第14話 テリジニウスの罠

「まったく、こっちの様子も見ないで突っ込むなんて無鉄砲な……。頼むよ、アリエス、ガマック。私も行きますか」


 トマスは振り返り、自分たちを追いかけてきたモンスターの群れを確認する。後ろの方は見えないが全部で三十はいるだろうか。いくら魔力に寄せられたとしても自然にAランクのモンスターがこれだけ集まるなどあり得ない。

 それにウィリアムには知性がないと言ったが、オーガなどの例外を除いて、知性がないなら我先にと争い押し合うはずなのに、モンスターたちは統率が取られているようにきびきびと迫る。異様な光景である。

 トマスは不安を感じながらもモンスターを迎え撃つ構えをとる。

 あまり強力な魔法を放てば迷宮自体を破壊しかねない。トマスの得意とする魔法で戦うのなら一対一が望ましい。


「さて、まずは距離があるうちに私のやり方を試しておきましょう」


 相手の体の中心を狙って魔力を撃ち込み、相手の内部でこれを操作して魔法を発動。爆発を引き起こし、一体を倒す。通常より多くの魔力と集中力を必要とするが、このやり方なら迷宮に負担をかけることはない。

 しかし倒すスピードよりもモンスターが迫るスピードの方が速い。さらに彼らもAランクモンスター、遠距離から魔法を飛ばし、トマスの集中を乱してくる。

 対ハーピー戦で使ったやり方よりも時間と魔力はかからないが、だんだんと距離を縮められる。


「くっ、まるで連携を取っているかのように。どういうことですか」


 十体を倒したところで近接戦闘に切り替えるが、モンスターたちは二体がかりで攻撃してきた。狭いとはいえ二体は通れる通路で、トマスの後ろに回って囲もうという動きを見せている。

 トマスは二体、ついには三体を同時に相手する状況になり、なかなか攻撃に転じられない。魔法ほどではないが、トマスは格闘術でSランクのモンスターと渡り合えるほどの腕はある。

 しかし魔法にしても格闘にしても、一体に対して決め技を使おうとすれば隙が生じる。三体を消耗させ、同時に倒さなければならない厳しい戦いだ。


「ここまで苦戦するのはエリオヴルムに対して何もできなかったとき以来でしょうか。彼と出会ってから弱さを自覚することが多い。強さを得てから努力を怠ったつもりはありませんが甘かったようです。ユータさん、申し訳ない」


 トマスは諦めたのではない。改めて己の無力を悟り、それを克服したいと思った。そのために生き残らなければと覚悟を決めた。

 彼が持つ唯一の生きがいが恩人たるゴーティエへの恩返しだ。もっと強くなり、強大な相手を倒すことが自分を推薦してくれた彼への恩返しになると信じて戦う。

 時間をかけて、じっくり、少しずつモンスターたちの体力を削って、機を見て三体同時にとどめを刺す。体力も魔力もトマスの方が圧倒的に多いのだ。慌てることはない。

 そうして敵を排除していき、ついに最後の一体。地味な戦いではあったが、Aランク三十体、それも統率がとられているものを相手にここまで戦える者は連邦内でもほとんどいないだろう。

 あと少しでトマスの誇りは守られる。だがまだ油断はできない。最後の一体が曲者だからだ。


「お兄さん、強いね好みかも」


「お断りします。私は好きな人がいますから」


「本気にしないでよ。あんたら人間にとってあたしはモンスターという敵。あたしたちにとって人間は餌。好みだろうと関係は持たない。ずいぶんたくさんやられているみたいだけどあたしは違う。あんたを倒して喰らってやる」


「……望むところです」


 相手はアリオラクネ。アラクネの一種だが、同族に比べやや小柄で、素早さと毒攻撃を発達させている。

 アラクネ自体、今まで確認された全てがSランク相当とされる強敵だ。この個体ももちろんSランクの実力があるとトマスは分析している。

 糸にかかればトマスだろうと脱出は容易ではない。一端距離をとって戦いたいが向こうの方が移動速度は高い。

 糸を障壁で防ぎ、その障壁を拡大し、アリオラクネの進路上に置く。すぐに破られるだろうが時間稼ぎにはなる。

 距離を取りながら魔法の準備をする。分析したところ、この個体は魔法への耐性が異様に強い。かといって接近戦は糸と毒の餌食になる。強力な魔法の一撃で仕留めるしかない。


「ねえ、蜘蛛はどこに巣を張ると思う? 餌の通る場所だよ?」


「何……これは!?」


 後ろに下がったトマスは急に身動きが取れなくなった。何かに張り付いたように手も足も動かせない。蜘蛛の糸にとらわれたのだと悟る。


「こんな一本道に仕掛けないわけがないよね」


「どうやって……」


「正体は私。天井からこっそり後ろに回っていたんだ」


 後ろから聞こえる別の声。


「あんた、他の連中との戦いに夢中で私のこと気づいてもいなかったよね。まあ隠密は得意なんだけどさ」


 アリオラクネはもう一体いた。気づかないうちに背後を取られていた。

 戦闘中だったとはいえ、トマスの索敵からも逃れるほど完成度の高い隠密能力を持っていた相手が一枚上手だった。

 全魔力を以て脱出せんとしたトマスだが、前後のアリオラクネ二体の糸できつく縛り上げられる。


「蜘蛛って、糸の粘度や丈夫さを調整できるんだよ。あたしたちくらいの蜘蛛になると、ただ捕まえるだけじゃなく、こんな芸当もできる。痛くて魔法も使えないでしょ?」


 トマスはアリオラクネと戦ったことがないわけではない。同じように喋り、糸を操るが、アラクネ全体を通してもここまで強力な個体は知らない。後方の蜘蛛は糸の頑丈さが桁違いだ。


「ああ、いい顔。このまま首を絞めてあげる。苦しんで死んだ人間の顔を見ながらの食事は格別。とくにあんたは好みの顔だから楽しみ」


「ちょっと、私の隠密と糸がなければ勝てなかった。私が七割貰うよ」


 後ろにいたアリオラクネはトマスの前方に移動し、もう一体のアリオラクネと取り分について話し始めた。


「あたしが得意なのは毒だから。べつに姉さんがいなくても制圧できた。姉さんにはあたしのように毒牙が生えていないから想像もつかないだろうけど、いつでもこれで仕留められたんだから」


「何それ。私は毒牙は持ってないけどあんたよりも生えている毒棘の数は私の方が多いんだから」


 二体はそっくりな体つきと顔立ちだが、所々違う部分がある。

 最初にトマスが戦い、姉さんと呼ばれていた個体は人間の体の両腕、蜘蛛の体の両側面にそれぞれ一本ずつ、計四本の棘と額に二本の角が生えている。

 一方トマスを捕らえた個体は棘が両腕にしかなく、額の角も一本だけだが、開いた口からは異様に発達した牙が覗く。


「一番確実に殺せるのは毒牙で毒棘の数は関係ない。姉さんはちょっと隠密と操糸に優れているだけの出来損ない」


「はあ!? あんた、毒で殺したやつはおいしくないからっていつも私に捕まえさせてるでしょ!?」


――自分をどう配分するかって、なんて不愉快な争い。なのに動けない……。


 取り分についての話は不毛な言い争いに発展した。しかしこの間もトマスの拘束が緩むことはなく、ゆっくり、まさに真綿で首を絞めるようにトマスの命を削っていく。

 まだ死ねない、強く念じたとき、不意に首と体の締め付けがなくなった。糸が切れたのだ。

 ウィリアムが助けに来たのかと、正直存在を忘れていた人物を思い浮かべるトマス。彼の方も戦いが終わったのだろうか。

 次いで体を拘束していた糸が燃やされる。不思議なことにこれでトマスが燃えることはない。


「この術は風刃と対魔炎……? アリエス、ガマックの……。やはりウィルですか。助か……」


 礼を言おうと振り返ればいたのは自身の使い魔二体だけ。彼らに守るよう伝えたウィリアムの姿はない。奥の戦闘が行われていたであろう場所にもいない。

 二体の精霊はどこかしょんぼりした様子だ。どういうことか。ウィリアムならば最悪Aランクモンスターを一瞬で殲滅できるだけの力を解放できるはず。倒されてしまったとは考えにくい。


「ああ、精霊風情に私の糸が……。許さない、絶対におま――」


「何!? 何かの気配を察知して飛び出していった? あのクソガキ……。すぐに私も行く。お前たちも疲れたろう、結晶に戻れ」


「え、あの、ちょっと……」


 アリオラクネのことを忘れ、トマスはウィリアムの後を追う。


 トマスは一つのことに集中すると他のことには目が行かなくなるタイプであった。アラクネの隠密にも気がつけなかった一因だ。

 その場に残るのは言い争いの最中に獲物に逃げられたアリオラクネ姉妹。


「こんなことある? あたしの獲物!」


「あんたが私にさっさと譲っていれば精霊にも対処できたでしょ!」


「はあ!?」


『なかなか見所のある娘だ。どうだ、俺と一緒に来ないか?』


「誰? 今すごく機嫌悪いんだけど――」


 顔を真っ赤にしながら振り返る姉妹を黒い霧が包む。霧は一秒と立たずに退いていくがそこには何も残っていなかった。


――――――


 時を遡り、トマスがモンスターと死闘を繰り広げている頃。


「うざい! もう何体目だよ。ん? ああ、風刃ね。ありがと」


 精霊による助けもあり、ウィリアムは順調にモンスターを退けている状況だ。しかし最初は十体程度だったのにいくら倒しても補充される。それどころか増えているように見える。


「我慢ならん! 俺は力を解放する! チクシュ……おい、止めてくれるな精霊!」


 苛立ちが限界に達し、強化状態になろうとしたウィリアムを、犬の姿をとる精霊二体が上着の裾を引っ張って止める。


「は、な、せ! 三秒で終わらせてやるから! おりゃ! チクシュルーブ!」


 強引に精霊を振り払い、強化状態になるウィリアム。途端、モンスターたちの攻勢が止まり、一斉に逃げ出す。


「待ちやがれ!」


 追いかけようとすれば一体が立ちはだかる。すぐに核を奪い取って殺せばまた別の一体が。

 明らかに時間稼ぎをしている。ウィリアムには強化状態の時間制限も頭にある。だがその意識が逆に彼を焦らせ、ただでさえ頭に血が上っている彼から冷静さを奪う。ひたすら目の前のモンスターを殺し、追いかける。

 一分経ち、モンスターを全滅させたウィリアム。強化状態で気配感知が洗練されている彼はふと、テリジニウスの気配を捉えた。


「行ってくる! トマスに報告よろしく!」


 精霊たちを置いてけぼりにして駆け出すウィリアム。

 強化状態を解くことも忘れ、まっすぐテリジーノのいる場所へ。


『ようこそ、待っていまグァハ!?』


「バカか? 拳で突っ込んでくる奴がいたら普通ガードするだろ。何胸張って突っ立ってんだ」


『ふん、ここに来ている時点であなたの敗北は確定しています! そうですよね、父上』


『ああ、全て我が手の内』


 テリジニウスの後ろから別の影が。見た目は完全に人だがウィリアムには擬態だとわかる。


「誰だお前」


『俺はケロニフォル第一の実力者にして魔王カルカリア二十番隊隊長、序列五十七位のテリジニウス将軍。テリジニウスⅢ世ともいい、Ⅴ世の父親で……ん? おかしい、なぜ攻撃が来ない?』


『ち、父上……』


 ウィリアムは名乗りを上げているⅢ世ではなくⅤ世に馬乗りになり、殴りかかっていた。


『お、おのれ!』


 Ⅲ世は手を振って火炎をウィリアムに向けて放ったので、ウィリアムはⅤ世からどいて避ける。


『おお、Ⅴ世。大丈夫か? ちょっと、ウィリアム様! 名乗る者を攻撃してください!』


『父上、それもおかしいかと』


「こっちは制限時間があるんだよ。弱そうなのから倒すに決まってんだろ。……ていうかお前さ、今火炎出したけど、俺に攻撃していいの? 俺が手を出したのってお前の息子に対してだけだろ?」


『……ああ!? しまった……いや、たまたま火炎を放出したらその先にあなたがいたのです』


「いや、無理があるだろ。もしかしてお前って結構バカだったりする?」


 Ⅴ世は魔王配下とは思えない弱さだったが、Ⅲ世はウィリアムでも突っ込みたくなるくらい残念な頭脳に思える。


『む、聞き捨てなりませんな。ここにあなたをおびき寄せる作戦は俺が……ちょっと待ってください。カルカリア様から連絡来ました』


 尊大に語るⅢ世は何かを察知して懐から水晶玉を取り出して覗く。

 みるみる顔が青ざめていく。


『はい、はい。申し訳ございません。二度とこのようなことは。……ウィリアム様。俺が悪かったようです、攻撃してしまい、すみませんでした』


「そうだ、お前が悪い。息子との対決を黙って見ているんだな」


 突如連絡をしてくる魔王といい、それを普通に受けるⅢ世といい、敵を前にして妙に緊張感に欠ける光景だが、ウィリアムはそこは指摘せず、大義名分を得たとばかりにⅤ世を標的にする。

 Ⅴ世相手に使うこともないだろうと、既に強化状態は解いている。

 ウィリアムは先の戦闘で察知していた。あのモンスターたちを集めていたのはⅤ世で、その指揮に能力が特化しており、戦闘能力は低いと。

 個人の戦闘能力はせいぜいAランクといったところだ。彼がSランクモンスターとして、魔王配下として真価を発揮するのは後方での指揮である。

 ならば先程のウィリアムとトマスに挑んできたのは何だったのかという疑問が出るが、客観的な分析に従う。


『望むところです! 父上の助けがなくとも……』


『やめろ! ここはお前の戦場ではない! お前はあそこでモンスターどもを二方向から攻めさせ、この方をもう一人から分断。さらにこの方にはにモンスターの増援をぶつけまくり、頭に血が上ったこの方は止める者もおらず強化状態に――』


『ちょ、父上!?』


『――して時間を稼いで焦らせる。その後この方はお前の気配に気づき、こちらへ向かう。それでお前の仕事は終わり。強化時間残り僅かの状態で我々の前に来たこの方に俺が攻撃されて、それを俺への挑戦と受け取って正式にこの方と戦うという作戦のはずだ! つまりここは俺の戦場だ!』


『父上! ほとんど終わっているとはいえ作戦を大声で解説しないでください! あと最後の部分は既に失敗しています』


 息子が止めるのも聞かず、ペラペラ作戦を喋るⅢ世。

 作戦の立案はできてもそれ以外の頭のネジが飛んでいるのだろうか。


――やば、そういう作戦なんだ。まんまと嵌まっちゃったじゃん。偶然弱そうな方が目に入ったから攻撃したけどあっちを攻撃してなくて良かったー。


 ウィリアムはⅢ世のバカさ加減に呆れ、頭が冷えてきていたが、作戦解説により完全に冷静さを取り戻した。


「解説ありがとう! 心置きなくお前の息子を倒せる。行くぜ……なんだ、お前ら」


『お前たち……俺は良い部下を持った……感謝する!』


『このバカ息子! こやつらでは強化状態でなくともこの方の相手にならん。今のうちに迷宮内のモンスターを差し向けんか!』


『は、はい!』


 ウィリアムの前に十を超える数のケロニフォルが現れ、Ⅴ世を攻撃しようとするウィリアムの前に立ちふさがる。

 さらにウィリアムの下にモンスターが集められる。状況は最悪だ。一刻も早くⅤ世を討たなければならない。しかし強化状態になれる残り時間はせいぜい三十秒。間に合わない。


 ひとまずトマスと合流するべきであろうか。トマスならウィリアムの気配を察することができるので、ウィリアムがここにいればいずれトマスもここに現れるだろう。

 いや、そうすればⅢ世がトマスに襲いかかるはずだ。そうなってもウィリアムはトマスに加勢はできない。加勢すればⅢ世はウィリアムに襲いかかってくることだろう。その場合の勝率はゼロだ。もちろんトマスでも勝てない。

 トマスのためにも自分のためにも、今はここから離れなければ。とりあえず出口に向かうべきか。




『ふむ、逃げを選択か。それが最良の選択肢ですな。まあ既に手は打っておりますがな。おそらく逃げるのは出口。出口は封鎖済みよ』


 逃げるウィリアムを見てつぶやくⅢ世。

 ハーピーを倒した後にウィリアムが踏んだトラップは、Ⅲ世が仕掛けた迷宮の出入り口を潰すもので、ウィリアムたちが入ってきた道は塞がれている。転移ゲートがなければ内部からの脱出は不可能だ。

 さらにⅤ世に出口の前にモンスターたちを集めさせる。

 直接参戦できずとも、Ⅲ世はⅤ世に助言という形で作戦を与え、着々とウィリアムを追い詰める算段を立てていた。

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