第8話 家族会議

冒険者、自らの危険を顧みず、金と己の名誉の為、自らの戦闘力のみを信じ、日夜モンスターとの戦いに明け暮れる職業。


そんな少年の、いや全ての男の夢を具現化したような職業である冒険者に憧れを抱かない者がいるだろうか。


いや、いない!いるわけがない!俺は絶対に冒険者になるぞ!!



「駄目です。」


「」


「いや母さん、そんなすぐに否定しなくても...」


そんな淡い少年の夢は、家庭内において最強の存在、母の前に脆くも砕け散ろうとしていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



現在、我がヨルターン家では緊急家族会議が開かれていた。議題は勿論、一人息子であるアルト=ヨルターンこと俺が、冒険者になりたいと言った件についてである。母さんはそれを聞くとすぐに却下し、すかさず父さんがフォローを入れてくれた。


「駄目ったら駄目です。私はアルトが父さんに頼んで剣の稽古をしていることも、一人で魔法の練習をしていることも知っています。練習くらいならと思って目を瞑っていたけれど、今回は駄目です。相談してくれたのは嬉しいけれど、冒険者、しかもダンジョン攻略だなんて命がいくつあっても足りないわよ?」


冒険者であった父さん曰く、冒険者には2つのタイプがあるらしい。


1つはギルドなどで発注されている、護衛や素材の納付、大量発生したモンスターの討伐などの依頼をこなして依頼達成料で生計を立てているタイプ。


もう1つはダンジョンと呼ばれるモンスターの巣窟に潜り、そこで手に入れた素材や魔導書などを売却することで生計を立てるタイプである。


前者は一発を当てることはないがコツコツと稼ぐことができ、後者は大きいのを一発当てる可能性があるが、その分非常に心身への負担が大きく命の危険性も高い。

因みに父さんは前者のタイプの冒険者だったらしい。そして俺が希望しているのは勿論、後者のタイプである。


母さんの言っていることは全て正しい。だが、男には譲れないこともある。元冒険者の父さんには、俺の気持ちが痛いほどよくわかるだろう。後は頼んだ父さん!なんとかして母さんを説得してくれ!


「しかし、母さ——」


「貴方は黙ってて。」


「……はぃ。」


父、撃沈。

かなしいかな、元冒険者の父さんといえど、家庭内最強である母さんには手も足も出ないようだ。なむー。


「アルト、私だって嫌がらせで貴方が冒険者になることを否定しているわけではないの。でも、ただ冒険者になりたいっていうだけで認めるわけにはいかない。どうしてアルトが冒険者になりたいのかを、しっかり貴方の口から私が納得できるように説明してくれないと許可はできないわ。」


一瞬で父さんを葬り去った母さんが、俺の目を見つめてハッキリと言う。


...本当に母さんが言っていることはすべて正しい。そして母さんは、俺としっかり向き合って話をしてくれている。これは俺もしっかりと向き合って答えないといけないだろう。


「うん、分かった。母さん、父さん。僕の考えを全部話すよ。…僕は15歳になったらこの村を出て、王都にあるグレース剣魔学園に入学をしたいと考えているんだ。そのために僕は今まで、剣術、魔法、勉学に励んできた。でも、学園に入学するためにはまだまだ実力が足りない。だから、僕は剣術と魔法をもっと鍛えなければならないんだ。更にいえば、僕には剣の才能も魔法の才能もない。才能のない僕は少々無理をするくらいでないと、才能のある者と同じ舞台に立つことは出来ない。更に言えば、金銭面の問題もある。僕は母さんと父さんに負担をかけるつもりはないから。これらの問題を解消するために、僕は冒険者になりたいんだ。」


覚悟を決め包み隠さず全てを語り終えた後、顔を上げると母さんは驚いたような顔をしていた。父さんは机に突っ伏したままなので、聞いているかも分からない。


「…一先ず、学園への入学は認めるわ。そして学園の入学試験に合格するために、力をつけなきゃいけないことも分かった。でもそれは、冒険者でなきゃ駄目なの?父さんとの稽古では駄目なの?」


「父さんとの稽古はとてもいい練習になってるよ。これは本当。だけど、僕はもっと強くならなければならなきゃいけない。父さんとの稽古は、父さんの都合のつく時間しか受けることができない。だから、練習時間が圧倒的に足りないんだ。」


「そんなに焦る必要はないでしょう。学園に入学するとしても試験まであと4年の期間があるでしょう?焦って無理をして、死んでしまったら元も子もないわよ?」


「いや、それは間違ってる。あと4年しか時間がないんだ。僕はずっと前から、学園へ入学するための努力を続けてきた。その上で、このままのペースでは入学試験に間に合わないことを悟ったんだ。僕は絶対に死ぬような無理はしないと約束する。だからどうか、冒険者になることを認めてください。お願いします。」


俺は最後の言葉を振り絞り、深く頭を下げた。





母さんはしばらく沈黙する。






ダメだったか...?






「はぁ...分かったわ。」


「え?」


「分かったわよ。冒険者になることを許可します。ただし3つ、条件があるわ。まず1つ目、冒険者になる前に父さんにダンジョンへ挑戦するだけの相応の実力があることを認められること。2つ目、しっかりと休むこと。3つ目、絶対に無理をしないこと。無理をして死んだりしたら、許さないからね。」


「母さん... ありがとう。」


「アルトの考えていることを知れてよかった。アルトの人生はアルトのものだから、私が無理に口を出すつもりはないわ。だけどね、これだけは覚えておいて。辞めたくなったら意地を張らずにいつでもここへ戻ってきなさい。どんなに格好悪くなって帰ってきても、私達はいつでも貴方の帰りを待っているわ。だから、頑張ってねアルト。アルトは、私と父さんの自慢の息子なんだから。」


最後に、母さんはそう言って微笑んだ。


「はい!僕の尊敬する母さんと父さんの息子として、頑張ります!」


俺は目頭が熱くなるのを感じながら、母さんの言葉に強く返事をした。





この家族会議から丁度一年が経った日、俺は遂に父さんから許可を得て、冒険者になる条件を満たし晴れてダンジョンへ挑戦できることになった。

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