第12話 中継の始まり
「それで、ウィリアムくん、君もそろそろメディアの中継を受けないか?」
入団から三ヶ月経ったある日、ウィリアムはジョセフから呼び出されてギルド長室に来ていた。
「中継?」
「そうだ、そこで人気が出ればスポンサーもつくし、君の収入は増えるぞ」
「はあ。考えてみる」
「ああ、トマスとは組まない方が良いぞ。彼、あまり人気ないから。ルックスは悪くないし、良い奴なんだけど、戦い方と性格が中継で映えないからなかなか評価されないのよ。実力はウチではトップなのにギルドの顔たるキャプテンになれていない原因の一つだね」
それでもそれなりの年俸が出るのは実力で彼がギルドに貢献をしていることの証左であろう。一応クールな彼に憧れる熱心なファンもいるにはいるらしいが、男のファンはほぼいないという。
とりあえず聞くだけ聞いてみようとウィリアムはトマスの下を訪ねる。
「ああ、中継ですか。……やめておいた方が良いのでは? だってあなた、中継は最低でも三時間はあるんですよ? 全部が全部戦闘中というわけではもちろんないですけど、さすがに実質戦闘時間二分三十秒は短すぎます」
その短さをカバーするとしたらより視聴者をワクワクさせる冒険の演出、他のメンバーと合同で出て自分だけにスポットが当たらないようにするといった工夫が必要だと、否定された。
「む、俺だってあれから退屈な基礎練習を積み重ねて、元の力を使わなくても弱小ギルドの二軍の帝王くらいには強くなったんだぞ」
「なんですかその何とも言えない強さは。とにかく、私にメディア中継のお手伝いはできませんよ。メディア映えしませんから足を引っ張ってしまうでしょう」
トマスからさらに詳しく話を聞くと、中継では特殊な魔法がカメラの役割を果たすのだが、実体がないため壊れる心配がなく、正確に冒険者を追尾するのだという。
メイを連れて行くのは無理で、呪いを使うなど論外である。
「だが俺は金が欲しい! 一緒に行ってくれそうな奴に当てはないのか? 秘密がバレないくらいに鈍くて」
「金が欲しいって……。はあ、そんなに都合のいい人いませ……あれ、ウィル?」
ウィリアムはギルド長室に駆けだしていた。やらないよりはやる方が良いと、トマスを相方に中継を受けようと決心していた。
トマスの同意は得ていないが、自分が言っても聞いてくれないだろうと、ジョセフに説得させようと考えている。
「頼みなんだけどさ、あいつに――」
断られた。笑顔でそれくらい自分でやれと言う。
「そんなの面倒くさ……彼が嫌がるのを強要できない。彼は君に気を遣ってるんだろ? なら君がやるべきだ」
とのこと。
ウィリアムも面倒くさいと思っているが、そこは金のためには嫌なことと犯罪を除いて何でもやる男。
栄光への第一歩のために、この機は逃せない。面倒くさい程度で諦めはしない。来た道を逆に、まっすぐトマスの下へ……いや、その前にメイを連れて行く。
当然拒否されたがメイと共に泣きつくことでトマスを根負けさせた。
メイにとってメディアの中継は呪いが使えず、そこに時間を割くだけ成長が遅れるデメリットしかないのだが、最近人間の生活に染まってきた彼女は、協力すれば金をやると言われたらあっさり了承した。
「ったく、提案した俺が言うのも何だけど、金のために自分の目的が阻害される道を選ぶもんじゃねえぞ」
「はあ!? ウィルが私の財布握ってるからじゃん! ちゃんとお小遣い頂戴よ! 私だってたまには買い物だってしたいんだもん。今はその方が大事」
「ほとんどが大衆食堂、お菓子、謎の魔法人形に使われてただろうが! そんな奴にやる銭などないわ! 人間生活に慣れたんだったら働け。俺はお前の保護者じゃない!」
ウィリアムは未だに進化が始まらないメイに苛立ちを募らせている。いつになったら自分を強化できるのやら。
「結局君はトマスと行くんだね? 初日の大喧嘩は何だったのかねえ。まあどうせ他の人と行くんならトマス以外とも付き合った方が良いと思うけど。仲間は多いに越したことはないぞ」
「ああ、わかってるけど、メディアの中継はトマスとで頼む。他のメンバーとの仕事はカメラの回っていないところでな」
「何するつもり? まあ規約違反は自動的にわかるようになってるし、その範囲外のことは追及しないという決まりだから深くは突っ込まないよ」
「そりゃどうも」
一週間後に中継だという。過去の中継映像を見ながらどういうやり方が一番視聴者に受けるのか寝る間も惜しんで研究していた。
ウィリアムはこれでも勉強は得意な方だ。より早く冒険者になるために飛び級を繰り返して通常より三年早く中等教育を修了させた程だ。大学も勧められたがべつに勉強がやりたいわけではないと断っている。
「うえ、中継では好感度が大事って。俺に一番向かねえやつじゃん」
研究の過程で壁にぶつかった。
今まで好感度など気にしてこなかった。FA時の言動はコルバーチのファンにも知られ、いくら金満ギルドとはいえ露骨すぎたのであまり良い印象は持たれていない。
この一週間で印象が変わるのだろうか。無理である。中継などない弱小ギルドで過ごした弊害で、高収入を得るには好感度が必要だと知らなかったのは痛い。
「変なところで真面目なんですね……」
「お前は何か知らないか?」
「そりゃあ、ちゃんと視聴者が好きになる人として映らなくてはダメですよね。自分で言ってて悲しくなりますが」
「なるほど、見る者が好きな……。マダム、本日は私の冒険をご覧ください。とか、初々しく緊張している雰囲気で、よろしくお願いします……! みたいな?」
「ああ、普段のあなたを知らない人なら確かにそれは良いかもしれませんね。でもそんな文句、どこで知ったんです? 初めてにしては妙にリアリティがありますけど」
「……やめよう。俺、よくよく考えたらこういうのが嫌だから冒険者になったんじゃん。いくら金が欲しいからってこれじゃあ本末転倒だわ。やーめた」
ウィリアムはとりあえず自分がどう映るかは気にせず、冒険の演出で勝負することにした。もっとも、どのやり方が一番受けが良いかというと何とも言えない。
というのも、毎回毎回モンスターをただただ倒しまくるだけでは緊張感がないと言われるし、慎重に進めば戦闘が少ないと文句が出る。
バランスが大事なのだ。ウィリアムはバッタバッタと凶悪モンスターを倒すやり方は今の体ではできない。緊張感ある冒険をベースに、戦闘シーンをいかに印象づけられるかが鍵となる。
この前のクリオロフォスの戦闘でシミュレーションし、もう少し長めの尺で、苦戦するときはわかりやすい方が……と考えていると、
「視聴者は冒険なんて見慣れています。変に手加減を加えればすぐ見破られますよ。ウチの信用にも関わりますから戦闘は真面目にやってください。冒険の緩急を工夫するのは結構ですが、あくまで台本などない命がけだから皆が見ていることをお忘れなく」
「へーい。となると二分三十秒きっかりでようやく倒せるような奴は無理だな。三十秒くらいで倒せるモンスターを複数撃破すればまあまあ絵になるか。そんな都合良くモンスターが出てきてくれるとは思えないけどトマスもいることだし、ある程度は融通がきくはず」
「場合によっては強大な敵からの逃走もありですね。ただし、それが許されるのは迷宮の奥深く、人里に現れる心配がない場所で、予想外の邂逅かつ敵わないと明らかな場合に限ります」
だんだんと話に乗ってくるようになったトマスと共に理想的な冒険。そしてそれが実現される可能性が高い探索コース、探索スピード等々、日々の任務の合間に詰めていった。
「そう、私調べではコルバーチの勢力圏最南部にあるこのクローバ森林からフロントサック迷宮に向かうコースは最適です。森林内でもまあまあ手応えのあるモンスターに出くわす可能性がありますし、密林ですからこの辺りの森よりも冒険の景色としては良いです。迷宮内も噂の範囲内ですがこのようなモンスターが……」
「お前、俺より乗り気なんじゃないか? そんだけ調べてくれるならありがたい。それで行こうぜ」
「さて、俺たちはこれから行ってくるから。メイ、お前は部屋でおとなしく寝てろよ」
「うう……体が熱い……死ぬのかな?」
メイは三日前から体調を崩している。四十度の高熱を出し、起き上がることも難しい。原因は不明。メルリーダであるから医者に診せるわけにもいかず、かといって置いていくこともできないので中継の地へと連れてきた。
「死ぬなら勝手に……。大丈夫、大丈夫」
冷たく突き放そうとしたらトマスの責めるような視線を受け、ウィリアムは仕方なく頭を撫でる。
「手、冷たくて気持ちいい……」
「冷え性なんだよ」
「ここは年中常夏ですけど? なんだかんだ心配しているんですね」
中継の地はコルバーチ勢力圏最南部の街、セロフォール。本拠地ラメタシュトラから南西二百キロの場所にある。年間を通して温暖な気候でリゾート地でもある。
ウィリアムとトマスは、そんなリゾート地に似つかわしくない厚手の格好をしている。本当は密林と迷宮で装いは変えた方が良いのだが、中継中に着替えるのは一部を除いて誰も得しないため、汎用性はあるもののやや厚い生地を着ている。
ぶっちゃけ暑い。
「俺はメイの心配なんかしてないぞ! 中継に気持ちを切り替え! パラベラの連中も見るって言ってたし、俺がどれだけ成長したのか見せる良い機会だ。目指せスポンサー大量獲得! あらうれしいな!」
「はい! これを機に私のファン拡大を! 私を性格悪いだの散々罵ったあいつらに……って何ですかこの台本は!」
「カメラがまだ回っていなくても意識を高めておこうと思って。暑いところなんだし熱血漢をイメージして」
「無茶苦茶な……。ていうかパラベラに知り合いいるんですね。大丈夫なんですか? それ」
「ウィル……寒い」
「それはお前が風邪をひいているからだ」
ウィリアムは自身がイメージする熱血漢の台本を書き、トマスと共に披露したら逆にその厚着に似つかわしいほどに場の空気が冷えた。
そもそも台本など冒険者にはいらない。中継にはちゃんと実況と解説がつく。これはあくまで茶番。
茶番も程々に、中継が開始される前に森の入り口まで行かねばならない。
「メイさん、終わったらすぐに戻ります。心細いとは思いますがご容赦を。行ってきます」
「……じゃあね」
二人は宿を出て、リゾート地に隣り合うモンスター出現の森というよく考えたらとんでもない場所に向かう。
一応境界には常に正所属の冒険者が常駐している上、高度な魔法で張られたモンスター除けの結界もあるので被害が出たことはないらしいが。
「すみません、連絡を入れていたトマス・アッテンボローとウィリアム・オーウェンですが」
「はい、少々お待ちを。……どうぞ」
「ありがとうございます」
結界は人間には見えず、とくに影響を与えることもないが、一応入る前に了解は得ておく必要がある。
森に入るとすぐに日が木によって遮られ、暗くなった。足下はそこまで植物が多くなく、通行に不自由はしないが見通しは悪い。
「開始まであと十分ですね」
「結局移動してからあんまり休めなかったな。まあ頑張るか」
移動距離が長いので二日前に出発、着いたのは一日前で現地での準備もあるので睡眠時間は六時間程度だ。メイを連れながら早く到着するために、隠密性が高く、かつ素早く移動できるトマスの使い魔を移動に利用したのだ。
トマス曰く、周辺にモンスターの気配はまだない。時間になったら予定通りのコースで始められそうである。
「あと十秒。……五、四、三、二、一」
「ウィリアム・オーウェン。よろしく」
「コルバーチのトマス・アッテンボローです。どんなモンスターやアイテムが出るかご期待ください。行ってきます」
一応主役はウィリアムでサポート役にトマスということになっているのだが、挨拶はトマスの方が喋る。二人が直接視聴者に語りかけるのはここが最初で最後。カメラの役割を担う魔法に背を向け、二人は歩き出す。中継では今頃二人のプロフィールなどが語られているだろう。
「中継とはいえ、冒険者としてやることは変わりません。事前の準備が異なるだけです。準備はあくまで目安に、中継も意識しすぎずやりましょう。あなたの場合工夫しないと画面が持ちませんから、計画の完全無視もダメですけど」
「なんか難しそう」
「まあ初めてですからね。大丈夫です。私が上手く運びますからあなたはお気になさらずに。人気がなくてもそれくらいの頭は回りますから」
開始前にこんなやりとりをしていた。トマスを中継における最初の相方に選んだのは正解だったと言える。非常に頼りがいがあるではないか。
秘密を守りつつ、経験から適切な計画を立て、全体の立ち回りを含めたウィリアムのサポートをする器用さを持っている。不人気なのが不思議なくらいである。
ちゃんと付き合わないととことん印象が悪いせいだろう。
トマスは今回決して使い魔を召喚しない。視聴者が求めるのは緊張感ある冒険者の冒険。使い魔に戦わせたり、周囲を探らせたりするのは避けるのが無難である。
従って全ての危機管理は二人だけで行う。この密林、モンスターだけじゃなく毒蛇や猛獣も出るのでその点も注意しなければならない。
「ウィル、上です!」
樹上から襲いかかってくるゴブリン……の群れ。
――え、数多くね? 何匹?
とっさに障壁を展開し、身を守る。
ここは自称弱小ギルドの二軍の帝王、ゴブリンの単純な打撃を防ぐ程度の障壁は簡単に張れる。ルーシーの教えもあって通常より少ない魔力でそれを可能にできている分、魔法戦闘に関しては弱小ギルドの一軍くらいの実力はもうあるかもしれない。
この密林は原生林で、国から保護されているため、できるだけ傷つけないように戦わなければならない。火や雷、氷系統の魔法の使用は論外である。他の魔法にしても広範囲に影響が及ぶものは避けるべきだ。
「なら剣術しかないでしょ!」
短剣を抜き、一体の攻撃を躱し、その隙を逃さずに首に刺す。この三ヶ月間でウィリアムも新たな戦闘スタイルを確立した。
力を戻すのに時間がかかると悟り、体を鍛えたはいいものの、弱体化したこの体は全く筋肉量を増やそうとしないし、魔力量も低いままだ。
そこで以前のような身体能力と強靱な肉体に頼った野性味溢れるオレ流はやめて、軽量級の体を活かしたスピードと、恵まれない体だからこそ活きるテクニックを武器にするスタイルを目指した。とくに魔法のテクニックはルーシーから教わっていたこともあり、かなり洗練されている。
「この日のためにちょっといい短剣を用意したんだ。今の俺は剣含め装備もちゃんと選ばないといけないレベルだし……っと! さすがに切れ味良いな」
剣術も、打撃よりは体重が低くても物理戦ではマシだろうと苦手なりに覚えた。長剣は重くて持てないことから短剣に絞り、低い体重でも敵を切り、急所を適確に刺せるような特訓をした。指導を受けたランスは肉体に恵まれている方で、食い違いはあったのだが、テクニックも確かに持っていたのでそれを習得した。
装備に関してはボロボロだったものを新調し、ちゃんと自分に合った、安全性と機能性を兼ね備えたものを用意。これは必要な投資であり、ここに金を使うことは問題ではない。
こうして教えられたことを忠実に、実戦してみせている。師と仰ぎたくないが一応師であるパラベラの三人は今の自分を見てどう思うだろうか。
以前より格段に上がった戦闘能力で鮮やかにゴブリンを倒していく。偶然にも、スピードスタイルは映像に映える戦闘スタイルでもあった。
無傷で十五匹ほどのゴブリンの群れを撃退し、先へ進む。トマスはウィリアムがパラベラの三人からこっそり指導を受けていたことを知らないので、あまりの成長ぶりに驚いていた。
本来、繊細さが求められるこのスタイルは性格的には全く向いていないのだが、他に選択肢はないと、必死に努力した賜物である。
「どうやら私の仕事は思いの外少なくなりそうですね」
「そいつはどうも」
ウィリアムは本来の力に頼らずともBランク相当のモンスターは撃破できている。とはいえそろそろAランクのモンスターと戦わなければ。
自分から探す姿は滑稽なのでしないが、迷宮までの道のりに現れてほしいものだ。
「ウィル、向こうに魔力を感じます。モンスターかはわかりませんがとても強い。行ってみましょう」
迷宮を目指し、奥に進んだ頃、トマスが何かを感知した。ウィリアムには全くわからない。ついて行けば小さな泉。非常に澄んでおり、見た限りでは浅く、生き物はいない。
「魔力はここから感じます。モンスターがいないということは泉自体が魔力を持っているか、中に魔石があるか、といったところですね。無闇に手を突っ込むのは危険」
トマスは木の棒を拾い、しばらく持った後、泉に放り込んだ。ドカンと音がして水柱が立った。
「おい、何をした?」
「棒に魔力を染み込ませて別の魔力と結びつくと反応するようにしました。少々染み込ませすぎたようです」
そう言いながら、トマスはウィリアムに目配せした。
――何ウィンクしてんだ? 気持ち悪い。
ウィリアムは目配せにぞわっと鳥肌を立てた。何を伝えたかっただろうか。トマスほどのものが誤って魔力を染み込ませすぎるなどありえない。
「水と反応したということは泉自体が魔力を持っているようですね。魔力の元が泉の中の魔石であれば回収して届けることもできたのですが。ただ、水にしてもこれだけの魔力なら利用価値はある。少しですが水筒に入れて持ち帰りましょう」
トマスは持っていた水筒から水を抜く。自然から出た純粋な魔力は人やモンスターたちが持つものよりも質が高く、高度な魔力機構に使用する材料となる。
「水がなくなるけど良いのか?」
地面に染み込む水を見ながらウィリアムは問う。こんな暑いところで水を捨てるなんて自殺行為だとしか思えない。
「代わりにウィルの水をください。一気に飲まなければ二人で分けても問題ありません。そうでなくともここは水が豊富ですから。あまり体には良くないですが最悪魔法で水を生み出せます」
「え、お前に水渡すの?」
「嫌ですか? べつに構いませんがこの水を持ち帰った手柄は私が独り占めということに」
「好きなだけ飲むといい。いや、この水筒はお前にやる。俺はそこら辺の水を飲むから。水回収の手柄は俺が八割もらう」
ウィリアムは自身の水筒をトマスに押しつけ、空の水筒を奪い取る。
「あの、見られていますよ」
「あ……」
ウィリアムは中継のことをすっかり忘れていた。
するとトマスは笑いながらウィリアムの頭を撫で、ウィリアムから渡された水を飲む。
喉が渇いていたのなら黙って飲めばいいのになぜ頭を撫でる必要があるのだろう。ウィリアムはいぶかしげに自分の頭に置かれた手を払い、泉へと歩みを進め、水筒で掬おうと身をかがめる。
「あ」
しかし、うっかり手を滑らせ、泉の中に水筒を落としてしまった。
金属製でも空ならば水に浮くはずの水筒はなぜか気泡を出しながら底に沈む。慌てて左手で取りに向かい、手首に着けていた鱗の腕輪が水に触れたとき、水が光り出し、辺りを白光が包んだ。
光の眩しさに、ウィリアムもトマスも思わず目を覆う。
どれくらい時間が経ったであろうか、白光が退き、二人は目を覆っていた手をどけて泉を見る。泉は枯れていた。
「どういうことだ?」
「……泉が移動したのでしょう。魔力の泉は常に移動する。いつどこで湧き出すのか、それもわからない。だから希少なんです」
「それじゃあ水は……」
「諦めて……と思いましたが見てください。泉の跡に水筒が。枯れる前に落としたのですから水が残っているかも」
拾い上げると丁度縦に落ちていた水筒にはなみなみと水が入っていた。
「……ちゃんと魔力もある。これで一安心ですね。むしろ泉の移動の瞬間を捉えた映像は少ないですから貴重な映像を撮れた……と言えなくもないでしょう」
何か考え込む様子を見せながら泉の跡から立ち去るトマス。ウィリアムは水筒に蓋をしてから慌てて追いかける。
「あれ、この水筒、水を入れているにしては軽いような……。水が軽いのか? 不思議だな」
元の道に戻り、ウィリアムがそんなことを考えていると、トマスが突然前で手を広げて障壁を展開する。
直後、障壁に亀裂が走る。何者かの攻撃であることは確かだ。それもトマスの障壁に傷をつけるほど強力な。
障壁の向こうをよく見ると、人型の影。しかし異様に発達した手の爪、妙に横に広い胴、尻尾等、所々人ならざるシルエットを晒している。
『はっ、強力な魔力に誘われて来てみればまさかメイ様の僕と会えるとは』
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