第8話 安らぎの時間
三日目以降、街道にてモンスターが現れることはあったが散発的で、十分警護官で対応できる強さだったため、ウィリアムたちは退屈しながらも首都に無事ゴーティエを送り届けた。
ゴーティエはしばらく滞在するため、ウィリアムたちはここで任務完了だ。
「さて、これで我々の処分は終わりです。帰りはどうします? 一緒に帰ってもいいですが」
「ウィル、これって一緒に帰りたいってことだよね?」
「たぶんな。まあお前に惚れてるんだし、八割方下心だろ」
「違いますよ! 確かにスウィントンさんとは共に過ごしたいですが帰りの道のりが長いのに敢えて単独行動をとる理由もないでしょ! あと私に聞こえるように言わないで!」
怒りか恥ずかしさか、顔を真っ赤にして訴えるトマス。この数日でウィリアムも彼の扱い方を学んだのだった。
もちろん共に行動するメリットはある。首都の中心部は中立地帯であるが、少し離れた周りを縄張りにしているギルドはレクス・ティラノス。単独では最大級の規模を誇る名門ギルドであり、しかもその本拠地が置かれている。
大手ギルドは縄張り意識が強く、大義名分もなく他ギルドの縄張りをうろつけばモグリだと邪推される恐れもある。一人で行動することは避け、手早く撤収するのが吉だ。
護衛任務が罰となっているのも、護衛の道中で他のギルドの勢力圏を通らなければならず、冒険者として活動するリスクに対してリターンが少なすぎて忌避されるからだ。
行きはともかく、帰りは依頼人がいないため、依頼の証書を提示するなどして大義名分を訴えようと突っかかってくる者も出てくる。
ウィリアムはFA騒動、トマスはコルバーチの主力、それぞれの事情からそれなりに顔が割れている。敢えて一人で行動することもないだろうと共に帰ることを決めた。
「帰りはできるだけ大きな街道沿いを進みます。一般人に紛れてと言いたいところですが既にレクスの人間が見ていますね。後ろを振り返ってください」
ウィリアムが言われたとおりに振り返ると木の陰から眼光鋭くウィリアムたちを睨み付ける男が一人。
バレバレなのだがそれを承知の上でプレッシャーを与えているようだ。ウィリアムは言われるまで気がつかなかったが。
「あれはまだ本所属ではない見習いでしょうが間違いなくレクスの人間です。ああやって堂々と監視するということはとっとと出て行けという威嚇ですね。今のところ襲うつもりはないという意思表示でもありますから機嫌を損ねないうちに帰りましょう」
レクスの勢力圏を抜けるまで監視は続いた。なおウィリアムはFA時にレクスからの誘いを蹴っていたため、風当たりは想定以上に強く、一般市民にも浸透していた。
立ち寄った店では椅子に画鋲、気持ち悪いぬるさの水、ソースで悪口が書かれた料理など、地味な嫌がらせを受け、殴りかかろうとしたところをトマスに止められた。
FA関係の怨恨でだいたい半年ほどはこういったしょうもないいたずら、嫌がらせを受けるのは仕方がない、とトマスの言葉もあり何とか心を落ち着かせる。
だが負けたままは好ましくない。テムニーに習った変身術でただの紙から偽の紙幣を作り、店を出たタイミングでその術を解いてやる。
「さすがに食い逃げは犯罪ですよ。まあオーウェンさんの気持ちはわかります。私からお代は払っておきましょう。ケムリ、これを店主に。吐き出してお渡しなさい」
店主の怒鳴り声を聞き、ほくそ笑みながら逃げていると、トマスは注意する。一緒に逃げながらも手を振って結晶から蛇型の使い魔を呼び出し、大量の硬貨を飲み込ませた。
ケムリと呼ばれたその使い魔が店主の下に行き、消化液まみれの硬貨を吐き出し、店主の手を汚していた。
「こういったやり方の方がいいでしょう? ケムリ、お疲れ様。苦しくはなかったか? はい、おやつだ」
使い魔であるから大量の硬貨など全く問題ないのだが、トマスはきちんと気を遣う。召喚魔法の腕はテムニーの方が上に見えるが、信頼関係を築けている分使い魔との連携はトマスの方が上手であろう。
「お前、いい奴だな。うん、最高」
「かっこいいぞ、トマスさん」
庇われたときよりも嫌がらせで味方になったときの方が、ウィリアムのトマスに対する好感度の上げ幅は大きい。
「はは、褒めても何も出ませんよ」
「いや、べつにいらん」
「私はおんぶして欲しい」
「そういう意味じゃないですよ……え? スウィントンさん、いいんですか?」
「疲れたんだもん。ウィルは嫌がるし、トマスさん、お願い」
「……お任せを」
「ふっ」
「あ、ウィル笑ったー。変なの」
すっかりメイに手なずけられているトマスにウィリアムは思わず吹き出した。
あまり笑ったことはない。好ましいとも思っていない。それにメイに茶化された。だからこのことは全力で否定する。楽しいから笑ったわけではないと。
「はっ、確かに笑ったがこれは嘲笑に近いな。トマスが惨めすぎて」
「照れ隠しにトマスさんいじらないの」
「照れてない」
「いや、ウィル照れてる。鏡をどうぞ」
メイはたまたま立ち寄った店で見つけた鏡を気に入り、トマスにねだって買って貰っていた。それをウィリアムに手渡してきた。
「誰なんだよこいつは」
「あなたしかいないでしょ!? というかその顔、本当に照れているんですか?」
鏡に映る男は目が血走って顔の血管が浮き出ている。怒っているようにしか見えない。
照れたつもりもないがこの顔もおかしいと、ウィリアムは本気で自分なのか疑っている。
「お母様も照れるときそんな顔してた」
「照れる時ってこんな顔しませんよ……。私がおかしいのか?」
「照れてないし俺がこんな形相になるものか」
「なってるだろ、認めろ」
「いや、トマスが何かしたに違いない」
「違いますよ! 一々私を巻き込まないでください! ほら、急ぎますよ!」
トマスに軽口を言うウィリアム。少し、ほんの少しだけ悪くないなと感じている。
「おお、トマス。お疲れさん。レパンテスとテパンテスが出たんだって? よくゴーティエ議員を護った。ウィリアムくんもさすがの実力だったと聞いている。我がギルドの信頼に貢献してくれたことで君たちの罪は解消された」
「べつにこのギルドのためにしたわけではありませんよ、ギルド長。私にとってユータ氏を護るのは光栄の極み。罰には入りませんよ」
「ああ、わかっている。まあ見たところウィリアムくんとの険悪な空気もないしよかったよかった。帰っていいよ」
「失礼します」
「……」
トマスに続き、一応頭を下げるだけの礼はしてウィリアムも退室する。
ウィリアムの敬語嫌いを知ったトマスがひたすら黙っているように、そして全てはトマスが発言すると言ったのでそれに従った。
「なんで黙ってなきゃいけないんだ? つまらん」
「あなたが敬語使えないって言うからでしょ!? ギルド長にタメ口なんて恐れ多い! 黙るか敬語使うか、どっちかにしてください!」
「あー、じゃあ今後ジョセフとのやりとりはお前に任せる。俺が黙ってるだけならべつに俺いらないじゃん」
「は? いやいや、当人が呼び出しに応じないって大問題ですから! ちゃんと来てください!」
「さーて、近くのガキどもと遊んでこよっと」
「話を聞いてください!」
トマスの話を聞き流し、ウィリアムは近くの子どもの下に向かう。移籍前もそうだったが、ウィリアムは結構子どもが好きだ。面倒なしがらみが一切ない。自分の子ども時代とまるで異なる純粋な彼らが楽しむ姿が好ましい。
「ちょっと、待ってください!」
「お前にメイを任せる」
「……え? スウィントンさんを……ってもういない。逃げられたか」
「よお」
「え? 誰?」
「ああそうか。これならわかるか?」
「あ、ウィル!」
ウィリアムは謹慎中も隙を見て寮から抜け出し、近所の子どもたちと遊んでいた。変身術を自分にかけるのは危険なので使わず、テムニーからもらった変装グッズを使っていた。長髪のカツラと伊達眼鏡だけなのだがなぜかバレない。
こうして仲良くなったわけだが、今まで素顔を見せていなかったことから、子どもたちに変装時の姿を見せることでようやくウィリアムと認識された。
「そうだ、その顔、見たことがあると思ったら、コルバーチに来た冒険者ウィリアムだ! ウィルがそうだったんだ。サインサイン!」
「いや、俺サインなんてできないぞ? 名前書くだけならいいけど」
ファンサなど辞書にないウィリアムはサインのデザインを持たない。そんなことをしに来たんじゃないと言えば、子どもたちもサインなどどうでも良かったようで遊ぼうと言われた。
ウィリアムはかくれんぼの鬼を任された。
「はい、ゴーマ見つけた」
「あー」
探し始めて三十秒、広場の木の裏にいた少女を見つけた。
「じゃあ牢屋行くぞ」
「だっこ」
「え? しょうがないなー」
――やはり子どもの良さはこの柔らかさ。心も体も柔らかい。至福。
これは断じて小児性愛者の思考ではない。単純に子どもの“好き”に気づいたきっかけが柔らかさで、そこに嵌まってしまっただけだ。抱きかかえて背中をなでているがそこに邪な感情は一切ない。
「ミレッド、見つけた」
「ちぇー、肩車しろー」
「いや、お前は肩車するにはちょっとデカい……。だっこならいいぞ」
「じゃあいいや。女の人じゃなきゃ抱かれ心地悪いし」
「……お前、女はやめておけ。なぜなら……」
子どもの癖に煩悩むき出しの少年に説教をする。この少年は心が硬くなり始めている。それは非常に嘆かわしい。
牢屋に届けた頃には悟りを開いたかのような顔をしていたが、次の子どもを捕まえる頃には元通りだった。
「さて、最後の一人……あそこだな。アルケス、いるんだろ?」
「あーい。よく見つけたね。僕が最後でしょ?」
「……お前、最後だからってかくれんぼを放棄するなよ」
最後に残ったのはアルケス。まだ六歳なのだが不相応に利発でかくれんぼをしていつも最後に残る。正直好きではない。子どもの可愛げが全くないからだ。
「僕は最後に残った者に与えられるお人形が欲しいだけ。ほら、頂戴? だっこしてもいいよ」
「ほらよ。人形は約束だからやる。だけどお前は子どもの癖に心が柔らかくないからあまり抱きたくない」
「えー? 体はちゃんと子どもなんだよ。ほら、柔らかいでしょ?」
「……そういうところが気に食わない。子どもの頃の俺みたいで。まあいい、よいしょ」
「結局だっこするんだね。じゃあ高い高いでもお願いする?」
茶化すような口調は無視し、その場の体の柔らかさだけ味わう。そのまま牢屋に向かうとメイとトマスがいた。
「あれ、なんで二人がいんの? トマスにはメイをお願いしたはずだけど」
「スウィントンさんが居場所に心当たりがあると言うので。ずいぶん幼い子ども相手に楽しまれているのですね」
「ウィル、私みたいな美少女に全然興味ないみたいだしまさかとは思ってたけど……。まさかの小児性愛者……」
「……いや、違うぞ? 俺は誰にも欲情しない! 性欲がないとは言わないが俺は無視できる。いや、無視しなければならない。他人に性欲を向けることなどそれこそ我が屈辱!」
「いや、冗談だって。そんな本気で否定しなくても」
ウィリアムは全力で二人の視線に抗う。冗談だろうと彼にとっては屈辱に違いはない。
「せーよくって何?」
「うん、この世で最も忌むべき大人の――」
「やめなさい! 今後子どもたちと遊ぶのは禁止です。君たち、かわいがってくれるからと変な大人と付き合ってはいけませんよ」
「やだ。ウィルはちょっと変なところはあるけど優しい。俺たちもっとウィルと遊ぶから! 邪魔するトマスの方が変な奴だ!」
トマスは子どもたちの発言に驚き傷ついた様子。
ウィリアムは自分が変人だと自覚しているが、トマスはそんな覚えがないのだろう。
だがウィリアムも身に覚えのない印象を子どもたちから持たれていた。
「優しい? 誰のことを言ってるんだ?」
「どういうわけかあなたのことらしいですよ。あなたが来てから私の常識が間違っているんじゃないかと不安になることばかりです」
「安心しろトマスさん。君は常識人だから」
「そ、そうですか?」
――かわいそうなくらいに。
ウィリアムとて最低限の常識はきちんと有している。その上で思考がやや常識を外れているがそれも自覚している。
子どもたちはアルケスという例外を除いて、それぞれ個人差はあるにせよ基本的にウィリアムに懐いていてトマスには冷たい。
あまりにも常識人なのは嫌われるらしい。そこにウィリアムは同情した。
「ああ、本題を忘れていましたね。次の任務、入りましたよ。私が無理言って一緒に行動できるように言ったので安心してください。二日後ですから、ちゃんと依頼書を確認しておいてくださいね。それと報告にはちゃんと立ち会うこと」
査定に入る依頼を受けるのは移籍後初となる。とくに意識するものはないが子どもたちはウィリアムのコルバーチ初陣ということで盛り上がっている。
正確には実力把握のために一度迷宮に入り、その際に得たアイテムを納めているので純粋な初陣ではない。
「ウィル、僕も応援しているよ。無事に帰ってきたらまただっこさせてあげる」
「遠慮しとく」
ウィリアムはそう言いつつもアルケスの顔に触れる。可愛げのないその態度、忘れたい記憶である幼き日の自分を見ているようで不快であり、本気で心配もしている。
彼の家庭環境は他の子どもたちも知らない。どこに住んでいるのかすら。いつの間にかいなくなっているのだ。
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