第18話 嫌がらせ

「それで、三軍には今四十三人がいるはずですが、残りの十五人は?」


「は、はい、勉強があるからと十人が教室に。五人は二軍に」


「二軍?」


「ええ、三軍は教える者がいませんから」


「……わかりました。ではウィル、教室の十人と二軍の五人を連れ戻しなさい」


「え? 二軍も?」


「教える者がいないのなら二軍に行くのは無理もない。おそらく今までも有望な三軍は皆二軍で指導を受けていたのでしょうが……。今は指導役がいます。まずは乱れた規律を正す。例外は認めない」


 まあ今は任せるか、とウィリアムは連れ戻しにかかる。

 まずは教室へ。


「――だから、筋肉は遅筋と速筋があって、強い力を出したいのなら速筋を、持久力をつけるのなら遅筋を。速筋を鍛えればムキムキになる。無闇に筋肉量を増やしても体が重くなって動きが鈍くなるから注意。ジャンプ力を重視するなら身体全体の筋肉量を増やしすぎるのはやめた方がいい」


「私は女の子だし、あんまりムキムキにはなりたくないかな」


 教室では聞いていたとおり、十人が勉強をしていた。バレーボールをやっていた連中よりはマシなようだ。しかし今の女の発言は冒険者として甘くはないだろうか。


「おいおい、甘いこと言ってんなよ。冒険者にそんなこと気にする暇があるか? 死ぬぞ」


「え? 誰?」


 おそらく自分よりも年上だろうが、ウィリアムは女の考えの甘さが気になり、思わず声をかけていた。


「俺はウィリアム・オーウェン。トマス・アッテンボローと一緒にお前たちを指導しに来た。ありがたく思え」


「うわ、偉そう。こんな人が指導役? 確か、FAで移籍してきた人だよね?」


「でもトマスさんもいるんだろ? あの人、あまりいい噂は聞かないけど実力は一番だろ? ルイーズさんも昔は凄かったらしいけど今はあれだし、あの人に指導してもらえるんなら最高じゃないか? 」


 やはり意識は高い。実力ある者に教えてもらいたい気持ちは持っているらしい。ウィリアムが新人の時にそんな意識はなかった。

 自分で何でもできたからだが、最近になってパラベラの三人組から色々教わり、教えてもらう大切さは理解している。少々悔しいが、元の力を発揮できる強化状態でも教えてもらったことを活かせば以前よりも動きは格段に良くなったことから認めるしかない。


「まあ意識が高いのはいいけどさ、入団してもう三ヶ月なのに筋トレの基本を勉強しているのはどうなんだ?」


「私たち七人は魔法の一点を見出されて見習いとして採用されたの。体力系は専門外。でも最近になって体力も必要だってわかってきたから肉体採用の三人に教えてもらっているってわけ。そして私たちが三人に魔法を教えてる」


「僕らのことはいいでしょ。ウィリアムさんがここに来た用件を聞こうか」


「トマスから伝言。屋内運動場に集合だと。無愛想だけどお前らくらい真面目だとトマスも気に入りそうだし、仲良くしてやってくれ。屋内運動場にいた奴らは雷落とされたけど」


 そう言ってウィリアムは二軍へ向かう。


「変な人だったね。あの人の方が私より年下だろうに。生意気盛りで可愛い弟っぽい」


「お前、失礼だぞ。あの年でFA取ってウチに来てるんだ。相当な実力者だぞ」


「ふーん。まあ私、ベルニーサ大学出てるし、その分入団遅くなっただけだし」


「本当に実力あるんだったら三軍にはいないんだよ。あと学歴マウントやめろ」


「俺はあの人の目、好きだな。シンパシーを感じる。底辺を知っている目だ」


――丸聞こえだっつの。少しは声のボリューム落とせ。


 ボロボロの教室は隙間だらけで廊下にも声はよく届く。




「おら、適当にやってんじゃねえ! 見りゃわかるんだよ!」


 二軍に行くと、ライムや他の指導役の檄が飛んでいる。既に指導が始まっているらしい。


「お、ウィリアムじゃねーか。何しに来たんだ? あんまりいられると他の連中も嫌がるからとっとと出て行ってくれ」


 少し顔を出しただけなのにすぐにライムが気づく。チャラついていて人を馬鹿にするような男だが根はしっかりしているのだろう。油断ならないとウィリアムは身構える。


「三軍の人間がいるそうじゃないか。返してもらおうか」


「あー。悪いがこいつらはウチで指導する。三軍の腐った水に浸からせられるか」


「それとさ、俺たちだけじゃないだろ、三軍担当」


 ウィリアムはライムの話は無視し、もう一つの用件を伝える。既に他の二軍の人間も手を止めてウィリアムたちの様子を窺っている。彼らにも届くように声を響かせる。


「……そうだな。ランさんとアンドレさんも担当だ。あの人たちがお前が返せという三軍の人間を指導しているんだ。安心して帰りな」


 この空気、ウィリアムがミナクスから出て行くときに感じたものと似ている。あのときと同じ、明らかに侮蔑の感情が見えている。それも二軍の人間たちから。

 確かに年はこの中でも下の方で、知られてはいないが弱体化もしている。

 それでも会ったこともない二軍連中にバカにされる筋合いはないと、ウィリアムは周りを睨み付ける。


「そうだな、もし返して欲しければ俺と決闘しろ」


「あ?」


「そうだな、それはいいかもしれない」


「ライムに勝つくらいでないと」


 口々に賛同する他の指導役たち。止めようとしないあたり、考えていることはわかる。やはり嫌われているのだ。会ったこともないのに。

 ウィリアムはここで一息深呼吸する。最近は沸点も少しだけ上がってきたのだ。

 そっちがその気ならこっちは――。


「断る。俺はルール無用のクズだ。決闘なんてばかばかしい。第一なんでお前のやり方に従わなきゃいけないんだよ。俺は俺のやり方を通すんだよ」


「おいおい、逃げるのか?」


「……そんな使い古された挑発、効くとでも思ったか?」


「いや、思いっきり効いてるだろ」


 ウィリアムは言葉とは裏腹に氷塊を出現させて放っていた。やはり挑発にはまだまだ弱かった。二軍生は無詠唱で氷塊を放ったことに驚いているが、これくらいはコルバーチの一軍なら造作もないことである。


「おいおい、二軍ども。これで驚いているようじゃまだまだだ。こんなの簡単に避けられるぞ」


 ライムはと二軍生にそう声をかけながら氷塊を避け、改めてウィリアムを見据える。


「その攻撃、決闘を受諾したと見なしていいな」


「よくない。今のは手が滑っただけ」


「そうか……じゃあ俺も手が滑ったー!」


 ライムはウィリアムに殴りかかる。ウィリアムはたちまち吹っ飛ぶ。


――――――


「おい、そんなもんかよ。弱いねえ」


 ウィリアムは起き上がらない。周りがざわつく。いくら何でもやり過ぎなのではという空気を察し、ライムは仕方なく様子を見に行く。死んだふりの可能性も警戒して。


『あー、ライメルの攻撃きついわー。体が丸太になっちゃった。すっごーい』


 そこにはウィリアムの姿はなく、服の中には丸太があった。そして服の上には明らかにライムを馬鹿にした書き残しが。


「人間が丸太になるわけねーだろ! 第一俺はライムだっつの」


 怒りに丸太を踏みつけると、足下が崩れた。落とし穴がいつの間にか作られていた。


『ラインムさんすごーい。踏みつけた衝撃でこんなに深い穴掘っちゃったんだー。出られる?』


 穴の底にはまたしても書き残し。

 完全に己の行動を読んだ挑発にライムは苛立つ。


「はあ、くそ。卑怯者! どこ行きやがった!」


「おい、ライム! これは……」


『ラッキョウ欲しいならあげるよ』


 三軍生たちがいたところには、代わりに妙に大きなラッキョウが置かれていた。

 いつの間にか三軍生たちの姿はない。ラッキョウには人の顔らしきものが描かれている。未就学児が描いたような頭足人の絵に挑発文が添えられており、ライムの怒りが爆発した。


――――――


「バーカ。お前の行動なんざお見通しなんだよ。決闘する以前に俺の手のひらの上じゃねえか」


 ライムが大騒ぎしている頃、既にウィリアムは五人を連れて三軍に戻ってきていた。

 殴られる直前に腕輪の力を使って強化状態に。身代わりをはじめ、ライムが踏むであろう仕掛けと、挑発の書き残しを用意して、他の指導役が気がつく間もなく三軍生を自分の下に。見事にライムは全て引っかかった。


「ちょっ、離せ! だれだよお前」


「俺はウィリアム・オーウェン。三軍指導役。三軍生は三軍で指導受けろ」


「……嫌だ。あんな腐った人間しかいないところで。自分まで腐る」


「拒否権はない。全権は俺たちが持っている。上官への命令違反は処分対象だから」


 文句を言う五人を無視してトマスの前に引き出す。


「おかえり、ウィル。ずいぶん遅かったですね」


「ああ、ちょっとむかついたからラッキョウを置いてきた」


「いや、意味分からないんですけど」


 経緯を説明し、そんなことに力を使うなと怒られたが、五人を一度に連れて行くにはこうするしかないと言って何とか納得させた。

 さらに他の三軍担当の指導役たちが二軍内で五人の指導をしていたことを言えば、トマスは激怒した。

 三軍の全権を持つ者として、この指導役たちは閉め出すことを決定。そんなに二軍がよければ二軍で指導していろと通達している。


「さて、これで準備は整いました。始めますよ」


「わかったあ!」


「いい返事です。それではウィル……あれをつまみ出せ」


「ほーい。さあ、出て行きたまえ。二人はお疲れ様」


「やだあ。ウチは指導をするぞ」


 どこから侵入したのか。パラベラの三人組がいた。もっとも、元気なのはテムニーだけで二人はげっそりしている。同情するしかない。

 ウィリアムが出て行くように促しても聞く耳を持たない。


「いい加減にしないとこの事実を連邦ギルド協会に報告しますよ。たとえあなたであろうと協会で処分が下されればもう何もできませんからね」


「……これは本気でまずいです。テムニー」


「やだやだやだ! ならウチは報告される前にこいつを消す!」


 テムニーの場合冗談にならない。トマス以下実力者四名は構える。

 テムニーは悪魔、ドラゴン、その他使い魔化させたモンスターを呼び出した。

 三軍施設はこのとき壊滅した。




「……なにこれ、どうなってるの? トマス」


「ルイーズ、どうしたもこうしたもない。パラベラの問題児ですよ! 施設を崩壊させられるなんて。怪我人がいないのが奇跡です。しかるべき措置を求めます」


 四人がかりでテムニーは捕らえられた。吹っ飛んだ建物から起きてきたルイーズ。惰眠を妨害されたことに機嫌を損ねているが、トマスの主張を聞いて、さらに面倒くさそうな顔をしている。


「えー、まあ面倒事の責任全部トマスが持つならいいけど。全権委任されているんでしょ? 施設内に侵入された失態はどうするの?」


「それって私の失態になるんですか?」


「なるんじゃない? 施設を守る義務が施設長にはあるんだけどそれも委任されてるんでしょ?」


「は? いやいや、どう考えても責任は――」


 責任の所在について、トマスが語ろうとしたとき、上から紙が降ってきた。

 紙には


『三軍育成の失敗にいかなる理由も認めない。失敗したら二人とも減給ね。もしたまたま別ギルドの子と居合わすことがあったら協力してもらいなよ。じょせふ』


 と書かれていた。


「あのクソ親父! 何たまたまって! 絶対知っていただろ! もっと早く言えっての!」


 荒ぶるトマス。


――なんだ、これ。減給……。


 ウィリアムは減給の文字を見て、既に立場をジョセフサイドに切り替え、テムニーの縄を解こうと動く。


「やめろウィリアム! 君の給料は――」


『あ、私は協力すること許可したからね。何かトラブルがあって、建物が壊れたりなんてことはないと思うけど、万が一にもそうなっちゃったらトマスの責任ね。じょせふ』


 また紙が降ってきた。


「いつこの手紙を書いているんですかね。すっとぼけやがって! いいでしょう、やりましょう。ウィル、縄を解け。三人には嫌でも付き合ってもらう。それであの親父を殴ってこの件を終わらせてやる」


 トマスはとっくに怒りの沸点を超えている。さらに燃料を投下されて沸騰は激しさを増しそうなものだが彼は静かに告げる。怒りを抑え込んでいるらしい。


「この状態は火山のマグマに熱せられた地下水に等しいです。高い圧力で沸点を上昇させていますが、いつ爆発してもおかしくない。爆発させないためには少しずつ冷やすしかありません。これ以上火力を上げたり、誰かがつついて圧力を急速に下げるようなことがあれば即ドカンです」


 ランスがトマスを火山の水蒸気噴火に例えている。面倒くさい。


「わかりましたね。ゆっくり、冷えるのを待つのです。これ以上怒らせるようなことをすれば」


「待て、ランス。その説明だとバカ二人が物理的にトマスくんを冷やしにかかる」


「心外だな。俺だってものの例えくらいわかる。テムニーだってさすがに……」


「おい、離せ。ウチはあいつを冷やすんだ!」


「そうはいかないよ、テムニーちゃん。さすがのあたしもこれ以上は看過できないな」


 テムニーは言葉通り、物理的にトマスを冷やそうとしていたが、構えたところでルイーズが止めていた。


「え? あの人、テムを止めてる? 嘘でしょ?」


 テムニーの実力を知る者は、テムニーの暴挙よりも、それを止めている女の力に驚く。


「……それだけの腕があるんですから反省して現場に戻ってくださいよ。なぜか私よりも人望あるし」


 爆発寸前だったトマスまでこの光景を見て急速に冷めてしまったらしい。結果的にルイーズの介入によって場は収まった。


「今さら現場復帰なんて嫌だね。ダラダラしていた方があたしらしい。あたしのダラダラを邪魔したこの子は放っておけないだけ」


 変なゴタゴタはあったが、指導役が増えて育成は当初より順調に進む、かもしれない。ルイーズもテムニーに平穏を侵されると困るということで最低限の協力はしてくれるという。

 施設は破壊されたが元々碌な状態ではなかったのだし、なんとかなるだろうとトマスたちは切り替える。


「お前たちには少々見苦しいところを見せてしまって申し訳ありません。我々六人がお前たちをこの一週間みっちり鍛えるから安心してください。二軍の連中とギルド長に一泡吹かせたいし、私は本気ですからそのつもりで」


 トマスは珍しく威厳を持って全三軍生に向かって話をしているのだが、


「おい、あの三人ってまさか……」


「ああ、パラベラの悪魔じゃね?」


「私たちどうなるのかな……」


 三軍生はトマスの話よりも、隣にいるルーシーたちに注目していた。無理もない。テムニーの悪行をつい先ほど目にしたばかりなのだから。

 トマスは三軍生を三組に分けた。一組は二軍にいた五人。二組は自主的に勉強していた十人。三組が残る二十五人。

 トマスは嫌われているので担当は設けずに総監督として現場を見て適宜指揮を執るということにし、ルーシーが一組、ランスが二組、ウィリアム、テムニー、ルイーズの三人が三組を担当することになった。

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