【完結済】異世界ラノベの元著者は英雄譚の続きを紡ぐ

くコ:彡

第1章 始まりの村

第1話 web小説とは

日本の全人口の90%以上がモバイル端末を所持し、ネット社会とも称される現代。読書の新たな形として、web小説という形態が提案された。


このweb小説というシステムにおいては、小説の投稿や閲覧、その作品への評価から著者と読者間でのコミュニケーションまでもが誰でも簡単に行うことが可能だ。それらの利点から多くの者がweb小説を利用することとなり、瞬く間に世の中に普及していった。いや、あまりにも広く普及してしまった。


一つ勘違いをしないで貰いたいのだが、別に俺は小説の投稿、閲覧が簡便にできるようになった点について文句を言うつもりはない。むしろ俺は暇さえあればweb小説を読み漁っていた人間であるし、なんなら自らで執筆した小説を投稿していたことだってある。

そんなweb小説のヘビーユーザーであった俺が、現代のそのシステムについて言いたいことがあるとすれば唯一つ。



自らの作品を投稿するときはマジで気をつけろ、ということだけである。



自らの書いた小説を極めて気軽に投稿できるということは、自分の頭の中だけで留めていた、いや留めておくべきだった妄想の塊を、インターネットという恐ろしく広大な世界へ簡単に送り出すことができるということに他ならない。

つまり、たくさんのweb小説を読み漁り、少しだけ想像力の豊かな青年の書いた、若気の至りとも言える痛すぎる小説がその広大な世界へと発信されてしまうという悪夢のような現象が起きることになった。


投稿直後はそんなこと問題にならないかもしれない。しかしその小説は数年、あるいは数十年以上の時を経て、当時青年だった男の黒歴史として強く刻まれる可能性が非常に高い。

ましてや身内や知り合いにバレでもした日には、彼の精神は瞬時に灰燼と化し、それの回復にはかなりの時間を要することになるだろう。


以上のように、web小説システムの普及により心に決して浅くはないダメージを受けた者も少なくないのではなかろうか。


お察しの通り、かく言う俺も同様の黒歴史を抱える内の1人だ。



では、なぜ俺がこのようないつまでも記憶の底に鍵を何重にも掛けて閉まっておきたい黒歴史の話をわざわざ掘り返して語っているのか。



それは——————







「あら、アルトちゃん。今日も泣かずに1人で起きられたのね〜」


頭上からそんな声が聞こえてきたかと思うと、左右から一組の男女がこちらを覗き込んできた。茶髪で青色の目をした女性と、同じく茶髪で緑色の目をした男性だ。


「お、本当か。周りの親は赤ん坊はすぐ泣いて子育てが大変だと言っているが、アルトは殆ど泣かなくて手が掛からないなぁ」


「そうね〜。手は掛からないんだけど…私としてはもう少し頼ってくれないと、親として寂しいわ」


仰向けで横たわる俺の顔を見ながら、その男女はキャッキャと話し始める。勿論、俺は赤ん坊なんて呼ばれる年齢はとっくのとうに越しているし、そもそも彼らの顔に見覚えはない。

しかし現に、今俺は赤ん坊であり、両親は彼らであるらしいのだ。




まあ、なんだ。詰まるところ———


————俺は現在、自身の黒歴史の1つに数えられるweb小説『勇者セインの学園英雄譚』の世界に転生しているらしい。

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