第2話 我が黒歴史の世界へ

俺こと、加藤晃かとうあきらは至極普通の大学院生だった。


高校生のときに単に化学が好きだったという理由で理系に進み、1年の浪人期間を経て地元ではまあまあ有名な大学の化学科進学した。

大学入学後は普通に友達を作り、普通の大学生活を謳歌した。大学3年生の秋頃には、周りの友達の殆どが大学院に進むという話を聞いて俺も大学院への進学を決めた。


そして大学4年生のとき、ある研究室へ配属されたのだが…これがまずかった。何がまずかったかというと、その研究室は俗に言うブラック研究室という奴だった。


朝は遅くとも8時までに研究室へ集合、家へ帰る時間は早くとも22時。時期によっては日を跨いでいることも珍しくなかった。休みは年に10日あるかないかで、研究室の教授と先輩の命令は絶対。拒否権など与えられず、上から降ってくる雑務をこなしながら余った時間で自身の研究を進める日々。そして研究の進捗が少なければ、教授や助教から罵詈雑言を浴びせられる。


このような環境のために同級生や後輩が研究室へ来なくなり、音信不通になることもしばしばあった。


俺はその環境下で約一年半の間は耐えていたのだが睡眠不足や過労が祟り、ある日研究室内で倒れて————




————気がついたら、俺はこのヨルターン家の赤ん坊に転生していた。



両親の会話を盗み聞きすることで、ここがグレース王国という国に属するヌレタ村という土地であることが判明した。両親の会話を盗み聞きしていた当初は何処かで聞いたことある名前だな〜と思っていたのだが、それもそのはず。これらの土地の名前は俺自身が考えた名前だった。本当に吃驚したよ!


因みに、この異世界が『勇者セインの学園英雄譚』の世界であることの裏付けとなったのは両親のこんな会話だ。


「今日、奥の森で赤ちゃんが見つかったらしいわ。 孤児院に引き取られたみたいだけど、大丈夫かしら...」


「うむ…心配だが、孤児院に引き取られたのなら安心だろう。それにしても、そんな事をする親もいるんだな。アルト、大きくなったらその子と仲良くするんだぞ?」


「あーう、あー。」


「よし、分かってくれたか、偉いぞ〜」


豪快に笑う父は、抱き抱えた俺の頭をガシガシと頭を撫でた。少し痛い。


現在の俺の体は赤ちゃんのそれであるので、上手く言葉を発音することができなかった。

そのため父は俺の言葉を正しく理解することが出来なかったようだ。加齢臭がキツイから近づくなと言ったのだが。


...本題に戻るが、ズバリ、その孤児院に引き取られた赤ん坊というのが『勇者セインの学園英雄譚』における主人公、セインだろう。孤児として拾われるシチュエーションから、彼が育った村の名前までバッチリ一致してたからすぐに分かった。


こうして俺は、自身の黒歴史の1つである『勇者セインの学園英雄譚』の世界に転生したのだと、認めざるを得なかったのである。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



『勇者セインの学園英雄譚』は、大学の学部2年生までに卒業に必要な単位の8割程度を取り終え、サークルにも所属していなかったために暇な時間の多かった俺が、ただの暇潰しで書き始めた小説だ。



最初は気が向いたら書く程度で更新頻度も多くなく、また文体や内容も稚拙であったため人気などなかった。しかし、投稿を始めて数ヶ月ほど経った辺りから小説を書くことが楽しくなり、投稿を毎日するようになった。


それのおかげか閲覧数も少しずつ増加し、これからも頑張っていこうと思っていた矢先に俺は最悪の研究室に配属された。


研究室に配属されて最初の頃は、忙しくてもある程度の頻度でなんとか小説の投稿を継続して行えていた。しかし、配属されてから3ヶ月も経つと俺は投稿をしなくなっていた。そしてそれ以降も物語を更新することが出来ないまま、著者である俺は過労によって倒れてそのまま死んでしまった。


———以上のような経緯で、『勇者セインの学園英雄譚』の物語は未完結のまま幕を閉じることになったのである。



一応どんな形で話を完結させるかは定まっていたし、完結まであと少しというところまで話は進んでいたため、完結させることができなかったのは悔しいっちゃ悔しい。だが、終わった事をうじうじ言っていても仕方がない。

今の俺がするべきなのはもう過ぎてしまったことを後悔することではなく、これからの未来について考えること。つまり、この『勇者セインの学園英雄譚』の世界の中で俺がどのように生きていくのか、についてだ。



今の俺は赤ん坊ということもあり優しく温かい両親に大切に育てられてはいるが、いつかは自立しなければならない。


俺の住んでいるヌレタ村はグレース王国の辺境の村であるため職業の選択肢など無いに等しく、将来は親の家業を継ぐのが一般的だ。


因みに俺の父親は村の防人みたいなことをやっている。村の外を見張り、なにか異常や問題があればそれらを排除する仕事だ。母親は俗に言う専業主婦みたいなもので、特定の仕事についているわけではない。しかしたまに、村のママ友と集まって収穫された野菜の選別をしたり、縫い物をして服などを作る手伝いをしたりもしている。


このことから察するに、俺が普通に何も考えずに成長していけば、俺はこの村で父親の防人を継ぐ可能性が非常に高いことが分かる。



しかし、俺はこの村に生涯住み続けるのは絶対に嫌だ!

勿論、両親にはとても感謝しているし、この村でも十分に幸せな生活を送ることが出来ることも分かっている。現に両親はこの村で幸せな生活を送っているようだ。

しかし俺はどうしても、自分が完結させることのできなかった物語の続きをこの目で見ていたいと思ってしまう。



孤児院に引き取られた子供はセインと名付けられたらしい。『勇者セインの学園英雄譚』というタイトルからも分かるように、セインという名は俺の書いた小説の主人公の名だ。


そして彼の年齢が俺と同い年であることも判明している。このまま順調いけば、セインは水魔法と光魔法に適性があることも判明するだろう。セインは頭脳明晰かつ魔法の他に剣術の才能にも恵まれるため、15歳で王都にあるグレース剣魔学園に通うことになる。


グレース剣魔学園とは王太子や宰相の息子など次世代の国家を担う若者達が集う、王都にある超名門の学園である。優秀であれば身分に関係なく入学することができると銘打っているが、その”優秀”のハードルはとても高い。

また、子供に専門の家庭教師を用意することのできる貴族とは違い、平民には家庭教師など用意できないし、そもそも読み書きすらできない者も少なくない。そんな背景から、この世界では貴族と平民の間の学力差が埋まることなど普通はありえない。


そのためグレース剣魔学園では創立以来、平民が入学したことは一度たりともない。学園は創立してから100年以上経っているのにも関わらず、だ。そんな真のエリートしか通うことの許されないグレース剣魔学園に、セインは平民として初めて入学を許可される————我ながら、かなり痛いストーリーを考えたものだと思う。


それはともかくとして、『勇者セインの学園英雄譚』の主な舞台となるグレース剣魔学園に俺は是非とも入学したい。そしてあわよくば、俺の考えた登場人物達とキャハハ、ウフフな学園生活を送りたい!



そんな理想を現実にするべく、俺は何をするべきなのか。そんな疑問に対する答えは至極単純だ。


そう、”俺自身もグレース剣魔学園への入学を認められるような人間”になれば良い。


しかし、それはまさに言うは易く行うは難しというやつだ。前述のように、グレース剣魔学園は次世代の王国を担う才能のある若者のみが入学を許される学園である。そのため学園への入学を志望する者は非常に多く、倍率は3桁に届くことが当たり前だ。そんな狭き門を平民という身分で突破するのに、どれだけの努力が必要だろうか。


自ら書き始めた小説すら完結させることの出来なかった俺に、そんな努力ができるだろうか。






———いや、出来るか出来ないかなど関係ない!


そんな下らないことを気にして、行動に移すことが出来ない方が問題だ!出来るか出来ないかなんて、やってみなければ分からない!出来なかったときにどうするかは、出来なかったときに考える!今は余計なことを考えず、自分の理想に向かってがむしゃらに努力をすることだけを考えればいいだけだ!

幸いにも、俺には著者としてのこの世界への知識と浪人時代と大学院時代で培った忍耐力がある!


やってやる!俺はここからできる限りの努力をして、グレース剣魔学園に入学できるような人間になってみせる!



こうして俺は、真のエリートのみが集うグレース剣魔学園への入学を目指す決意をした。








ところで、転生してからずっと気になっていることが一つだけあるのだが。

そもそも————



“アルト”って誰なんだろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る