第6話 移籍先の嫌な奴

「ウィリアム、ウチは君に会えて良かったぞ。礼を言う」


「あ、ああ?」


「強くなるためには誰かを守るという意識が必要なんだ。でもウチはどうしてもそれが持てなかった。自分より弱い人間なんか守りたいと思うほど興味もない。だから君はウチにとって本当に都合が良い。普段は弱いのに短時間だけウチを圧倒する強さを持つ君はウチが守りたいと思えた唯一の人間だ。これでウチはもっと強くなれる」


「褒められてんだかけなされてんだか。そりゃどうも」


「だから君も誰かを守る意識を持つといい。ウチは守らなくていいぞ」


「なるほど、守るね……。思い当たるのはメイしかいねえな。不本意ながらあいつ守らないといけないし。嫌々でも守るって意識があればいいのか?」


「いいんじゃないか? 嫌々守るってウィリアムは面白いなあ。ウチにはできないぞ?」


 修行の日程が終わり、ようやくウィリアムがコルバーチへと向かう日。

 テムニーは小型の、といっても五メートルはあるドラゴンを召喚し、それに乗って向かうように言う。さらに今後も連絡が取れるようにと連絡鏡を手渡した。

 礼を言い、出発する。他のパラベラメンバーに見つかるといけないので、修行の森から離れた崖から飛び立つ。


「なんか大事なもの忘れているような……。あ、メイ持って行くの忘れた。おい、戻れ!」


 しかしドラゴンは言うことを聞かない。テムニーから命令されたのはウィリアムを送迎することのみ。本当に主の言うこと以外聞かないらしい。

 慌ててテムニーに連絡を取り、メイを連れて行くために引き返す。

 テムニーはメイとウィリアムが組むと良くないことが起こると考えていたらしく、少し嫌な顔をしていたが、必死に訴えて承認させた。

 メイはやはりというか眠っていたので忘れていたことも置いていったことも責められることはなかった。

 しかし嫌々ながらも守ると決意した側からこれではまずいと、ウィリアムは気を引き締めた。忘れていてメイに害が及んだ場合、その過失を問われる可能性がある。




「ここがラメタシュトラか。さすがに立派だな。早速コルバーチの本部に行くべきか……」


 コルバーチが本拠地にしている連邦南東部、ラメタシュトラ市。市全体が都会であり、中心部は辺境の都会に過ぎなかったミナクス本拠地のネオコミアナ市とは比較にならない。マストリッヒ州最大都市なだけのことはある。

 ドラゴンに少し離れた山の中で降ろされ、下山してラメタシュトラの中心部まで歩いた。

 ウィリアムには不安がある。鍛えてもらったとはいえ、明らかにコルバーチにFAで移籍する冒険者としては弱すぎるからだ。化けの皮が剥がれたときに何を言われるだろうか。

 メイは下山の途中で目を覚まし、初めて見る人間の街に驚いている様子だ。問題がもう一つある。ウィリアムの住居はコルバーチの寮だからだ。メイは入ることができない。しかし野宿をさせるわけにもいかない。


「ん? そこの人、よろしいですか?」


 道の真ん中でウィリアムが考え事をしていると、声をかける者があった。


「あ?」


「あなたは、ミナクス・エンバーズからコルバーチ・ティターンズに移籍したウィリアム・オーウェンさんではありませんか?」


「ああ、そうだけど……サインは対応してないぞ」


「いえ、べつにいりません。同じギルドに所属する者の顔くらい覚えていて欲しいですね。コルバーチ・ティターンズ所属の冒険者、トマス・アッテンボローです。早速本部へご案内致します」


「え? いや、ちょっと、待って……」


 トマスと名乗る男は道に迷っていると考えたのか、ウィリアムを連れて行こうとする。隣のメイには気づいていないらしい。

 ウィリアムは本部にメイを連れて行くのはまずいと考え、死にたくなかったら街の中でトラブルを起こさず歩き回るよう言いつけてトマスに付いていく。




「おお、いらっしゃいウィリアムくん! 待っていたよ! 初めまして、コルバーチ・ティターンズギルド長のジョセフ・オズボーンだ」


 笑顔でギルド長ジョセフはウィリアムを迎え入れる。初めまして、と言うようにウィリアムがFAによる入団交渉の際に接触したのは彼ではない。

 見た感じでは悪い印象はない。ただ巨大ギルドグループの一角を預かっているのだ。その笑顔に身を任せてはいけない


「彼を連れてきてくれてありがとうトマス。そうだ、ウィリアムくんの世話係は君に任せよう。頼めるね?」


「……」


 面倒くさそうな顔を隠そうともしないトマス。ニコニコと表情を変えないジョセフ。根負けしたのはトマスの方だった。

 七日後には入団会見があると伝え、去っていくジョセフ。

 ため息をつきながらトマスは寮の部屋に案内する。


「入団会見はしていないがあなたは既にコルバーチの一員です。本部で仕事を受けることができますよ。あなたの実力ならいきなり難易度Sランクのものでも大丈夫でしょう。暇でしょうからどうぞ遠慮なく」


「ああ、あんがと。じゃあな」


 大きなギルドは縄張りも広く、探索の進んでいない場所も多く確保している。故に舞い込んでくる依頼も多く、難易度によってランク付けされている。最高がSで、コルバーチのトップクラスが挑める難易度だ。

 トマスが出て行った後、ウィリアムは寮の内部を探索、メイを入れられそうな隙間を見つけ、外を不安そうに彷徨いていたメイを連れて帰った。


「さて、俺に期待されているのは当然Sランクの依頼だ。これをこなせなければ来年以降の契約ができなくなる。どうしたものか」


「えー、あのパラベラの連中にこっそり助けてもらえばいいじゃん」


「それはまずい。あの悪魔二人に知られたら格好の強請りネタだ。テムニーが抑えつけてはいるけどあまり弱みは晒したくない。それに、そのうち俺がSランクに挑む中継が組まれるかもしれない。そうなったら誤魔化しは利かない」


 ギルドの縄張り内にある迷宮や森は、ギルドの依頼がなくとも自由に探索できる。ということで試しにコルバーチの縄張り内にあるツインアントラー迷宮へと向かうことにした。

 ツイン・アントラー迷宮、構造から人工的に作られたものとされているが、いつの時代に作られたのか、誰が何のためにどうやって作ったのかも不明な謎多き迷宮。

 謎が多いのだが人工的に作られているだけあって構造はどこか芸術的で階層に分けられており、浅い部分なら比較的探索はしやすい。


「この階層なら出てくるモンスターはせいぜいCランク相当。腕試しには丁度いい」


 Cランクは下から二番目。コルバーチの本契約冒険者のうち、主に新人が挑む難易度だ。


「ちょっと、私をちゃんと守ってよ?」


「は? お前だってルーシーとランスから指導を受けただろ?」


「そんなんで強くなるんだったらメルリーダは人を襲わなくていいんだよ。それにレックス種とはいえ君以外呪ったことがない私は発現できる魔力がゼロに等しいから、魔力への理解を深めてもしょうがないの。ある程度の体術だけ教えてもらったけど、普通に周りの人間の方が強かったよ」


「使えね……」


 メルリーダの特性である呪いによる力の吸収がメイ単独では使えない以上、ウィリアムとの協力なしでメイが強くなることは難しい。元々の基礎能力が低いので数日程度の修行ではほとんど強くならない。

 メイが強くなるためには呪いによってモンスターの力を奪うのが最短ルートと考えられる。よって今回の探索にはメイも連れて行くことにした。

 なおメイはすぐにおんぶをねだり、背中で寝始め、ウィリアムは「こんなのは呪いの発動以前の問題だ。次も寝るようだったら絶対置いていこう」と意志を固めたのだった。


「ちっ、ちょっと動くだけで痛えな。我慢はできるけど鬱陶しい」


 日前からウィリアムは筋肉痛持ちだ。生まれて初めて経験する痛みに戸惑ったものだが、今はある程度慣れている。ただメイを背負いながら歩くというのはなかなかの苦行である。この状態で戦闘というのも難しい。

 筋肉痛は筋肉がもっと頑丈に成長するために必要なステップだと教えられたが鬱陶しいものは鬱陶しい。




「はあ、はあ。やっぱり、今の俺じゃCランクが限界か。よし、戻ろう」


 アリ、ウサギなどと似た姿をとるモンスターたちと戦い、だいぶ消耗している。戻る頃合いである。メイがずっと寝ていたせいで、目的の一つであったはずの呪いの発動もできていない。

 しかし本当に体力がない。持久力の問題ではなく、呪いで生命力を奪われたことで体も虚弱体質になっているのだ。これからは健康に気を遣って少しでも生命力を回復しなくては。


「あ? まだいたのか。最後だ。あんまり好きじゃないけど剣を抜くか」


 現れたのはヘビ型のモンスター、ティグリー・コブリヌス。通常はBランク相当のモンスターとされる。ヘビは格闘戦には最も向かない相手で、現在魔力は切れかかっている。メイを後ろに置き、仕方なく剣を抜く。相手は二メートルはある。体格的に有利ではない。

 修行中、ウィリアムの剣の腕は最低クラスだった。それ以前も身体能力と魔法に身を任せていたため、剣などほとんど握ってこなかった。

 だからこそ余計な癖がなく、基本の動きは素直に習得できたのだが、あまり剣による戦闘を好まないこともあり、どこか消極的な動きになる。

 奥の牙に毒を持つモンスターで、深く噛まれるわけにはいかない。剣で攻撃を受けるが、モンスターだけあって、普通のヘビよりも力が強い。


――これだから剣は嫌なんだよ……。全然言うことを聞かねえ。怪我する前に俺の力を戻すか……。


 ウィリアムが強化状態になろうとしたそのとき、後ろから火球が飛んできて、一瞬でティグリーを焼き尽くした。


「これは……ファイアボール? メイか? いや、あいつはこんなに強力な魔法は使えないはず」


「この程度の相手にずいぶんと苦戦しているようで。期待のFA冒険者ではないのですか?」


 影から姿を現したのはトマス。


「なぜお前がここに」


「世話係ですから」


 そんな世話係がいるものか。明らかに監視である。

 今姿を現したのは監視対象の力の天井を見たと判断したからだろうか。


「なぜここまで弱いのです? コルバーチが獲得調査を誤るはずがありません。どんな理由があるのか答えなさい」


 ずっと見られていたとすれば誤魔化しはきかない。どこまで話せばいいのか。メイについては絶対に隠さなくては。メルリーダと組んでいることがバレれば良くて永久追放、悪くて刑事訴追だ。


「ああ、なんというか、呪いで弱くなっちまった」


「呪い? 分析します」


 トマスは他者の能力、状態をある程度分析できるらしい。ウィリアムもできたが、つまらないので使ってこなかった。


「……これは、メルリーダ? しかし弱い呪い。あなたほどの人間がこの程度の弱さのメルリーダに敗れたのですか? いや、呪いの進行は止まっている。なら勝ったのですか? だが鱗を破壊すれば呪いは効力を失うはず。どういうことだ」


 トマスはウィリアムにかかるメルリーダの呪いを見つけた。ここまではウィリアムにとっても想定の範囲内。

 トマスは呪いの弱さから弱いメルリーダによるものだと判断したらしい。レックス種以上のメルリーダは鱗を見ることでも弱い呪いが発動することはウィリアムもメイに聞かされるまでは知らなかったことだからこれも予想通り。

 しかし呪いの進行が止まった状態の人間が発見された事例はない。一度呪われた人間の結末は呪いが進行し続けて死ぬか、鱗を破壊して呪いから解放されるかのどちらかだからだ。

 呪いが止まっているというこの非常識をトマスがどう捉えるか。メルリーダの意思によって呪いが止められていると思われたらまずい。


「うん? これは……あなた、自分で呪いの進行を止めているのですか?」


「え?」


「あなたの中から見える能力、部分的にですが呪いを操っているように見えます。そんなことが……。しかもあなたの体からその呪いの本体が見えるような……」


 メイと呪い及び鱗の管理権を分割した際にウィリアムは呪いの進行を止めた。ウィリアムを分析したトマスは、ウィリアムの力で呪いを止めていると突き止めた。

 メルリーダの意思で止めているとは思われなかったようだが、普通は人間にそんな能力は発現しないのだから、やはり怪しいことは変わりない。

 鱗の腕輪まで突き止められたらおしまいだと、慌てて隠すが、ここまで分析されてしまえばいずれ特定されてしまうだろう。

 どういうことか説明しろと訴える目、主導権を完全に握られており、妥協はしない雰囲気。


「何してんの? 誰そいつ」


 緊張が場を支配する中、空気を読まずに割り込んでくる声。起きたらしいメイが面倒くさそうに話しかけてくる。


「そう、あなたの存在もおかしい。あなたはコルバーチ所属ではない。なぜここにいるのか説明して……可愛い……」


 トマスはメイを追及しようと彼女の顔を見た途端、顔を赤らめてメイを見続けている。


――そうか、こいつ、メイに見惚れているのか。


 トマスの顔はかつてウィリアムに好意を向けていた女たちのものと似ている。おそらく感情も同様のものであろう。

 ならばこれを利用しない手はないとウィリアムは考える。

 恋愛感情は最も人が惑いやすい感情だと聞かされている。トマスの様子を見てやはり持つべき感情ではないと改めて思う。


「おい、あいつ、たぶんお前に惚れてるぞ。こういうときは」


「ああ、男を釣るなど知性あるメルリーダなら皆知っている。任せて。もし、お兄さん……」


 人間を騙して呪うメルリーダの籠絡術はメイにもちゃんと備わっているようだ。既に見惚れていた男など敵ではない。あっさり口車に乗せてしまった。

 トマスがメイを分析すればメルリーダであることは見破られるだろうが、籠絡の過程でそこにはたどり着かないように彼女が誘導している。隠した腕輪も分析を逃れ、ギリギリで助かった。




「――というわけで、私とウィルは協力関係にあるんだ」


「そうですか、あなたは呪われたオーウェンさんに力を与えるお方……。力を与えられた彼は元のような強さを発揮できると。その制限時間が二分三十秒という僅かな時間なのですね? わかりました! 秘密はお守り致します!」


――こいつ……!


 黙って見ていろとメイが目で言っていたので静観していたらとんでもない法螺を吹かれた。諸悪の根源が何を言う、と睨み付ければ、上手くいったのだからいいだろう、という顔をされた。

 こんなにガバガバな説明でも乗りきれるあたり、メルリーダが本能的に持つ籠絡術は完成度が高いらしい。


「それであなたは戦えないのですか? わざわざオーウェンさんに力を貸すなど」


「で、できるよ! 見ててよ。ほら、ウィル、腕輪! 来い、私の力。……え、詠唱? ユカタン!」


 メイは戦えないのかというトマスの純粋な疑問を挑発と受け取り、強引にウィリアムから腕輪を奪った。

 力を入れようとしたら、例によって腕輪から詠唱を求められたようだ。


――お前じゃなくて俺の力だろ。あとなんだそのダサい詠唱。俺のチクシュルーブの方がセンスあるな。


「ほら、この辺りのモンスター狩り尽くしてやるから!」


 そのままメイは迷宮内を猛スピードで動き、早速モンスターを一体仕留めた。

 初めての力のはずなのだが、まるで以前から使っていたかのような動きであった。あまりの速さにトマスは驚いている。

 ウィリアムにしてみれば自分の力だったものを他人に使われ、さも当人の力であるかのように見せびらかされているのだから不愉快極まりない。


「ふふん、二人ともいい顔。さて次……あ、れ?」


「おい! どうした!?」


 メイがぐらついて倒れ、痙攣しだした。突然の出来事に、苛立ちを見せていたウィリアムも思わず駆け寄った。

 目が充血し、鼻から血が出ている。手足は血管が浮き出て筋肉質になっており、ウィリアムの力ではびくともしない。


「……も……どれ……」


 メイが震えながらも口を動かすと、だんだんと痙攣はなくなり、体も元通りの状態になった。


「スウィントンさん! 大丈夫ですか!?」


 動けずにいたトマスがようやく駆け寄ると、メイは肩を揺らしながら差し出された手を取って起き上がる。


「私の体じゃ、二分三十秒も使えない……」


 メイによれば、順当にウィリアムの力を取り込めていればカイザーまで進化していた。

 今回レックス・ユニアのままウィリアムの力を使ったことで体が耐えられなかったと推測している。

 メルリーダの進化は取り込んだ強大な力を使いこなすためにも必要なことだったということか。今のメイでは使えても三十秒が限界。

 ウィリアムはなんとなく状況を掴むことができたのだが。


「……申し訳ございません! 私が戦えないのかと聞いてしまったばかりに……。戦いに不向きな体だからオーウェンさんに力を与えていたのに、気がつかなくて。私の愚問で無理をしてしまったのですね!?」


「はい?」


――こいつ、何言ってんだ?


 何も知らないトマスは理解できない。勝手に自分を責めている。しかもこれは、ウィリアムが完全にメイの使い魔であるかのような解釈だ。

 ある程度都合良く解釈される分には構わないのだが、これはウィリアムにとってなかなか屈辱的な解釈である。


「あのさあ……」


「というわけで、私たちの関係はわかったね? 黙っていてくれないかな?」


 メイは訂正しようとしたウィリアムの発言を遮り、この混乱からの幕引きを図る。そんな幕引きは許しがたいが口を押さえられる。


「はい! もちろんです! 私にできることがあればなんでも協力しましょう!」

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