第9話 魔王配下との邂逅

 最初の査定対象の任務のためにコルバーチ本部より十キロ離れたへラットの森に入る。内容はエリオヴルムの討伐。

 蛇型のモンスターだが翼と細い手足を持つ上、鱗は非常に硬い。体から霧を出す能力を持っており、これを利用して奇襲、状況が不利であれば撤退をする厄介な相手だ。今まで報告されている個体は全てSランクに分類されている。

 へラット近くにある村の猟師や木こりが軒並み行方不明になっており、捜索に向かった育成課程の冒険者たちが命からがら逃げ帰ったことで存在が露見した。

 詳細がわからないため明確にランク付けはされていないが、ジョセフからはSランクのつもりで行くように言われている。


「おい、エリオヴルムなら呪いかけられればかなり強化できるんじゃないか?」


「うん、トマスはなんとか私が誤魔化しておくから倒す前に隙を見て呪おう」


 ウィリアムはメイと共にこそこそと呪いをかける算段を立てる。

 しかし強化状態でダメージを与え、再起不能にした上で強化状態を解き、エリオヴルムに鱗を飛ばして呪いを二人がかりでかける、という手順が必要だ。

 いきなり強敵にこの手順をテンポ良く踏めるだろうか。


「道中に出たモンスターで練習したいけど本番前に力を解放したくないし……。やっぱり一発勝負か」


 道中のモンスターはトマスが手を振るように倒していく。さすがコルバーチの主力だけあって多様な攻撃手段を持っており、昼間だろうと現れるスケルトンへの浄化魔法すら備えている。以前のウィリアムですら浄化魔法は使えず、アンデッドは無理矢理破壊していた。

 ウィリアムはトマスを最初は呪いをかけるのに邪魔だなと思っていたがなるほど、これだけの戦闘能力がある人間はリスクなく目標へと到達できるという点で優良な味方である。


「あ、気配が変わりました。恐らく近くにいるはずです。どこにいるのか……アリエス、ガマック、ミロ。お前たちで周囲を探索、対象を見つけたら知らせなさい」


 トマスは三つの結晶に魔力を送り込んで、それぞれの中にいる精霊を出現させた。


「おお、実体化していないとはいえ、精霊を同時に三体も操るとは……」


 精霊は実体を持っているが、今回は偵察が目的なので、多くの魔力を消費する実体化は行わず、発光体が飛び回るだけだ。


「目標との戦闘はあなたに任せますから。サポート役としてできるだけのことはします」


 サポート役。俺が俺がで突っ走る性格上、ウィリアムには全くできない役割だ。

 意思ある使い魔たちからも度々出番が少ないとして契約を破棄され、召喚魔法が不得意になったのだが、それでもいいと思っていた。

 しかしもう自分が突っ走ることはできなくなった。少しはこのサポートというものを学んだ方が良いのだろうか。

 ウィリアムがそんなことを考えていると精霊の一体が戻ってきた。


「お疲れ、ミロ。……そうか、ありがとう。アリエス、ガマック、居場所はわかった。戻っていい」


「わかったのか?」


「右手側約八百メートル先にいるそうです。ミロの魔力を感知してこちらに近付いているとも。……ああ、確かに来てますね。こちらに到着するまでは一分程度でしょうか。準備してください」


 時間が経つにつれ、ウィリアムもその気配を察知できるようになった。強大な力を感じる。呪いにかかって以降、初めて感じるもので弱体化した体には堪える。


「……あれ? この気配覚えがある……。お母様の配下?」


「何?」


 メイからの不穏な一言が挟まり、ウィリアムは強化状態になるのが遅れた。


「オーウェンさん!? あっ、下がって!」


 見えたのは大蛇の影ではなく白い霧。あっという間に目の前に迫り、飲み込まれようかというところで目の前に障壁が現れた。

 トマスがドーム型に展開しているらしい。


「この霧は? わざわざ障壁で防ぐほどのものなのか?」


「直感ですがあまりいいものではないでしょう。この霧、私の障壁を侵食してきています。ただのエリオヴルムの霧じゃない。私も障壁に全力を出さないと破られますから、戦闘に入れません。くっ、霧のせいで上手く敵の居場所が探れない」


 トマスの張った障壁に接触した霧は、障壁の魔力を破壊しながら消滅する。障壁への侵食のスピードは凄まじい。

 エリオヴルムの霧はあくまで普通の霧とされていた。これだけ速いスピードで広がる、障壁破りの力まで持った霧は報告されていない。他にも何か特殊な力がある可能性が高い。

 とっさに障壁を張ったとマスの判断は的確だったと認めるしかない。


「ウィル、やっぱりお母様の配下だよ。たぶん今も指揮下にあると思う」


「マジか。それ、今倒してしまっていいのか?」


「いいんじゃないの? 私が直接お母様に挑戦してこない限り、お母様から私に襲いかかってくることはないと思うし」


 ウィリアムはまだ姿を現さない大蛇に攻撃をするべく強化状態になる。この状態なら霧の正体もわかる。動物の体を麻痺させる効果と周囲のモンスターを支配する従属化の効果まであるらしい。魔王の配下というのならそれだけの力はあるのだろうか。

 とにかく霧があってはいいことがないので風の魔法で吹き飛ばそうとしたが、どんどん霧が供給されている。これでは森に霧を拡散させているだけだと気づき、霧の効果に対する反転魔法を纏い、効果を弱めることにした。

 障壁を纏うこともできるがその状態では攻撃に転じることができなくなる。


「行くんですね?」


「ああ、今の俺ならある程度は大丈夫。障壁を張り直したから、トマスはこの障壁から出ないで。メイ、行くぞ」


 メイにも反転魔法をかけて霧の中に。

 反転魔法をかけているとはいえ完全に防げるわけではなく、体は徐々に麻痺していく。しかも従属化の効果が鱗にも及んでいるようで本来の八割くらいの力しか引き出せない。

 従属化がメイにも及ぶ可能性を示すもので、その場合霧の主はメイよりも序列が上となる。実力が全く見合っていないが、あれでもメイはモンスターの序列ではまあまあ上位にある存在らしく、下位の存在からの従属といった状態異常は受け付けないはずなのだ。

 メイが特殊なだけで、霧の主は地位と実力が見合っているに違いない。思いの外苦戦しそうである。

 霧のおかげでトマスの目を逃れて呪いを使う好機ができたわけでもあるが。


――あまり時間はない。目標を早く見つけないと……操られているモンスターか。鬱陶しい。


 目の前に立ちふさがるモンスターを眼中にないとばかりに振り払い、霧のより濃い場所に向かう。


「……見つけた!」


『来たか、人間……やはり……』


「あ?」


『いえ。やはりメイ様もいらしたのですね。お久しぶりです』


 途端、周辺の霧が晴れ、目の前に異形の大蛇が現れる。体長は優に十五メートルを超えている。翼、トサカがあり、蛇竜と言ってもいいかもしれない。


「喋るのか。まあメイより上ってんなら不思議じゃねえな」


『メイ様、噂通り本当に人間と行動を共にされるとは。まあ理由も聞いていますが。間抜け……詰めが甘いあなたのことだ、むしろ生き残っている方が……おっと失敬』


「ウィル、問答無用でこいつを倒せ。苦しめながら殺そう」


 ウィリアムはモンスター同士の関係はよくわかっていないが、メイがだいぶバカにされていることは察した。その思いを汲むわけではないが、戦闘に入ろうと構える。

 エリオヴルムはウィリアムとメイの状態をほとんど完全に把握している様子。過去にもメルリーダと人間の間で似たような出来事があったのだろうか。


『我々魔王配下は許可なくメイ様を殺すことはできません。人間、いえウィリアム様。特殊な事例ですがあなたも同様』


「何? どういうことだ」


『あなたのメイ様との関係のせいです。人間など敬いたくもないがこればかりはカルカリア様の指示なので。まあ今は対決の時ではないでしょう。既に我の目的は果たされました。さらば』


「待て! お前にはメイの餌になって貰う。食らえ!」


 再び霧を出して撤退を図るエリオヴルムに対してウィリアムは広域凍結魔法を行使。霧もろとも周囲を凍結させた。


「これであいつを押さえられるとは思えないが、凍った霧の中で動けば音がするはず。どこだ? ……これは!? 近付いているのか!」


 慌ててメイを抱え、横に飛ぶウィリアム。その横を大蛇が横切る。


『愚かな。戦うことを選ぶのならそれは我への挑戦と見なします。メイ様もろとも死になさい! 我はエリオヴルム一の実力者にして魔王カルカリア第百……グア!? おのれ、名前くらい名乗らせなさい!』


「モンスターの分際で口上が長い! 俺は人間だがシンプルに最強の男ウィリアムと名乗る!」


「やかましい! 我が名はクリオロフォス将軍! そもそも名乗りというのはですね、人だろうがモンスターだろうが……」


「二人ともバカじゃないの?」


 クリオロフォスとの名乗り合いの間もウィリアムは魔法による攻撃を繰り返す。

 巨体に見合わない素早さを持ち、森の中をウネウネと動くクリオロフォス。霧を混ぜられると神出鬼没の攻撃も加わる。

 知性を感じさせる戦い方だ。普通のエリオヴルムであれば霧隠れから攻撃する際には隙が生じるのにこの個体は隙が少ない。凍った霧の中で居場所がわかるという考えを逆手に取った奇襲まで加えてきた。

 ギリギリで回避したが敵は再び凍った霧の中に。


 今のところ攻勢に出られているが、油断すれば攻守が逆転する。時間制限がある以上、守勢に回ればそれだけ勝機が薄れていく。攻めて攻めて、一気に決着をつけなければ。

 確実に攻撃するためにも足止めをして体に取り付くべきだと判断し、氷壁を進路上に作り、クリオロフォスに飛び乗る。


<残り一分です>


 同時に腕輪から制限時間の知らせが入る。

 クリオロフォスはウィリアムに取り付かれたと悟り、振り払おうとするがその程度では落ちはしない。このまま一方的に攻撃を続ける。

 だがここでクリオロフォスは森の木々よりも高く飛び、翼を広げる。


『生意気な』


 戦場を移されてしまった。

 エリオヴルムの主戦場は霧隠れが使え、細長い体を活かせる森の中と言われている。しかし空の上では翼を広げた飛行により、全く異なる戦闘を行う。

 人間にとっては相手の主戦場であろうと地上の方が戦いやすい。体にひっついているとはいえ、高速の飛行はウィリアムの攻撃を鈍らせる。

 さらに広げた翼から光線が放たれ、放っているクリオロフォス自身の身体全体に降り注ぐ。自分が傷つくことなどお構いなしに、徹底的に取り付くウィリアムを攻撃している。

 さすがにこれだけの量の攻撃は回避できず、魔力によって身体強度を上げ、致命傷は避けているが徐々にダメージを受ける。


「ちっ、効かねえよ!」


<残り三十秒です>


 身体強度を上げた体を利用し、腕でクリオロフォスの体を貫く。突っ込んだ腕から凍結の魔法を流し、内部から凍らせていく。

 しかし魔王直属の高位モンスターは伊達ではない。相変わらず降り注ぐ光線は強力で、その分身体強度を上げる方を優先しているため、十分に凍結が進んでいかない。


 クリオロフォスを自分より格下だと踏んでいたが、その相手と戦う中で、身体強度上昇、凍結、トマスとメイへの障壁、これらたった三つの魔法を使うのが限界。

 このざまではクリオロフォスとそれほど顕著な差はないのかもしれない。

 ルーシーに言われた魔力への理解の浅さを今さらながら反省する。残り少ない制限時間、クリオロフォスを戦闘不能に追い込めるだろうか。


『アアア! 人間ごときに我が敗れるなど……あってはならない!』


「何!?」


 瞬間、クリオロフォスは鱗の隙間から大量の霧を噴出した。激しい戦闘の上、霧の外にいたこともあり、反転魔法に手が回っていなかった。一気に霧の侵食を受ける。


――まずい、体が言うことを……まだだ、まだ右手は使える。そこから凍結に全力を入れる。……はは、体が麻痺しているせいか痛みがねえな。


 麻痺の影響で身体強度上昇が使えなくなった。無防備な体に光線が刺さる。霧による麻痺は痛覚にも及んでいたようで痛みがないのはこの場合幸いか。しかし、体が確実に痛んでいくのはわかる。

 さらに振り払おうとクリオロフォスが激しく暴れる。それでもクリオロフォスを貫く右腕は対象を離さず、身体強度上昇を捨てた分、凍結に魔法の集中を割ける。

 凍結の進行と共にクリオロフォスの動きが鈍くなり、ついに森の中へと落下した。同時に右腕がクリオロフォスから抜け、ここでウィリアムは意識を手放した。

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