第3話 アルトという少年

『勇者セインの学園英雄譚』は、辺境の村の孤児院で育てられたセインという青年がその才能と圧倒的な努力、そして可愛い女の子達との絆を遺憾無く発揮することで、身分を理由に見下してきた教師や同級生を見返し、最終的には悪の根源である魔王の討伐を果たす、という物語である。


まあ、最後の魔王討伐の部分は構想を練っていただけで更新は出来ていないが。そのような物語にする予定だった。



そんな物語を実際に執筆していたのは正真正銘この俺であるが、アルトという少年をこの物語に登場させた覚えはない。なんなら両親に関しても、俺の考えた人物ではない。


そもそもヌレタ村の住人で『勇者セインの学園英雄譚』に登場するのは、セイン、孤児院のシスター、孤児院の子供達、孤児院に勉強を教えにくるボランティア人達くらいだ。その他にヌレタ村の住民は一切登場しない。

セインの育った村ではあるが、物語の主な舞台はあくまでも学園内だ。そのため、ヌレタ村での出来事について記すことは多く無かった。



—————つまり、俺は『勇者セインの学園英雄譚』において名前すら与えられていない、いわゆるモブに転生したことになる……のか? 




ふむふむ、なるほどなるほど。




いやいやいや、おかしくないか?

著者を転生させてるんだろ?

それなら主人公に転生させてくれても良くないか?なんなら主人公でなくてもいいから学園に入学予定の貴族とかなんか色々あるだろ?最悪、魔王とかでも良かったよ!物語とある程度は関わることが出来るから!どうして著者の転生先が主人公の育った辺境の村に住む、名前のないモブなんだよ!下手したら物語に全く関われないじゃん!物語の最後を見届けられないじゃん!著者に対してそれは酷くないか?え?それはお前が物語を完結させられなかったのが悪いって?その通りです!ごめんなさい!




よし...一旦落ち着こう。


つまるところ、どうやら俺はここからかなりの努力をしなければキャハハ、ウフフな学園生活を送るどころか、物語を見届けることすらできないようだ。

多分だが、俺の書いた『勇者セインの学園英雄譚』においてアルトという少年は、ヌレタ村の防人としてその一生を過ごしたのだろう。知らんけど。


なんにせよ俺は、著者である俺ですら知らない人物に転生してしまった訳だ。 


しかし逆に言えば、俺はこのアルトという少年について何の設定も施していない。つまり、このアルトという少年がどれだけ強くなることができるのか、その可能性は無限大であるということだ。


さらに俺は著者としての前世の記憶から、この世界の仕組みや強くなるための最短経路を知っているつもりだ。なんといってもこの世界を創造<想像?>したのは俺だからな。


よく考えれば、このアルトという少年は著者である俺が転生する上で器となった体だ。どんな可能性が秘められていたとしても不思議ではない!というか、なんの才能もない方がおかしい!


もう一度言うが、著者である俺の転生先となった器だぞ?きっと『勇者セインの学園英雄譚』でのアルト少年は、俺の知らない何処かでその才能を遺憾なく発揮していたことだろう。知らんけど。



よしよしよし、希望が見えてきた!


更に言えば、俺の転生先が主人公じゃなかっただけで俺が主人公になることを諦めるのは早計じゃないか?例えば俺がめちゃくちゃ努力して、めちゃくちゃ強くなってセインが物語の中で成し遂げることを俺がぜーんぶ先に達成しちゃえばそれは『勇者セインの学園英雄譚』ではなく、『勇者アルトの学園英雄譚』になるのではないか?



はぁ...俺は天才だったようだ。

これだ。このプランで行こう。



カラン、カランと乾いた音を鳴らしながら回転し続ける遊具を目で追いつつ、俺は以上のようにこの異世界での生き方について方針を定めた。


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