第10話 メイの戦い

「ウィル!」


 メイは障壁の中でずっと戦いを見守っていた。クリオロフォスが墜ちると同時に、障壁が壊れ、もうウィリアムも限界だと悟る。

 クリオロフォスが地面とぶつかる。ウィリアムも同じ運命をたどるかに思えたが、


「フローティングウェーブ……はあ、間に合って、よか……」


「トマス……!」


 トマスが浮遊魔法を使ったことで、地面の手前で彼の体は受け止められた。この辺りの霧はまだ晴れていない。トマスは霧の侵食を受けながらこの魔法を使ったのだ。

 メイが近寄り見ると、トマスの顔はかなり青ざめている。麻痺によるものではない。

 ウィリアムが強化状態になるまで、霧からの障壁で相当消耗している様子だった。あの浮遊魔法が最後の力だったのだろう。

 ウィリアムが助かったことと、トマスが自らの犠牲を顧みなかったことは、メイに安心と感謝の情を抱かせた。

 この情を自覚したメイは、なぜ人間にそんな情を抱いたのか疑問に思ったが、この情は疑問の追及よりも目の前の存在を助けることを促す。


「ウィル! トマス! 大丈夫か!? う!? 何!?」


『メ、イ、様。我、は……』


 弱りながらもクリオロフォスはまだ生きていた。弱っているため霧による従属の効果も弱まっているが、僅かにメイへ作用する。


「無礼な。私を支配なんてさせない。お前は……私が倒す!」


 メイは倒れているウィリアムから腕輪を取り、自身に装着、力を解放する。


『ああ、あなたも使えるのですね。ですがあの方ほどは……があ!?』


「そう、私じゃそんなに長く使えない。さっさと片をつけるよ」


 再生能力で喋れるくらいには回復したクリオロフォス。これ以上回復される前に勝負をつけるべく、メイは電撃を浴びせる。さらに周辺の邪魔な霧を払う。今のクリオロフォスにこれ以上霧を出す力は残っていない。


「回復魔法、だっけ? えい! おい、ウィル起きろ。呪いをあいつに使う。いいね?」


 ウィリアムが回復魔法は苦手だと言っていたのでメイはちゃんとできるか不安だったが、思いの外簡単にできた。

 間もなくウィリアムが起き上がる。


「あ、ああ。ずいぶん余裕だな、この状況で呪いの発動を狙うとは」


「私は強くなりたいんだから当然。ていうかこいつ自己再生できるから確実に殺すには呪いが最適。行くよ」


 クリオロフォスの前に立ち、メイは強化状態を解く。腕輪を外して二人で持ち、呪いの発動に合意、腕輪を尖った棒状に変形させてクリオロフォスに突き刺す。


『ふん』


「うわあああ!? か、体がしびれ……。メイ、どういう……!」


「ごごごめんんんん。よよよくうう、かかかんがえてえええ、なかったあああああ」


 クリオロフォスは電流を地面に完全には流さずに一部を体内にため込んでいたらしい。その電流が突き刺した鱗を通してメイ、ウィリアムに流れ込む。

 電流は命に関わるほどの強さではなかったが、しびれさせるには十分な強さであった。


『ぐ、ゆ、ゆる、さぬ……』


「お、おい、逃げるぞ。これは、や、ばい」


 呪いの発動はできたはずなのにクリオロフォスはまだ動く。よろよろと体を伸ばし、牙の見える口を開け、二人を飲み込まんと迫る。

 対してメイは体がしびれて上手く逃げられない。ウィリアムも同様。電流はもう流れていないはずなのに、しびれからの回復が遅すぎる。


――お願い動いて……!


 もうダメか。牙がすぐ後ろまで迫り、そう覚悟したメイだが、その殺気は急に途絶えた。

 振り返ると大蛇が痙攣していた。


『の、呪い……これほどとは。メイ様程度のモンスターの呪いに我が……』


「はあ、バカ、だね。メルリーダの呪いは解除しない限り、序列や種族を問わず作用する。お前ごときが解けるわけがない。それに私は魔王の娘で次代の魔王になるんだから」


 少し効くのが遅かったので言葉ほどの余裕はメイにはない。それでもこれから母親たちに挑戦するために、一歩を踏み出す決意を述べる。


『つ、強く、なられ、て……』


 やがて痙攣もなくなり、大蛇は完全に動きを止めた。呪いによって生命力の全てを吸い尽くされたその肉体は崩壊し、残ったのは骨。クリオロフォスのものではない。


「ああ、これ襲われた人間か。ほとんど消化されてたんだな。いや、消化されかけのを見せられるよりいいけどさ」


 何人分であろうか。骨を砕かれて飲み込まれたのだろう、一部には断裂している骨まである。

 ウィリアムは落ち着いた様子でそれを見つめている。人間は同族の死体を見ることを好まないはずだが妙に落ち着いている。

 モンスターである自分の方が動揺しているのではないか。メルリーダと骨格はよく似ているし、髑髏は気味が悪い。

 よく考えてみればもウィリアムは冒険者だ。人の死体は凄惨な状態で見たこともあるはずである。

 とはいえ彼にとってもやはり気分のいいものではないらしい。手を合わせている。神に祈るものだったか。この男が神に帰依するとも思えないが


「はあ、お二人ともご無事で何より。任務は、達成証明がついている。死骸がないのが不思議ですがちゃんと倒されたのですね。……ああ、食われた人間の遺体ですか。待ってください、私が分析して骨を分別します」


 麻痺から回復したらしいトマスが近づき、ふらつきながらも分析の魔法を使う。

 メイは一応心配して声をかけたが、これくらいなら大丈夫だと言う。


「我々のもう一つの仕事はモンスターの脅威から人々を守ること。今回犠牲になった人間は我々が救えなかった命です。例え完全に守ることができないとしても、それを忘れてはいけない。せめて遺骨を持ち帰って彼らの家族の下に帰してやりたい」


 そんなトマスの考えを聞き、ウィリアムと共にメイは骨の回収を手伝う。五人分だった。


「できればすぐに帰してやりたいところですが、この霧が完全に晴れないうちは無理ですね。我々も体力は限界のようですし、今日はこの森で一泊しましょう」


 食料はトマスが持って来ていた。さらに毛布と寝転がるための敷物まで用意していた。用意周到さにウィリアムが驚いていたが、冒険者で高難度、民家から離れた場所なら当然だと説教されている。


「メイ、お前、呪いで奪ったクリオロフォスの力はもう体に入れたか? どんなもん?」


「うん、あいつの力って考えると気分悪いけど、魔力がまあまあ増えたかな。でもまだ進化はできないみたい。ユニアは取れると思ったんだけどなあ」


 先ほど鱗を身体に突き刺してクリオロフォスから奪った力を取り込んだ。思いの外得られた力は少なく感じる。


「そうか。しばらくはお前が俺の力を使いこなせるくらいに強くなるのをサポートしなきゃいけないからな。めちゃくちゃ不本意だけど、早く成長してくれ」


 ウィリアムは今回の戦いで制限時間内にクリオロフォスを倒せなかったことを悔しがっていた。魔王を倒すからにはそれくらいできなくてはと。

 それでもその気持ちを抑え、今はメイの強化に付き合うと言っている。自己中心性の権化に一体どんな心境の変化があったのだろう。

 確かに最短ルートはメイ自身が強くなり、ウィリアムと共に戦うようになることではある。しかしここまで協力的なことにメイは寒気を覚えるのだった。


「あいつのこと、トマスには内緒な?」


「うん」


 ウィリアムとは、クリオロフォスが魔王の配下であることはトマスに伏せておくことにした。ウィリアムは、魔王という存在自体が人間には伝説と見なされている以上、言っても信じてもらえないと言う。

 仮に信じてもらえたとしてもトマスがそれをギルドに報告すれば魔王との戦いが自分たちのものではなくなってしまうとも言っていた。

 それはあってはならない。メイにも意地がある。


「まったく、どうしてエリオヴルムを完全に消滅させてしまったんですか? あれくらい強力な個体だったら牙一本でも相当な値段ですよ。ギルドに渡せば査定対象になりましたのに。いえ、いいんですよ。確かに任務には依頼達成の証明がつけられていますし、横領しているわけでも……」


 その夜、意外とがめついところがあるトマスに、クリオロフォスの殺し方についてぐちぐち文句を言われる。高値がつくことも多い死骸を持ち帰らないと査定の印象は悪いなど、メイに言われても困ることだ。

 死骸を残せないのは生命力を奪ってしまう呪いのせいなのだが、呪いについて口外できないのがもどかしい。


「べつに死体を回収していないからってマイナス査定にはならないだろ。仮に横領していたらすぐにバレるし、持ち帰らなかったとしても怪しまれはしないんだ」


 ウィリアムは平然とした様子だ。メイは冒険者の事情とやらには明るくないが、ウィリアムの様子を見て、このままモンスターたちを呪っても問題はないと判断した。

 これからも呪いは使っていく予定なので、毎回トマスからお小言を聞かされるのかと思うとうんざりするが。


――でもおかしいな。あいつの核が残ってなかった。私の呪いが核も完全に吸収するくらい強力なのかな。だとしたらすごいな。あとでウィルに自慢しよ。

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