第5話 異世界活動報告(7歳): 対面

さてさて、俺も遂に7歳になった。

半年ほど前に図書館内にある本を全て読み終えた俺は、本格的に剣術と魔法の特訓を始めていた。


剣術についてはまだ体力作りしかしておらず、朝に筋トレと走り込みを行なったり、近所のおじさんの荷物運びや畑を耕すのを手伝ったりしている。本音を言えば、防人である父親に色々と教えて貰いたい。実際に一度頼んでみたのだが、断られてしまった。


曰く、もっと筋力と体力をつけないと教えることはできない、とのことだ。


具体的にあとどれくらいの筋力と体力をつければいいのかは分からないが、ここで焦っても仕方ないので地道に筋トレと走り込みを行なっている。

学園の入学試験まで、あと7年くらい。時間はまだまだある。焦ることはないだろう。



魔法については、魔力の操作はほぼ完璧にできるようになった。成長するにつれて魔力量も増えていくが、操作できないほどではなく出力の調整も全く問題無く行えている。


そして肝心の魔法の発動の練習も行なっているのだが、これがあまり順調ではない。

その理由として、魔法の発動の仕方に問題があった。この世界において、魔法の発動には基本的に定められた言葉を唱えること、俗に言う詠唱を行わなければならない。しかし、俺はその詠唱の言葉を覚えていないのだ。


『勇者セインの学園英雄譚』を執筆していた当時は、インスピレーションが湧きまくっていたため、それはもう様々な詠唱を考えて片っ端から魔法を発動させていたわけなのだが。それから体感で10年弱経過した今、そんな詠唱の内容を覚えているわけがないだろう。というか思い出したくもない。その真っ黒な記憶はそのまま記憶の底に沈んでもらって全く構わない。


さて少し話が逸れたが、ではどうすれば俺は魔法を使えるようになるのか。自身の魔力が自在に操れたり、出力の調整が容易だったとしても肝心の魔法が行使できなければなんの意味もない。


魔法が使えないのは非常に困る。また、詠唱の内容は魔法の種類によって異なり、様々な種類があるがそのほとんどは一般には公開されていない。


何故かというと、平民が魔法によって力をつけて反乱を起こすことを危惧した貴族達が有用な魔法、特に攻撃魔法について、詠唱の内容を秘匿し独占しているためだ。


そのため、ほとんどの平民は魔法を使うことができない。こんなことも、平民が未だかつて学園に入学出来ていない要因の1つなのだろう。因みに現時点のヌレタ村で、魔法を使うことが出来る者は誰もいない。将来的には、セインが詠唱の内容をあるルートから手に入れて使えるようになるのだが。


そんなこともあり、俺が有用な魔法を覚えるためには詠唱の内容を思い出すしかない。しかし、俺はその内容など思い出したくもないし、思い出したとしても俺はその内容を口にしたくない。羞恥に悶えて死ぬ。恥ずか死ぬ。


では、結局のところどうすれば良いのか。

しばらく考えてみて、俺は1つの考えに至った。それは、無詠唱で魔法を行使すればいいのではないかという考えである。



『勇者セインの学園英雄譚』において、無詠唱で魔法を使うことのできる人物は多くないが、いることにはいる。セインもその内の1人だし、学園での登場人物にも数人いた筈だ。

しかし、無詠唱で魔法を行使できる者は全て、詠唱を伴った魔法を高い水準まで極めていた者たちだ。


つまり、無詠唱で魔法を発動するためには、詠唱を伴う魔法を一定以上の水準まで極める必要があるのかもしれない。また規模の大きな魔法になるにつれて、無詠唱でその魔法を発動する難易度は爆発的に高くなっていく。


この世界において魔法は初級、中級、上級、最上級、究極級の5段階に分けられている。

高い階級の魔法であればあるほど、威力が上がるが制御が難しくなり、習得できる人間も限られてくる。初級、中級の魔法を無詠唱で出来る者でも、最上級、究極級を無詠唱で発動することは非常に難しいということだ。 


誤解を避けるために言っておくが、それくらいに難しい無詠唱魔法を行使することで得られるメリットは当然ある。


1つ目は魔法の自由度が上がること。

無詠唱で魔法を行使するということは、十分に魔力の操作ができているということだし、自分の頭の中で魔法のイメージがしっかりと出来ているということでもある。

つまり、その魔法のイメージを少し変えて魔力の操作もそれに合わせて工夫してみれば、自分のイメージに則った魔法を行使できる可能性がある。一方で詠唱を伴う魔法では、決まりきった魔法しか発動することが出来ないのだ。


2つ目は単純に詠唱の時間短縮である。

一般に魔法の威力が高ければ高いほど、必要な詠唱の時間は長くなる。それらの魔法について無詠唱で発動できれば、他の者よりも早く魔法を発動させることができるというわけで、これは実際の戦闘の場において大きな優位を取ることが出来る。


3つ目は、詠唱というバカ恥ずかしい言葉をわざわざ人前で唱えなくて良いということだ。

解説不要!以上!



確か『勇者セインの学園英雄譚』では、無詠唱で発動できる魔法は最高でも上級魔法までだった筈だ。更に言えば、学園へ入学する時点で無詠唱魔法を使うことの出来た者はいない。

これらの情報を鑑みても、学園の入学試験までに無詠唱魔法を十分に使うことのできるレベルまで高めることは極めて厳しいと言える。


しかし俺は小説内において、魔法について説明を記述する際にこう書いたはずだ。



曰く、想像力が最も大切である、と。



その一言がこの世界に影響を及ぼしているとするならば、想像力さえ高まれば無詠唱魔法を行使する事は難しくないはず。


そう信じ、俺は日夜魔法の練習を行なっている。想像力には自信があるし、魔法のイメージは既にできている。


「まずは、火をつけるとか簡単な魔法の練習。そして無詠唱で何かしらの魔法を発動できれば、その感覚から連鎖的に他の魔法を無詠唱で発動させることができるかもしれない。とりあえず今は、魔法のイメージをしながら簡単な魔法を無詠唱で発動させるための練習を続けるしかない。」


火のついていない蝋燭へ手をかざし、そう自分に言い聞かせる。いつか、そう遠くないうちに小さな火が灯ることを願いながら。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


そして遂にと言えばいいのか分からないが、セインと対面する機会があった。


それは今から1年ほど前、俺が図書館内の全ての本を読み終えるべく、毎日図書館に入り浸っていた頃。同世代の友達と遊ばず、一人で図書館へ向かう俺を見かねた父親が、孤児院で行われている勉強会へ連行したことで起きた。


正直に言えば、勉強会の内容など非常に退屈なもので時間の無駄だとその時の俺は思っていた。そのため父に抱えられ連行されている最中、俺は父を恨み倒していたのだが、孤児院に入ってすぐにそんな考えは吹っ飛んだ。


孤児院内に、金髪碧眼の the 王子様みたいな少年を見つけたのである。


しかしそんな王子様のような煌びやかな顔とは対照的に、少年の着ている服は非常に簡素な真っ白い服であった。金髪なんてこの世界にはそうそういるものではない。その少年が『勇者セインの学園英雄譚』の主人公、セインであることはすぐに分かった。


その金髪の少年、セインは孤児院に入ってきた俺たちに気づくと、驚いたような顔をした。自分でも薄々気づいていたが、黒髪も金髪と同じくらい、もしくはそれ以上にこの世界では珍しいようだった。そしてセインの方から、こちらへ話しかけに来てくれた。


しかし前述のように、この時の俺は転生してからずっと図書館へ通い詰めていたため、同年代の友達なんておらず、セインとの接し方がよく分からなかった。だから父は俺のことを孤児院まで連行したわけだし。


そのため、結局その場ではお互いに軽く挨拶を交わすだけに留まった。

 

その後、孤児院にボランティアの教師が来てからは案の定、非常に退屈な授業を繰り広げてくれた。俺は聞いているフリをしながらボーっとしていたのだが、セインは至ってまじめに授業を聞いていたようで、授業が終わった後もその教師が帰る直前まで授業の内容について質問をしていた。


その教師も帰り、孤児院では夕食の時間まで自由時間となった。

孤児院の子供達は外で走り回ったり、室内でおままごとなどをして遊んでいた。珍しい黒髪であるからか、俺は孤児院の子供達から少し警戒されていたようで、遊びなどに誘われることはなかった。

うん、この黒色の髪の毛のせいだったはずだ。そう信じている。


そういう理由で特に何もすることが無かった俺が、そろそろ帰ろうかと思い席を立ったとき、セインに声をかけられた。


「あ、帰っちゃうの?」


俺の後方に立っていたセインはそう言った。


「あー、そうだな、居てもやることないし。えっとー、セイン君は何をしてるんだ?」


「夕食の準備の手伝いをしてるんだよ。でさ、そこで頼みがあるんだけど、やることがないなら少し手伝ってくれないかな?嫌なら断ってくれても全然構わないけど...」


「...別にここにいるのが嫌なわけじゃないから、俺に出来ることがあれば手伝うよ。何をしたら良い?」


「本当!?ありがとう、アルト君!」


少し無愛想な返答にもセインは満面の笑みを浮かべ、俺の手をその両手で包み込んだ。


おぉ、なんだその王子スマイル。危うく恋に落ちるところだった。


そんな成り行きで夕食の準備を手伝うことになった俺は、セインに連れられて孤児院のキッチンまでやってきたのだが...


「この量はヤバくないか?」


「ははは、アルト君、頑張っていこうか。」


「ははは...」


孤児院のキッチンにはそれはもう山のようにありとあらゆる食材が積まれていた。目の前に広がる食材を見て、これから想定される仕事量に慄きながら呟くとセインは笑いながら調理の準備を進めていた。孤児院にいる子供や職員全員分の夕食を作るのだ、楽なわけがなかった。


一度手伝うと言ってしまった以上断ることもできず、俺はもはや苦笑いを浮かべることしかできなかった。




その日久々に、前世で過ごした研究室の日々を思い出した。

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