第7話 一応進展する関係

「おい! なんで訂正しなかったんだ! あれじゃあ……」


「仕方ないでしょ。まあ力の源が私っていうのは、私にとってなかなか気持ちのいい解釈だけどね。それ抜きにしてもあの場で面倒なく乗り切るには話を合わせておく方がいいでしょ?」


 トマスには寮の中にメイを入れることも見逃してもらったが、メイとの関係について何から何まで間違えている解釈をウィリアムは絶対に訂正させたい。

 部屋の中でウィリアムとメイは早速喧嘩を始めた。

 しかし口論をしている場合ではないとウィリアムは我に返る。

 トマスはある程度手なずけたとはいえ、自分の役割を放棄しようとはしない。これからも監視は続けるであろうから、メイがメルリーダだとバレないように気をつけなければならない。

 さらにメイが進化できなければウィリアムの力を十分に使うことができないと判明した以上、これからメイが成長するまで戦闘はウィリアムが主に担当することになる。


「どこまでも役立たずな奴……」


「はあ!? 私だって力使いたいし、進化できる方法があるんだから協力しろ!」


「あ?」


「呪いで取り込んだ力を私に流せ! そうすれば私は強くなるし、進化できる! ウィルは元の力を私に渡さないんだからこうするしかない!」


「いや、だったらお前が俺に力返せよ。そうすれば俺もお前の鱗返すし、自分で好きに呪いかけて強くなれるだろ」


「やだ。ウィルの力は必要だし、自分で呪いかけて強くなるの、面倒。ウィルがモンスターと戦って、私と一緒に呪いをかけ、その力を私がもらって、私は楽して強くなるんだ」


「こいつ……」


 相変わらずというか、清々しいほどの自己中心的思考に怒りを通り越して呆れる。

 魔王を倒すために共闘して力を集めようという話から、共闘するためにメイの力を集めようという話に後退している。しかも働くのは蓄えなければならないメイではなくウィリアムである。

 力を取り戻す道のりは遠く険しい。


「ああ、わかった。お前に呪いで得た力は流してやる。だけどなんかむかつくからちょっと殴らせろ。お前の同意があれば問題ない」


「いや、人に殴らせろと言われてはいそうですかとはならないから。断固拒否する! 第一女の子を殴るなんてどういうつもり!?」


「お前を女だと思ったことなんかないから。あと俺女は嫌いだから仮にお前を女だと思ったとしても配慮なんかしない」


 殴るのがダメならと再び口論が始まったが、突然部屋の扉が開いた。


「静かにしてください! スウィントンさんの存在は秘密なんですよ! ここは男子寮なんですから、あまり声を張らないで! そしてオーウェンさん、力を貸してくれるか弱い女性になぜそのような口の利き方ができるのですか!」


 入ってきたのはトマス。ウィリアムは最後の部分を突っ込まざるを得ない。


――か弱い? 力を貸す? こいつが? あり得ないあり得ない。やっぱり訂正するべき。


 怒りの矛先をトマスに向ける。


「このー! 何も知らないくせに! 俺は悪くない!」


「うわ!? 子どもですかあなたは!」


 馬乗りになってトマスを殴りつけるが悲しいかな、今のウィリアムではトマスにかなわない。あっさりと体勢を逆転されてしまった。


「スウィントンさん! なぜこのような方に力を貸すのです!? 私に貸してくださればもっと有効に使いますよ!」


「んー、さすがにウィルかわいそうだな……。あー、トマスさん、いいよ、どいて。これは私とウィルの問題だから。私とウィルは運命共同体なんだ。だから私は力を貸せる。あなたじゃ無理」


「運……命……? それは、どういう……?」


――あ、押さえつけてる力弱くなった。それにしても運命共同体……。何という寒気のする表現。


「うわ、自分で言っていて何だけどすごいぞわっとする……」


 言った本人を含むこの場にいる全員が運命共同体という言葉に困惑している。契約で縛られている以上、あながち間違いではないのだが、決して望んでなった関係ではない。

 放心状態のトマスを押しのけてウィリアムは起き上がる。


「はあ、何でこいつは入ってきたんだ? 勝手に怒ったり放心したり、意味わかんね」


「いや、私も一ミリくらいは悪いって思ってるよ? だから後で私からトマスには言っておくよ。彼とは仲良くやっていこう?」


 自分に都合のいい人間を見つけたことで、メイはトマスを引き入れるつもりでいる。

 ウィリアムにとっては鬱陶しいことこの上ない相手なので彼女の考えには大反対である。これ以上面倒な存在が増えるのは困る。

 今日だけでもう何度目か、ウィリアムとメイの口論が始まった。途中から我に返ったトマスまで混ざり、三つ巴の大喧嘩に。

 さらにあまりの騒々しさに腹を立てた寮内の人間の怒鳴り込みも加わったことで血の気の多い冒険者が揃う寮全体の争いに発展して収拾が付かなくなった。


 後日、この時間に男子寮にいたメンバーは全員喧嘩に参加していたとして一週間の謹慎処分を受けた。記者会見は当然中止。何があったのかは伏せられたがコルバーチ内のウィリアムの評価は悪くなった。

 さらに最初の喧嘩をしていた三人であるウィリアムとトマスは追加で来期査定対象外での要人警護の任務まで負うことに。

 メイも当然喧嘩に参加していたのだが、大混乱のせいで女性が混じっていた件は追及されず、最初の喧嘩にいた三人最後の一人は誰だったのかはうやむやのままで済んだのは不幸中の幸い。




「オーウェンさん、本日はよろしく。先日のスウィントンさんへの態度、許したわけではありませんが任務ですから協力しましょう。もっとも、あなたはスウィントンさんの力に頼るのでしょうが」


 一週間の謹慎明け。警護のためにトマスと合流すると、早速嫌みを言われる。


「ウィル、耐えろ。いや、本当にこれは済まないと思っている。私がつい力を貸しているなんて言ったばかりに。なんとか君とトマスの関係は取り持つからさ」


「そんなことしなくていいから。悪いと思っているんだったら殴らせろ」


「む、彼女を殴る!?」


「小声で話していたのにそういう言葉は聞き取るのかよ……」


 罰として申しつけられた要人警護。具体的には連邦下院議員ユータ・ゴーティエの首都プリンスパークへの護衛。順調にいけば五日ほどで着く。

 やはりというか、トマスとの空気は最悪である。なぜ問題を起こした二人を同じ任務に就かせるのであろうか。そしてメイもなぜかくっついてきた。モンスター退治をするとしても要人やトマスの前で呪いの発動はできないのだが。

 トマスは彼女が姿を見せたときに目を輝かせたが、ウィリアムはふと、どうやって連れて行くのか疑問が出た。


「ユータ氏は私の顔見知りですから、私の弟子とでも言えば承認してくださるでしょう。誤解なきよう、私が連れて行きたいのではありません。オーウェンさんが力を発揮するためには彼女がいる必要がありますから仕方なくです」


 もちろんトマスはメイと一緒にいたい。顔に出ている。なにかと理由をつけているが。


「いや、俺べつにメイはいらないし。いい加減うぜえなこいつ」


 ウィリアムはもう何度目かという事実に反する主張を聞き、もう全てバラしたい気持ちになった。


「待て、早まるな。ちゃんと私が上手く説得するから」


「いつまでに?」


「きょ、今日の任務の間に必ず!」


「ほー、わかった。あいつが百回頭下げながら俺に謝って、今後も逆らわないっていうんなら後はお前の好きなようにしなよ。あ、頭下げるときはお前も一緒にな?」


「む、彼女に頭を下げるのを強要!?」


「うざ……」


 再び口論になってしまうと今度はどんな罰を受けるかわからないので我慢したが空気は険悪なまま。

 後から現れたゴーティエはこの空気にギョッとしていたが、事情はギルドから聞いたのだろう、すぐに気を取り直して配置の指示をした。

 トマスには馬を一頭つけて馬車の前に。追加でメイがつくことを承認。ウィリアムとメイは馬に乗れないので後方の荷馬車に置かれそうになったが、ゴーティエの要望で同じ馬車に乗ることになった。

 基本的に護衛の役目は警護官だが、今回は急ぎとあって警護官の人数が減らされており、その分練度が高い冒険者の力を借りているとのこと。だいぶ期待されている。




「そう、トマスは僕の命の恩人でね、道中でモンスターに襲われていたとき、突然目の前に現れて倒してくれたんだ。身寄りがないというから僕がコルバーチに推薦して、以来仲良くさせてもらってるよ。見たところメイくんに惚れているみたいで。ちょっと変な感じだけど悪い奴じゃない。よろしく」


「そりゃ、俺だって本気で嫌ってるわけじゃないけど、そもそも人を嫌うっていうより鬱陶しいって思う人間だから……」


「そうか、なら僕と似ているね。人付き合いが苦手な人間の特徴だ。僕は政治が好きだから苦手なりに頑張っているけどね、君も冒険者として上がりたいなら実力だけじゃなくて人付き合いも頑張りなよ」


 出発して二日目、今のところ大きな障害もなく順調に進んでおり、馬車の中で雑談をする程度には関係を築いたウィリアムとゴーティエ。雑談にはメイも参加していたがしばらくして寝た。

 ウィリアムが敬語を使えない理由を聞き、無理強いはしないゴーティエ。その配慮や口調はどこかウィリアムを落ち着かせるものだ。年齢は四十程度と考えられるのに育ての親であるリカルドと似た空気を感じる。

 ついついトマスについて不平をこぼすと諭すような口調で話をし始め、そのこともウィリアムの調子を狂わせる。

 何とも言えない感情に混乱していると、外で騒ぎがあった。


「何事だ!」


「レパンテスが出現! 現在トマス氏が交戦中です!」


 馬車の前方で暴れているモンスター、ライオンに似た形態だが体長は五メートルを超え、体を覆っているのは毛皮ではなく外骨格で、あちこちに硬い突起物がある。さらに周辺に炎を纏っており、モンスターであることを示す。

 今まで確認された全ての個体がSランクに相当するとされている難敵だ。


「一人で大丈夫なのか? いくら彼がコルバーチトップの冒険者とはいえ……他の警護官は?」


 謹慎期間中、暇で色々調べ物をしていたのでウィリアムもトマスの実力は把握している。ゴーティエの言うとおり、トマスの実力はコルバーチトップクラス。連邦内でも五本の指に入ると言われる。

 だから大丈夫だろうと思っていたのだがゴーティエは妙に慌てている。


「我々では足手まといだと。間もなく制圧できるかと……何だ!?」


 地面が揺れ、下から現れる別の巨大な影。


「テパンテス……。ウィルくん! さすがにトマスでも二体は無理だ! 頼めるね?」


「……わかった」


 小さく詠唱し、ウィリアムは強化状態に。

 向かうのは新しい影、テパンテス。トラに似た形態だがレパンテスと同じようなモンスターとしての特徴を持つ。

 貴重な全力を出せる機会なので相変わらず派手に攻撃を撃ち込み、三十秒もしないうちに撃破した。時を同じくしてトマスはレパンテスを倒した。

 制限時間を残して強化状態を解き、ゴーティエの下に戻る。


「お疲れ様。なるほど、すごい力だ。戦闘中の迫力はここからでもビビッと来た。平時の雰囲気とまるで違うけど、隠しているのかい? 言い方は悪いけど今の雰囲気は新米冒険者と変わらないよ」


「それは……」


「ええ、彼は自分の力を隠すのが上手いです。私の分析能力でも本当の力は見破れませんでした」


「そうか、トマスの分析でも……。頼もしいな、今後も頼むよ」


 自分の弱体化した実力を見破られたようで返答に詰まるウィリアムに助け船を出したのはまさかのトマス。彼はウィリアム本来の力をメイの力だと誤解してはいるが、ウィリアムが短時間しかこの力を解放できないことを知っている。

 メイのことを伏せながらでもこの事実は報告できたはずだが彼はそれをしなかった。




「なんのつもりだ?」


 二日目の移動が終わり、休憩するトマスにウィリアムは先程の行動の意味を問う。


「私の恩人を護る仕事において、仲間であるあなたの不信を買う真似はしません。ユータ氏は仮にあなたの秘密を知ったとしても無闇に利用するような方ではありませんが、あなたが隠しておきたいのならそれを尊重します」


 これがゴーティエがトマスを信頼する理由かとウィリアムは多少の納得を得た。べつにそれで仲良くしようなどとは思っていないが。


「それにしても、実際にあなたが力を解放するのを見るとなかなか衝撃でしたよ。映像で見ていたものよりも動きにキレがあるようにも見えました。それを評価して私はスウィントンさんだけでなく、あなたとも良好な関係を持ちたいと思っています」


 パラベラの三人に戦闘の基本を教わったウィリアムは我流の弱点を克服し、本来の力を戻した戦闘能力は確実に上がっている。

 我流を否定されるのは不愉快だったが、結果がついてくるのなら文句はない。意外と早く身体に馴染んだので不満はすぐに消えた。

 メイは確かに初めてとは思えないほどに力を使いこなしているが、本来の使い手であるウィリアムにかなうはずもなく、パラベラの修行の効果はあまり出ていない。


「あっそ。まあお前は俺とメイの関係色々誤解してるし、そこら辺ちゃんとメイから説明聞いたら俺に謝りたくなるはずだから、そのときにお前との関係を考えるよ。……おら、メイ起きろ!」


「うう?」


「いつまで寝てんだ。名目上はお前、トマスの弟子なんだぞ! たぶんゴーティエには嘘ってばれてるけど。とっととトマスに真実を伝えやがれ。もう今日が終わるぞ!」


 メイは暇さえあれば眠る。レパンテスたちとの戦闘後に一度目を覚ましたがすぐにまた目を閉じていた。トマスに真実を伝えるというウィリアムとの約束も忘れかけていると見える。


「え? あ、そうだね。トマスさん、私の話、聞いてくれる?」


「は、はい。スウィントンさんの話なら喜んで。その、彼との今後の関係のためにも」




「オーウェンさん! 申し訳ありませんでした! スウィントンさんを盲信するあまりにあなたのことを軽んじていました! コルバーチ筆頭冒険者として恥ずべきことです。良好な関係など図々しい申し出でした」


 真実をメイから聞かされ、今までの非礼を詫びるトマス。必死に頭を振っている様にはさすがのウィリアムも追及できなかった。


「……あー、まあメイの説明不足、というか嘘も悪いし。あいつに任せた俺がバカだったんだ」


「いえ! 彼女は悪くありません! 悪いのは全てこの私!」


「それで、メイはどこ?」


「どうか私の謝罪だけで。あの方はそれでも私の憧れと好意の対象なのです!」


――誤解解けてもこいつ面倒くさいな。ゴーティエやメイへの態度を見るに一途ではあるんだろうけど。


 ひたすら謝罪を繰り返すトマスにうんざりして、周囲を見渡すと木の陰にメイがいた。引っ張り出すと自分から頭を下げて謝った。意外と素直だと思ったが、その後にトマスとちゃんと良好な関係を築いて欲しいと求めてきた。


「スウィントンさん……」


 メイのこの行動にトマスは感激している様子だ。確かに、何も知らなければメイは、頭を下げてまで自身とウィリアムとの関係を取り持とうとする聖女のように映るだろう。

 だがメイがそんな清い精神のはずがない。ウィリアムへの申し訳なさはあるにしても、トマスの利用価値を見出してのことに決まっている。

 メイとトマスの考えていることの温度差を察し、これが新たな問題ごとを呼びそうだと頭が痛くなる。ウィリアムの体を悪感情が走ったそのとき――。


「やあ、三人とも夜中にどうしたのかな? 寝ている人もいるからあまり大声を出さないようにね」


 突然ゴーティエが現れた。


「ユータさん、すみません。私が悪いんです」


「明日も早い。ウィルくんたちも、僕の親友と仲を深めてくれるのはありがたいけど早めに寝なよ。冒険者は寝ずの番なんてしなくていいんだ」


「あ、ああ」


 ゴーティエは言うだけ言って去っていく。何がしたかったのか。

 相変わらずどこか落ち着く声にウィリアムは毒気を抜かれ、なおもトマスとの協力を訴えかけるメイの要求を呑んでしまった。


「では今後もよろしくお願いします。オーウェンさん」


「はいはい。もう面倒くさい。俺は寝る」


「そうだ、なぜスウィントンさんはあなたの力が使えたのですか? あなたの強化状態はあなたの呪いを一時的に外しているものだと聞きましたが、それではあの方の強化状態の説明ができません。スウィントンさんの強化状態はあなたと同質的なものとお見受けしましたが」


「あいつ……説明を中途半端に終わらせやがって」


 不本意なことだが、メイが近くにいることで呪いを一時的に解除できるのだとして、その繋がりでメイもウィリアムの力を使えるのだという苦しい嘘をついた。

 繋がりって一体どんな繋がりだと、言ってしまってから己に突っ込む。

 メイが寝ている今、口裏合わせができておらず、矛盾点を指摘されるか身構えたが幸いそんなことはなく、強化状態の詳細を分析はされなかった。

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