからの返答を聞いて納得する。


やはりそうか。

彼女のような天才型だと、身体が魔力の流し方を覚えている為に無意識で魔力の操作をし、魔法を発動させていることが多いだろうとは思っていた。しかしそれでは、魔法の応用が効きにくい。


「自分の魔力がどういう動きをして、魔法を発動させているのか。それを意識して魔法を使っていくと魔力の動く感覚がわかるはずだ。俺が水魔法を打つときは、体の中心に魔力を集めてその魔力を液体に変換させるようなイメージをしている。魔力の動きを意識して魔法の練習をしていれば、いずれ魔法を自由に操ることができるようになる。これができれば、魔法の応用の幅が広がるから実践してみてくれ」


まあ彼女は今はまだ魔力の操作ができないとはいえ、間違いなく天才である。そのため、一度魔力の動くの感覚を掴んでしまえばその操作に関しても感覚的にできるようになるだろう。

そうなれば今よりも威力も精度のより高い、応用の効く魔法を使うことのできる優秀な魔法使いへと成長するはずだ。


「魔力の動き、ですか。分かりました。意識してみます。…と、言いたいところなんですけど、魔力って言われてもいまいちピンとこないんですよね。魔法の発動に必要で、私の体の中にあるっていうのは知識として知ってはいるんですけど…」


これも天才型故なのか、彼女は魔力の動きどころか魔力という存在を認知したことがないらしい。それだけ彼女の身体は魔力との親和性が高いのだろう。


彼女は少し困ったようにこちらを見遣る。


「そんなに体から魔力を溢れさせているのにか」


「好きで溢れさせてる訳ではないですよ!」


少し冗談を挟みつつ、早速ぶち当たった大きな問題について考える。魔力を感知できないのに、魔力の動きを意識するなど到底無理な話だ。どうしたものか........





そうだ。


「少し手を出してみてくれ」


「? はい、手がどうかしましたか———!!?」


俺は無警戒に差し出されたアーネの手をしっかりと握る。


「ちょっ、何してるんですか!セクハラですか!訴えますよ!」


「まあ待て、俺が今から手を介して君の体に魔力を送り込む。だから、君は手のあたりに感覚を集中してみてくれ」


急なことに取り乱すアーネを宥め、俺は説明する。


「うぅ…今多分汗とかすごいと思うし、何もこんなシチュエーションじゃなくてもいいのに…」


「…大丈夫か?」


続いて何かをぶつぶつと呟き出したアーネに再度確認を取ると、彼女は俺から目を逸らし、一度大きく深呼吸をした。


「…はい。分かりました。今は言う通りにします」


「助かる」


早速アーネの手を介して水の魔力を送り込むと、その魔力はすぐに彼女の体を覆った。


「あ、分かりました。手から入ってきた魔力が私の体を覆ってます。涼しい……ああ、魔力がアルトさんの方に戻っていく〜」


「感覚は掴めたみたいだな。あとはその感覚を忘れずに、自分の魔力の感覚を掴むことだ」


俺は再び暑そうにしているアーネの手から自分の手を離す。


「なるほどです。正直、なんか気持ち悪かったです」


「正直な感想をありがとう」


「というか、私が魔力の制御を出来るようになるまで、アルトさんの魔力で私を涼しくさせてくださいよ!そうすれば、私、集中できる気がします!」


「無茶言うな。魔力の操作は結構繊細なんだからな?君の周りに魔力を流しつづけるなんて真似、それこそ手を繋いでなきゃ無理だ。ずっと手を繋いでるなんて嫌だろ?」


「.......................べ、別に嫌じゃ...」


「それに君には才能があるから、努力を積んでいけば確実に俺よりも魔力の操作は上手くなる。きっとすぐに俺よりも強い魔法使いになるだろう。だから今は耐えて——ん?なにか言ったか?」


「な、なんでもないです!さあ、魔法の練習をしましょう!私、将来アルトさんをぶっ殺すことができるように頑張りますよ〜!」


「いや、まあそのくらいを目指しては欲しいんだが……冗談だよな?」


妙にやる気になったアーネは、俺の言葉を無視し歩き出す。


なんか少し不機嫌なような…まあいいか、せっかくやる気を出してくれているんだ。その動機が俺の殺害でも全く問題な……くはないな。


「あ!あと、私のことを君って呼ぶのやめて下さい!私にはアーネっていうちゃんとした名前があるんですから!私はちゃんとアルトさん、って呼んでるのに不公平です!」


先を行くアーネは、やはり不機嫌そうにしながらそう唇を尖らせる。


あー、バレていたか。

遡ること、まだアーネから信用を得られていた無かったとき。彼女の警戒心を煽ることを危惧した俺は、彼女の名前を呼ぶことを意識して避けていた。するとどうだろうか。呼び方を変えるタイミングを失っていたのである。


「アルトさ〜ん!何してるんですか〜!早く行きましょうよ〜!あ、これ以降、私の事を君って呼んだら怒りますからね〜!」


少し遠くまで歩いていったアーネが、こちらを振り返ってそんなことを言ってくる。


彼女の動機の部分にまだ不安が残るが…まあいいか。一応、アーネに殺されそうになったときに逃げることが出来るくらいの力をつけておこう。


「分かったよ、アーネ。今からそっちに行くから少し待っててくれ。」


俺は心にそう決め、こちらに向けて大きく手を振っているアーネの方へと歩き出した。

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