第11話 息抜き
「お疲れさん。いや、森にいるSランク相当のモンスターをこれだけ早期に討伐できたことは大きい。街に出ていたらどうなっていたことか。死骸がないのは残念だがそれだけ激しい戦闘だったのだろう?」
「はい、そうですね。命がけの戦いでした。では休みたいので失礼」
さらっとギルド長の話を聞き流し、ウィリアムとトマスは部屋を後にする。Aランクの任務なら一々ギルド長へ報告などいらないのだが、直々に申しつけられたSランク任務の報告に立ち会わないわけにはいかない。
「さて、それじゃあこれでおいしいものでも食べに行きましょう」
冒険者は年俸制でギルドの縄張り内で得たアイテムはいくら回収しても冒険者の懐を暖めることはないが、一応任務に行けばそれなりの手当は出る。
任務や個人的な探索の結果は全て年俸に反映されるので、この手当が過酷さに見合っているとは言い難いが、それでもないよりはましだ。
ウィリアムは部屋に待機していたメイを呼び、トマスに付いていく。食事とは、一体何を食べるというのか。寮内の食堂の利用は無料なのに。
「たまにはお金を払って食事をするのもいいでしょう。決して食堂の方々の料理がまずいというわけではありませんが、別なものを食べたいとは思いませんか?」
「いや、べつに。ただより高いものはない」
「私も食事は空腹じゃなければいいくらいだし」
ウィリアムは健康に気を遣おうと思っているが、食堂でも十分に健康的な食事が出ている。お金を払うほどの価値を美食に見いだせない。金も健康も失うだけではないのか。
「先輩がご飯に連れて行くって言ったら奢るもんですよ!」
「あ、そうか、先輩か。じゃあ遠慮なく。……給料は大丈夫なのか?」
「珍しく人の心配をすると思ったら! これでもあなたよりもらってるはずですからご心配なく。あなたが本調子であれば来年には抜かれていたかもしれませんが」
「いらっしゃい……ト、トマス様……お、お連れ……!? と、特別室へお通しなさい! 予約、今日はないでしょ!?」
「はい! わかりました!」
「大げさですよ! 人が誰か連れてきたくらいで!」
「だってあなたいつも……」
料亭、ハンスブルーメの従業員たち。トマスが誰かと一緒に来たことがそんなに意外なのか、大慌てである。
まるで息子が初めて家に友達を連れてきたかのような様子でいそいそと特別室に通す店員。
三人は驚きを隠せない。
「すみません二人とも。驚かせてしまって」
「いや、こんな心配されるほどあなたがぼっちだったとは……」
「はは、よくここに一人で来ていたのでね。ですがここまでとは……」
「お前、店員にぼっちを心配されるほどこんな高級店に通っていたのか……」
「あなただけ驚きの方向おかしくないですか?」
ウィリアムにとっては、ぼっちかどうかは全く大事ではない。
確かに店員の動きにはおかしなものを感じるが、美食のために通い詰めることの方がおかしいと思っている。
トマスはここに入るまで、後輩に奢るという、今まで誰にもできなかったことがついにできると意気込んでいたが、入った途端これで、出鼻をくじかれた格好だ。
落ち込む様子を見て、そんなこと気にしなきゃ良いのに、とウィリアムは水を飲む。
「それで、ご注文はどうされますか?」
「ああ、いつものでいいよ。二人は?」
「よくわからん。任せる」
「左に同じ」
「では彼らも私と同様に」
「ああ! ついにコース料理を複数人で! それも一人は女性! うひひひひ!」
気味の悪い笑いをしながら退室する店員。それにしても昼間からコース料理とは、トマスの食生活もだいぶおかしい。こういうのは夜に出されるものではないのか。
「二人とも、少し落ち着いて」
「だって、こんなの着たことないし」
トマスが高級料理店に入るのだからと配慮したので、ウィリアムとメイの格好は整えられている。しかしウィリアムもメイも、慣れない格好のせいで落ち着かない。
なお服はトマスが所有しているものを借りたのだが、なぜメイ用のものまであったのかは大宇宙の謎。
「うえ、なんだ、これ。脂っぽくて気持ち悪い……」
「ねーねー、一品一品の量が少なすぎない? 食べた気がしないんだけど」
「……トマスさん、いくらぼっちでも付き合いは考えた方が……」
「すみません……。本当にすみません……」
二人とも庶民の舌である。フォアグラなど、ただの脂の塊ではないかと思うような人間である。
服装のことといい、とことん高級料理店とは相性が悪い。
メイと文句を言い合っていたため、店員が青筋を立てていることに気づくのが遅れてしまった。さすがに当人たちの前でする話ではない。
「二人とも、ちゃんと座って? それから、黙って食べましょう……。ウェイターさんにも謝って?」
トマスは静かに、低い声でまっすぐ二人に突き刺さるような声で告げた。
「お、おお。ええと、ごめんなさい」
「あ、ごめんなさい」
気配の変わったトマスに思わず背を伸ばす二人。これ以上怒らせたらまずいと察した。
「すみません、彼らはこういう店は初めてなんです。いきなり連れてきてしまった私が悪いのですが。料理は非常においしいですよ。どうか彼らにも引き続きコースを」
「は、はい!」
店員もトマスの出す空気に驚いたのか、パタパタと去っていった。
「ああ、そこまでかしこまらなくてもいいですよ。いえ、べつにあなた方を責めているのではないですよ。ここに連れてきたのは私ですし、あなた方の希望を……」
昨夜のぐちぐちタイムを彷彿とさせる語りにウィリアムは苛立つ。
「ウィル、ステイ」
ちょっと黙れと言おうとしたらメイに押さえつけられた。メイはこういう風な語り口のときのトマスは本気で機嫌が悪いのだろうから、ひたすら聞き役に徹しろと言う。
なぜトマスのために気を遣わなければと思わないことはないが、これからは協調性を持つ必要があると思っているので、我慢する。これも修行のうちだと。
その後は平和に食事が進み、デザートは庶民舌の二人も食べられるものだったので終わりよければと満足していた。
「あれ? そういえばトマスはお酒飲んでるのになんで私たちには出てないの?」
「スウィントンさんにはまだ早いでしょ。おいくつですか?」
「ええと、七歳!」
「は?」
「バカ! 人間の見た目の年齢で言えよ! 十六から十八ってところだろ? 何だよ七歳って」
ウィリアムは耳元でこそこそと説教する。
彼女が言った年齢は、卵から孵った日を基準にしたものだろう。メルリーダは卵の中である程度成長してから生まれる。だいたい五年程度とされる。
しかし卵から孵ってまだ七年とは、見た目のわりにあまり年が経っていない。まさか十年近く卵の中にいたのであろうか。
もしそうなら、生まれがメルリーダの中でも特殊であることを考慮してもさすがに長い。
「今、七歳と?」
「え? 違う違う、そう、十七だよ!」
「あ、ああそうですよね。びっくりしました。まあそのお年でもダメですね。もう一年待ってください」
連邦内では飲酒が解禁されるのは十八歳からである。
「俺は十八だけど?」
「ああ、そうですね。ただなんとなく、あなたには出してはいけないような気がして。お酒の経験は?」
「ない」
「本当に直感ですが、あなたはお酒に弱いと思います。ここは酒場ではないんです。悪酔いをされては困りますからね」
「む、俺が酒に弱い?」
弱いという言葉に、ウィリアムは負けず嫌いの性質をくすぐられる。
ウィリアムは有無を言わさずトマスに酒を頼ませた。
「これが、酒。変な匂い」
「いらないならいいですよ」
「いや、飲む。……変な味」
アルコールは弱くともそれなりに値段のする酒らしいが、何が良いのであろうか。それでも酒に弱いという疑念を晴らすには飲むしかないとばかりにちびちびと飲んでいく。
――――――
「やっぱりお酒には弱かったですね。言わんこっちゃない。すみません、迷惑ばかりかけて。また来ます。次は一人かもしれませんが」
「いえいえ、ぜひそちらの方もまたご一緒に。良いお酒も用意していますからね」
ウィリアムは今トマスに背負われて寝ている。酔っ払った末にだ。
メイにとっても割けに酔う生き物を見たのは初めてで、自分もああなるのだろうかと、不安になる。
だが醜態をさらしておきながら、ウィリアムを見る店員たちの目は温かい。その理由は彼の酔い方にあった。
「ウィル、酔うとあんなに優しくなるんだ。何? 私を抱き寄せて大丈夫、大丈夫だよなんて言いながら背中をトントンって。思い出すだけで鳥肌立つけどそのときはなぜか私もホワーってしたし」
「ああ、私としては複雑な場面でしたが、私までどこか優しい気持ちになりましたし、店員の方々も同様でしたね」
酔っ払った時のウィリアムはとにかく雰囲気が柔らかくなり、素面の時の方がよっぽど荒っぽいという不思議な性質だった。基本的に酔っ払いというのは感情が昂ぶるものではなかったか。
まあ理性を失っているからこそ敵である自分に対して誤解を生みかねない行為をしているのだが。
「ああ?」
「あ、起きた」
「俺は酒に負けていないからな」
「いや、どう見ても負けてたでしょ。やってたこと覚えてる?」
「……ああ。敵であるお前を抱き寄せるとか頭おかしいわ。たぶんお前の精神年齢が低くて子どもと勘違いしたからだな。でもそれは俺が酒に弱いという証明にはならない。判断力が鈍っただけで暴れたりはしていないし、何があったか完全に覚えているからな」
それは酔い方の問題だろう、少量を飲んで寝ている時点で、とメイは呆れる。
「あれ、敵?」
「あ、いや、何でもない。利害関係の一致って奴で絶対的な味方じゃないってだけ。……ウィルの思考力が鈍っている。まだ酔っ払ってるの?」
意識が戻り、先程よりは理性もあるようだが、秘密をばらしかねない発言である。
降ろせとうるさいのでトマスが降ろせばまっすぐ歩けずにふらつく等、とにかく危なっかしいのでさっさと持ち帰って寝かしつけることにした。本当に少量だったはずなのに弱すぎである。
ところがウィリアム、アルコールに対しての感受性は高くとも分解は得意な体のようで、しばらくすると元通りになり、少量だったこともあって二日酔いもなく、翌日はメイたちと元気にモンスター狩りに出かけた。
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