第29話 依頼の内容

冒険者ギルド内に設置されている談話室。

事前に予約を取れば誰でも利用することが可能で、今回のような依頼内容の最終確認時などによく用いられる部屋だ。


「どうぞ、お座りください」


「はぁ...」


焦げ茶色の髪の毛にバンダナを巻いた若い男、クリスは遠慮がちにソファーへ腰を下ろした。質問を投げかけたときとは、まるで別人のようだ。


それに続くようにして、彼のパーティメンバーがソファーに座る。思った通り強そうな者ばかりだ。


彼らと長机を挟んで正面のソファーには俺とフードを被ったアーネが座る。


「あー、俺たちが護衛するのはその子か?」


クリスのパーティメンバーである赤髪の男性、アレッドがそう尋ねる。


「いいえ、違います。それらの点も含めて、今から依頼内容の詳細な説明を行います。まず、あなた達に護衛をして欲しいのは、彼女ではなく彼女の家族です」


そう言って俺は、アーネにフードを取るように指示を出した。それに従ったアーネがフードを取ることで、茶色の髪に水色の瞳、その幼い容姿が露わになる。

その瞬間、クリスのパーティメンバーである魔法使いの女性、ハネットがすぐに声を上げた。


「茶髪に水色の瞳を持つ少女...貴方、水魔法の天才って言われた子じゃないの!?」


「ハネット、この子のことを知ってるのか?」


クリスがハネットに尋ねる。


「知ってるも何も、魔法使いの間では有名よ!あの伝説の魔法使い、マーベリック=ホウロウが天才として認めた少女だもの!」


「なに?かのマーベリックが太鼓判を押しただと?それは凄いな」


ハネットの言葉に、アレッドが感心したようにアーネを見やる。


なるほど、アーネの話に出てきたお婆さんは、マーベリックだったのか。


マーベリック=ホウロウ、かつてAランク冒険者として20年以上もの間、冒険者の第一線で活躍していた魔法使いだ。

現役引退後は魔法の教育に特化した学園で教鞭を握り、今は学園長をやっていたはずだ。


そんな生ける伝説である彼女が太鼓判を押したのだ。やはり、アーネは本物の天才なのだろう。


「知っているのなら話は早いですね。この子、アーネはそれが原因で犯罪組織にその身を追われています。そして、俺と彼女は諸事情でアルクターレを少しの間だけ離れなければなりません。俺達がアルクターレを離れている間、彼女の家族が人質として犯罪組織にその身を狙われる可能性が極めて高いと考えられます。そのため、彼女の家族を守って欲しい、というのが今回の依頼です」


「———私の母と妹を守ってください!お願いします!」


俺の言葉に続いて、アーネはクリス達に向かってその頭を下げる。そんな俺達を見て、クリスは困ったような顔をした。


「あ、頭を上げてくれ。そこまで事情を聞いた上に、子供に頭を下げられたら断れないだろ。受ける、受けるから。その依頼を受けるから頭を上げてくれ」


「ありがとうございます」


「あ、ありがとうございます!私の家族をよろしくお願いします!」


「だから頭を下げるなって、子供に頭を下げさせてると思うとやりにくいんだ」


クリスは後頭部を掻きながらそう言うと、姿勢を少し崩した。緊張が解けてきたようだ。


「ところでその子の家族、お母さんと妹さんだっけ?その2人の護衛の方法って私達で勝手に決めちゃっていいの?」


クリス達が依頼を受けてくれると決まったところで、クリスのパーティメンバー最後の1人、クリーム色の髪をした女性、エルネが質問を投げかけてきた。


「基本的にはそちらのやり易いようにして頂いて構いません。しかし、彼女の家族がいつも通りの生活を送れるようにすることが最低条件です。どこかで1ヶ月間監禁する、などの方法はおやめ下さい」


「なるほど。いつも通りの生活を守りつつ、護衛をしろってことね。君、中々難しいことを言うね」


「そのための報酬100万Gです。最終的にこちらが要求することはただ一つ、彼女の家族が心身ともに無事であること、それだけです。それさえ達成出来れば、特にこちらから言うことはありません」


「他の協力者を募る場合とかはどうすれば良いんだ?ここで聞いた話をしてもいいのか?」


続いてアレッドが質問をする。


「触りの部分については構いませんが、本質的な部分、例えばアーネの素性などは話さないでもらえると助かります」


「なるほど、わかった」


アレッドは俺の答えに頷く。それに続くクリス達からの質問は無く、談話室は一瞬だけ沈黙に包まれた。


「とりあえず、質問はもう無いようですね。では、後で彼女に家まで案内してもらってください。それと最低でも1ヶ月は護衛をお願いすると思うので、とりあえず100万Gはこの場でお支払いします」


アイテムボックスから革袋を取り出し、それをクリス達の前に置いた。クリスは革袋の中に入った金貨の枚数を数える。


「1万G金貨が100枚...100万G、確かに受け取った」


「はい、では依頼の方は宜しくお願いしますね」


クリスへ手を差し出すと、彼はしっかりと俺の手を取った。


「ああ、任せておけ。子供の期待を裏切るような真似はしないよ」


「母と妹をよろしくお願いします!」


アーネが再度、クリスへと頭を下げる。

頭を下げられたクリスはやはり慣れていないのか、困ったように頭を掻いて苦笑いを浮かべていた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



依頼内容の確認も終わり、アーネの家までクリス達を案内する道中。

冒険者ギルドを出て街中を歩いていると、クリスがゆっくりと俺に近づいて来てその口を開いた。


「そういえば、なんで俺を指名したんだ?見ただけで実力が分かるとか言っていたが...」


「ああ。簡単に言えば、クリスさんの体の使い方が上手だったからです。やっぱり、自分の体の使い方を知っている人とそうでない人では、使い方が全く違うんですよね。その違いは立ち方や手の挙げ方などの一挙一動でも顕著に現れます。後は態度ですかね。本当に強い人は無駄に噛み付かず、自分に必要な情報のみを選択し、不明な点についてだけ質問をします。逆にそうでも無い人は無駄に噛み付いてくるわけですね。まあ、質問すらしない人は論外ですけど」


「ははは...君、本当に子供かい?実は俺よりも歳上で、仮面を外すとおっさんだったりしない?」


「俺はただの幼い少年ですよ。歳を疑われることはよく有りますが」


カイナミダンジョンでモンスターと戦っている内に、俺は身体能力や魔法の能力だけでなく観察眼も鍛えられていたようで、人の動きからその人がどこを見ているのか、何をしようとしているのかなどの情報を大まかに判断できるようになっていた。


またそれらの情報から、その人自身の強さを大体ではあるが推測できるようにもなっていた。


「君のような少年が王都から離れた都市にいるとは。世界は広いな」


「クリスさん達は王都のご出身ですか?」


「厳密には違うが、去年までは王都で冒険者として活動をしていたんだ。だけど、今は色々なものを見るためにパーティメンバーと王国中を旅していてね。たまたま訪れていた冒険者ギルドで高報酬の依頼を見つけたから、話を聞いてみようと思ったんだ。俺は見た目から舐められることが多いから、指名されたときは驚いたよ」


確かに、クリスの体は細めで背丈も一般的だ。決して強いというイメージを抱かれるものではないだろう。


しかし、体の動かし方には無駄がほとんどなく、筋肉はしっかりと引き締まっているため外からその実力が少し見えにくいだけだ。見る人から見れば、彼が強者である事はすぐに分かる。


「まあ、見る目がない連中は実力で見返せばいいですし、言わせておけばいいんですよ」


「ははは、子供に励まされるとは。ありがとう、アルマ君」


「どういたしまして」





その後、アーネの家に到着した俺達は、彼女の家族に事情を説明した。アーネの母親は最初は驚いたような顔をしていたが、最終的には修行について快く許可を出してくれた。


「アーネをよろしくお願いします」


「よろしくね!」


「はい、彼女の力になれるよう努力します。任せておいてください」


アーネの母親と妹からそのように頼まれた後、俺はクリス達と別れ、アーネを連れてカイナミダンジョンへと向かうのであった。

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