第13話 再びの魔王配下

 目の前のモンスター――ケロニフォルはウィリアムをメイのしもべだと言う。

 ケロニフォルは巨大な爪が特徴的なモンスター。顔ほどの長さはあろうかというほど異様に発達した爪に加え、緑色の肌に亀のような甲羅を持ち、顔には嘴がある。二足歩行ではあるが人型というには異形。


「はあ!? 俺があいつの僕!? 笑えない冗談だな……って待てよ」


 このモンスターは会話するほどの知性は持たないはずである。だがこの個体は明らかに知性を持ってウィリアムに話しかけてきた。

 ふと、クリオロフォスのことを思い出す。エリオヴルムも本来は知性も持たないはずなのに話しかけてきていた。

 さらにこのケロニフォルはメイについて言及していた。導き出される答えは一つ。


「お前、魔お……カルカリアの配下か?」


『そう! あなたのことはクリオロフォスを通じて全ての魔王配下に伝わっています』


「だが俺から手出ししない限りお前たちは俺を害することはできないはず」


『今のはほんの挨拶代わりです』


「ずいぶんモンスターは物騒な挨拶なんだな」


「おい、ウィル、何を言っているのです? まるであのケロニフォルと会話しているみたいですが」


「え? お前、わかんないの?」


「ええ?」


 トマスはこのケロニフォルの言葉を理解していない。だが自分の幻聴とも思えない。

 知性のないモンスターが話しかけてくる上に、言葉を聞き取れるのはこの場では自分だけ。これは客観的に見たらかなり奇妙な光景なのではないか。


「どうするんですか? あれは倒して良いのですか? 魔力量からSランク相当の実力はあると見えます。せいぜいAランク程度のケロニフォルにしては強力な個体ですし、色々疑問もありますが今は中継中、判断はお早く」


「どうすっかな。たぶん勝てるだろうけど、苦戦は免れないし。予定が狂う。無視したら戦闘にはならないだろうけどそれはそれでまずいじゃん?」


「そうですか。なら最初は私が戦うのでどうですか?」


『あの! 舐めないで貰いたい! 失礼ですぞ!』


 二人とも目の前のモンスターに驚いてこそいるが負けることなど考えておらず、どうやって映像を持たせるか考えているだけの余裕がある。

 ケロニフォルからの突っ込みもどこ吹く風とばかりに相談している。


『ええい! こうなったら俺から参る!』


 ケロニフォルは飛び上がり、障壁を破りにかかる。


「あ! てめえ! 主の命令に背くのか!?」


『あなたではない。隣の人間を襲うことは命令に反しませぬ。守りたければあなたも戦ってください! それを俺への挑戦と受け取り、あなたたち、そしてメイ様を殺します!』


 そんなのありかよとウィリアムは呆れたが、こうなれば戦って勝つしかない。負けるつもりなど毛頭ないのだから。

 障壁が破れるのと同時にウィリアムは強化状態になる。


『障壁破れたり! 我はケロニフォル第二の実力者にして魔王カルカリア第三百……ギャア!?』


「モンスターのくせに名乗りが長い! あの蛇と同じだな!」


『ふん! 奴と一緒にしないで貰いたい! 奴は魔王直属の配下の中でも下から九百二十三番目! 上はまだいます!』


「わかりにくい! 上からで頼む」


『上から六十四番目です! ちなみに俺は上から百五十番目!』


「何とも言えない立ち位置だけどまあまあ高いのか? ていうかお前の方が下じゃねーか」


『あなたたちを倒せばすぐにでも幹部になれるのです! 我が名はテリジニウスⅤ世!』


 クリオロフォスと同じようなやりとりで戦端は開かれた。

 前回は霧によるディスアドバンテージもあったが、今回はそんなことはなく、トマスとタッグで戦える上、個体自体の序列もクリオロフォスより低いらしい。戦闘スタイルを確立したウィリアムが負ける理由はなく、いかに早く戦闘を終わらせられるかが勝負だ。

 テリジニウスは鋭い爪での引っ掻きが基本的な攻撃で、大柄な体に似合わない素早さで木と木の間を飛び回る。


「おい! デカいくせに俺とどことなく戦闘スタイル似せてんじゃねえ! 中継でキャラ被りとか視聴者がわかりにくいだろ! まあ今の俺は力全開中だし、パワースタイルもできるけど!」


『何言ってんのかわかり……ぐっ、攻撃が重くなった……?』


 テリジニウスに自己中心性極まりない文句を言い、戦闘スタイルを過去の野獣スタイルに切り替えて飛びかかる。

 強化状態になって間もなく一分。素早く動こうとするテリジニウスをトマスが封じていたこともあり、決着がつくのも時間の問題に思われた。


「ギャアアアア!」


「なんだ!?」


 周りから聞こえるけたたましい鳴き声。ウィリアムはついそれに気をとられて攻撃の手を緩めてしまった。


『おお、感謝するぞ、我が僕よ!』


 一瞬の隙を突かれ、距離をとられた。再度攻撃を加えんとすれば立ちはだかる多数のケロニフォル。その数は三十を超える。

 タイミングや発言から、テリジニウスの配下だとわかる。


「邪魔!」


「ウィル! 落ち着いてください! ……もう間に合わない。強化状態を解いてください」


 他のケロニフォルを無視して追跡しようにもしつこくくっついてくる。鬱陶しいと相手をしていると、既にテリジ二ウスの姿はない。逃げ足は速い奴である。

 とにかくこのケロニフォルを全滅させなければ話にならないが、制限時間をここで使うのも憚られるとトマスは言う。その言葉に従い、ウィリアムは力を腕輪に戻し、再びスピードスタイルで戦う。

 三十秒ほど戦い、二人合わせて五体のケロニフォルを倒したところで一斉にケロニフォルが逃げ出した。蜘蛛の子を散らすように。これでは追跡もできない。


「はあ、はあ。弱っちいくせに数だけは多いな。手こずらせやがって。あいつはどこいきやがった」


「方角は迷宮の方ですが……。まあいずれ会えるでしょう。どうも腑に落ちないのです。確かに私がとっさに張った程度の障壁を破るだけの力はありましたが、Sランクのモンスターにしては弱すぎます。その能力の多くはあれだけのケロニフォルの指揮能力にあるという考え方もできますが。ならばいきなり単体で襲いかかるのは愚策。撤退を選ぶだけの知性もあるのに」


 そう、トマスは知らないが、テリジニウスはSランクというだけでなく、魔王の配下なのだ。いくら早期に決着をつけようと戦っていたとはいえ、ほとんど手応えがなかった。

 そんな者を魔王が配下に加えるだろうか。

 ウィリアムが強くなったというだけでは説明がつかない。


「考えられるのは陽動か。しかしそれならあのケロニフォルたちを散り散りに逃げさせたりせず、誘い込むような逃げ方をさせるはず」


「陽動、その可能性は否定できませんよ。ほら、このわかりやすい痕跡。陽動だとして、その狙いはわかりませんが、どうせ迷宮には行くつもりなんです。行きましょう」


 トマスが指さす先には足跡。あの大きさのわりに身軽な体なら足跡を残さない逃走など造作もないことだろうに。だが陽動にしても配下を使ってやればいいことをなぜ本人がという疑問が残る。

 強化状態に制限時間があるウィリアムにとって、逃げを選ぶ相手は相性が悪い。追いつくためには力を解放しなければならないが、その間に時間切れになれば敗北が確定する。

 素早さだけはSランクらしいところを見せたテリジ二ウスを見てウィリアムは逃げの厄介さを知った。




「これから迷宮です。中継の本番と言えます。ある程度内部が知られている森に比べ、道の部分が多い。さっきのこともあります。気をつけて進みましょう」


 迷宮の入り口は自然にある洞窟とよく似ている。フロントサック迷宮は自然発生的な迷宮だとされている。

 内部構造の悪質性は悪意を持って作られた人工迷宮よりはマシかもしれないが、自然に発生した以上迷宮自体がいつ崩壊してもおかしくない不安定性を常に孕む。

 さらに足場が悪い、奥に進まないと道も狭い、気温も外の暑さが嘘のように低い、ライトや暗視能力がないと何も見えない、といった具合で探索環境は悪い。

 その分探索が進んでおらず、比較的浅い場所でもファーストペンギンになれる可能性が残されている。

 トマスの発光魔法で二人の周囲を照らし、それぞれライトを持つ。光などモンスターを引き寄せるだけだが、そうでもしないと映像にならない。

 細い道を進み、ようやくまっすぐ立てるくらいに広い場所に出たとき、光に寄せられたのか三体のハーピーが襲いかかってきた。トマスの分析によればBランク相当。


「ああ、人面鳥ね。気味悪いったらねえな。やりにくいし」


 意思疎通は不可能だが顔は良いので一部の人間からは人気がある。そのため中継で殺すと評判が落ちるモンスターの一つと言われており、冒険者にとっては中継中は遭遇したくない相手である。

 殺すにしても凄惨にシーンにならぬよう、血の一滴も流さずに殺す必要がある。ナイフによる戦闘など論外である。

 だがウィリアムは一気に焼き尽くすほどの火力は持ち合わせていない。いくら魔力の理解を深め、魔法を効率化させていようと限度があり、こればかりは魔力量がないと無理だ。


「氷結魔法で凍らせるか? それにしたって絵は良くねえし」


「ウィル、私がやりましょう。嫌われるのは慣れていますし。少し撃つのに時間がかかりますから時間稼ぎをお願いします」


 トマスは両手を前に出し、火球を生成し始める。あれで三体まとめて葬るのだと察し、それまで爪の攻撃を短剣で受け流す。

 時間稼ぎなど今までのウィリアムならできなかった戦い方だ。トマスと連携をするようになってからウィリアムはその重要さを理解し、この点も鍛えてきた。

 なお短気な性格は変わらないため、時間が経つほどだんだん荒っぽくなっていくのはご愛嬌。これでも抑えてはいる。


「撃ちます! ウィル、離れて!」


 ウィリアムが距離をとり、トマスが火球を発射。さらに着弾と同時にハーピーを取り囲む障壁を展開。爆発が三体を襲ったが障壁の外へは広がらない。爆発内部は見えないが、確実に焼き尽くすだけの魔力を与えている。

 爆発が収まり、障壁を解くと、そこにはハーピーの核が三個残るのみ。


「さて、中継で我々はどんな風に映っていることやら。それなりに配慮はしましたが」


「まあ大丈夫だろ。人の面を持っていようと、意思疎通できるとしても、モンスターであることに変わりはない。奴らは人間の敵なんだから、正当性は俺たちにある」


「そうですね。でもあなたにとっては正当性なんてどうでもいいのでしょう? 稼げるかどうか」


「俺は自己中心的な誇り高いクズだ! でも良心はある。なぶり殺しになんてしないし、やっぱり人型じゃない方がいい。それに稼げるからだけじゃなく、俺の強さが活かせるからとか、色々理由はある」


「誇り高いクズ……」


 モンスターを殺すことにウィリアムは躊躇しない。その善悪を彼は気にしない。彼にとっての絶対悪は貧乏、搾取、そして人殺しだけだ。それ以外は善悪を気にするだけ愚かだ。


――俺は許されるならメイであろうと殺す……。


 相手を殺したいと思っているのはメイも同じであろう。力を取り戻すため、得るため、それぞれの思惑で協力してはいるが、根本は敵対しているのもまた事実。


「ん? メイであろうとって……。俺がメイを特別に思ってるみたいじゃん。違う違う。今はビジネスパートナーの性格が強いだけ。俺がだいぶ損してる気がするけど」


 もっとも、決してお互いを殺すことができないことを知っているから、敵対しつつも、三ヶ月間を一つの部屋で過ごし、寝食を共にしたメイとの関係はだいぶ緩くなっているのも自覚している。

 今も高熱を出して寝込むメイに対し、このまま死んでくれという気持ちが七割、まだ生きていて欲しい気持ちが三割あったりする。

 実際に殺せるとなったときに殺すとしても、彼女に何らかの情が湧いてしまう可能性を否定できないのがウィリアムを悩ませる。


「ああ、気分悪い! 俺らしくもないな……トマス?」


 ウィリアムが自身の抱いた情を振り払っていると、ふと視界の端にトマスが映る。

 トマスは考え事をしているのか、黙り込んでいる。顎に手を当てて、真剣な顔つきで。考え事をしているのはよく見るが、あそこまで自分の世界に入ったようなものは見たことがない。


「おーい、行くぞー。このままここにいてもモンスターは来るだろうけど、ちゃんと探索しないと。俺だって未知の場所にはワクワクするんだし……ん?」


 歩き出したウィリアムは足下にあったトラップのスイッチを踏んでしまった。

 自然発生した迷宮でもトラップは、何者かが人工的に仕掛けたり、迷宮が意思を持つかのように配置したり、魔力が蓄積することで完全に偶発的に発生したりする。


「トマスが周囲を警戒していれば避けられた事態だ。どうしてくれる」


「いや、なんで私が悪いみたいに! 踏んだのってウィルでしょ!?」


 自分が踏んだのは一体何のトラップか。魔法陣が浮かんだと思ったら五秒ほどで消えてしまった。トマスも分析をしようとしたが間に合わず、ウィリアムに何かの術がかかっているわけでもなく、結局詳細はわからずじまいだった。

 わからないからといって留まるわけにもいくまいと、二人は先を進む。




「ウィル、恐らくこの辺りはAランク相当の魔物が多いです。気をつけて進みますよ。二対一の戦いなら力を解放せずとも勝てるはずです」


「ああ。っと、お出ましのようで。……なあ、あれ、なんてモンスターだっけ?」


「オーガだよ! てめえ、見てわかんねえのか! メジャーなモンスターのはずだろうが!」


 混紡を振り上げて今まさに襲いかからんとしていたオーガはウィリアムによる疑問の言葉にずっこけた。

 メジャーなモンスターと言われても知らないものは知らない。


「……トマス、知ってた?」


「オーガくらい知っていてください。今まで何を狩ってきたんですか。数が多くてまあまあ強力な種族ですよ。この個体もAランク相当でしょう」


「喋れるの?」


「はい」


 どうやらこのオーガという種族はモンスターとしては本当に有名らしい。そこが抜け落ちていたとなればそれはウィリアム自身の落ち度。マニアックな方に進みすぎて基本がおろそかになっていた。


「でもさ、自分でメジャーなモンスターとか言っちゃう?」


「うるせえ! パパとママが人間は皆オーガを知っている、恐れおののくって言ってたんだ!」


「パパ、ママって、なんか違和感すごいな」


「もう怒った! お前は苦しませながら殺してやる!」


 ウィリアムとのやりとりでオーガは怒り出し、混紡でたたきつける。冷静さを失っており、隙が大きい。

 ウィリアムは強化状態になることもなく、魔法で確実にオーガを追い詰めていく。オーガが冷静であればAランクのモンスターらしく魔法を使うこともできたのだが、怪力に頼るだけの戦いではせいぜいBランク程度の戦闘力しかない。


「……これは!? ウィル、急いで決着をつけますよ! 大量のモンスターがこっちに来ています! 恐らくほとんどがAランク。戦闘や魔力に誘われているのでしょう」


 じっくりと戦闘をしていたウィリアムの前に突如トマスが割り込んできた。そのままオーガを二秒で倒した。

 いきなり何だとウィリアムは思ったが、なにやら不穏な情報がもたらされた。


「早くこの場を離れましょう。核や角といったアイテムは持ち帰らない。少しでも接近するモンスターたちの関心を逸らす必要がありますから」


 一体どれだけのモンスターが来ているのだろうか。ウィリアムがこのように焦っているトマスを任務の中で見るのは初めてである。

 だがここは狭い通路で道の分岐も少ない。だんだんと一つの道にモンスターたちが集結し始め、ウィリアムも背後からの多数の禍々しい気配を捉えた。いや、逃げる前方にもいる。挟まれた。


「……ここで戦うしかないですね。幸い狭い道です。モンスターたちも連携が取れるほど知性はないでしょう。ウィル、前方のモンスターたちの相手、いけますか?」


「やるしかねーだろ。Aランクだろうが」


「頼みますよ。……あれ?」


「どうした?」


「いえ、中継の魔法が切れています。こんなこと、ありえない」


「本当だ、撮影魔法ないな」


 普通、探索が終了するまで中継は終わらない。中継側のミスか、ここが魔法の届かない場所なのか、それとも別の要因か。

 二人にとってあまり良い状況を示すものではないが、もう中継の目を気にする必要はなくなった。今は目の前の機器に集中しなければならず、むしろ良いかもしれないと切り替える。

 トマスはアリエス、ガマックを召喚、ウィリアムのサポートにつけた。今回は実体化させて。アリエス、ガマック共に見た目は犬の体だ。


「おい、形態持ちを二体も実体化させて大丈夫なのか?」


「平気ですよ。エリオヴルムの霧に魔力をゴリゴリ削られたときに比べればこれくらい」


 とはいえ長く実体化させるのは危険。ウィリアムは二体に合図し、前方に迫るモンスターに向かって突撃、戦端が開かれた。

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