第17話 オンボロ施設への派遣

 翌日、素面に戻り、昨日の自身の醜態を思い出したウィリアムはショックを受けていた。


「なぜだ。俺的にはあの三人の中での好感度は高い方からルーシー、ランス、テムニーの順番のはず。なぜ俺は二人を突き放してテムニーを甘やかしてしまったんだ……」


「後悔するところそこですか!? 彼女に意味不明なこと吹き込んでいたところとかは!?」


「は? あれのどこが意味不明なんだ? 俺もテムニーも恋愛感情一切なし。最も美しい心を持っているだろ?」


「やっぱりそこは本心だったんですね」


 酔っている状態のウィリアムは、人間の好き嫌いの基準として、心と体の柔らかさに比重が偏っていた。

 結果、素面の時に評価していたルーシーたちの指導力やクズを貫く姿勢がほとんど反映されておらず、二人は心が硬く汚く染まった嫌いな人間という認識になり、心が柔らかったテムニーと好感度が逆転してしまったのだ。




「昨日は悪かった。俺はべつに二人のことはそこまで嫌ってないから。人の弱みにつけ込む以外のクズなところは見習いたいと思っているから今後も適当に付き合ってほしい」


「んー、私たち謝られているっていうより罵られていないかい?」


「そんなことはない」


 ウィリアムは今日から始まる指導に行くついでにルーシーたちの泊まる宿に行き謝罪した。

 あまり謝罪のような態度ではないのは、ウィリアムのルーシーとランスへの感情が、好きと嫌いが入り乱れる、複雑なものだからだ。

 自己中心的な性格はウィリアムもそうなので良いのだが、それが過剰になり、人の弱みにつけ込むところは本当に嫌っている。

 一方で、師匠として教えてもらったことが弱体化したウィリアムを救っているのも事実。これらを足し引きすればやや好きに傾くが、そんな単純な話ではない。

 必要以上に二人とは関係を築いてはいけないという心理がウィリアムの言葉選びを間違わせている。


「それで、ウィリアムはこれから予定あるの? うちはもっとウィリアムと一緒にいたいぞ」


 後ろに控えていたテムニーは三人の微妙な空気を読むことはしない。

 それは微妙な空気を作り出してしまったウィリアムにとってありがたいことなのだが、それはそれ、これはこれ。

 酔っ払ったときは別だが、ウィリアムはテムニーを苦手としている。故に、


「若手の指導。面倒くさいけど。まあそういうことだから一緒にはいられないし、帰った方がいいんじゃない?」


 若手指導をこれ幸いとばかりに利用して帰還を促す。二日後なのだから時間的にはやや余裕があるがそれは隠す。


「若手って、君も十分若手だろ。まあいいや、テムニー、残念だったね。次からは予定を聞いてから……」


 ウィリアムの予定を聞いたルーシーも便乗して帰還を提案しようとするが、


「ならウィリアムの指導ってやつにウチらも参加するぞ」


「は?」


 テムニー以外の全員が困惑している。指導に他ギルドのメンバーを入れるなど前代未聞である。絶対に受け入れられるものではない。

 そもそもウィリアムはテムニーのことを、性格が悪魔なルーシーとランスを締めて、自分に協力させてくれる強い女としか認識しておらず、一緒にいたい存在ではない。

 さっさと断るとテムニーにひっつかれたので振り払って飛び出す。


「ウィル、どうしたのですか?」


「テムニーに追跡されないように逃げるぞ、急げ! なんで俺にあいつは執着するんだよ!」


 外で待っていたトマスを引っ張り、駆け出す。後ろを振り返ると二人を引っ張り、ドラゴンを呼び出すテムニーの姿が。


「あいつ何やってんの!? 街中で使い魔とはいえドラゴン呼び出すって! 心純粋だと思ってたけどただの常識知らずじゃねーか! やっぱパラベラって悪魔ばっかり!」


「一応連邦のギルド協定には違反していませんけど、コルバーチであんなことやったら謹慎、最悪永久追放食らいますよ。どうなってるんですかパラベラの規則は」


 二人して突っ込みを入れながら、トマスの隠密魔法を使ってテムニーの追跡から何とか逃れた。

 街中はドラゴン出現という通報により大騒ぎになっている。市の条例で不必要に使い魔の召喚や魔法の使用をすることは禁止されている。だがあの連中が捕まるはこともないだろう。

 むしろ捕まってしまえば自分たちまで関係者と疑われかねないので、そのままどこかへ行ってくれと思っている。


「これからどうする? 昨日は全然詰められなかったけどさ、泊まり込みで指導するんだろ? メイも連れてく?」


「いえ、それはやめておきましょう。話を聞く限り、他の指導役と同室になるということですから」


 指導期間は一週間と言われている。メイも最近は一人で街を歩けるようになった。ただ慣れ始めが一番危ないのも事実。

 メイはついこの間、寮への侵入経路に人がいるのに気づかず、捕まりかけたことがある。ウィリアムとトマスは常に誰もいないか確認しているがメイはその意識がやや希薄で、一週間も空けておくのは危険すぎる。

 街の中では、メイとはあくまで私的に交流しているだけということになっているので、街の中が今では一番安全かもしれない。


「一週間はメイに街で過ごしてもらうか? 宿に泊めてもらえばいいだろ。宿代はトマスが出すってことで」


「……はあ、わかりました。では一度戻ってメイさんに話をしましょう」


 指導期間中、メイは育成施設の近くの宿に滞在することになった。

 近くならば目が届きやすいというのもあるが、育成施設の辺りは市街地からも離れており、メイの顔を知る者が少ないというのもある。

 トマスは高めの宿を選んだり、精霊を一体護衛につけたりと、メイへの配慮を欠かさない。

 実体化していないとはいえ、精霊を私的な理由で召喚するのは条例的にグレーゾーンな上、そこそこ魔力を消費するのにもかかわらず。


「なんか、メイのこと甘やかしすぎじゃね?」


「何言ってるんですか。女性相手には当然のことです。ましてメイさんはただの女性ではなく……」


 ウィリアムは不満を口にしようとしたが、面倒な説教モードに入りそうだったので引き下がらざるを得なかった。




 そして万全の準備をしてウィリアムとトマスは育成施設に向かう。施設は丘の上にある。徒歩での移動がやや面倒に思うくらいには高く、メイの泊まる宿はもちろん、だいぶ離れた場所にあるコルバーチ本部も見える。


「立地はあんまりよくないけどさすがに広いし、建物はでかいな」


 ティターンズ二番手のギルドとなれば育成施設も充実している。総合大学くらいの規模はあるように見える。


「実際に見ると、本部の方が設備は簡素だな。変な感じ」


「まあ本部は事務作業がほとんどですし、冒険者が大人数で行動するのは育成課程だけですから。一軍にこれほどの規模の施設は不要です」


 もちろん一軍が望むものは全て整えられているので文句はないが、あまりの充実ぶりに少しだけ圧倒されてしまうウィリアムであった。

 巨大ギルドである以上、ウェーバー方式のドラフトで世代最高の新人を獲得することはできないので、育成に力を入れるのは当然といえば当然だが。


「そんなに驚くなんて、ミナクスは違うのですか?」


「弱小は一軍と二軍の区別も曖昧なんだよ……」


「あ、なんかすみません」


「でもこれって二軍の育成施設だよな? 確か三軍と本契約前の見習い冒険者の施設は……」


 隣にあるオンボロの施設。木造で隣と比べて時代が二百年ほど遅れているような、そして大きくても二階建てで吹けば飛びそうな建物たち。それが三軍と見習いの育成施設。

 確かに二軍と三軍で扱いに差をつけることで発破をかけるというのは別のギルドでも使われている手法だが、いくら何でも差をつけすぎではなかろうか、と引き気味のウィリアム。


「はは、まあ私は三軍の経験はありませんが二軍時代に隣を見てて少し同情していましたよ。初めて見たときは本当にこれが育成施設なのかと目を疑いましたし」


 トマスの反応を見るに、ウィリアムの感覚は間違っていないらしい。あれは育成施設ではない。


「お待ちしておりました。よろしくお願いします。トマスさん、ウィリアムさん」


 二軍の門の前に立つと、すぐに初老の男が現れ、頭を下げてきた。たしか、育成施設総施設長のアマスト・ルルである。


「お久しぶりです、ルル総施設長。こんな嫌われ者でもいいのなら喜んで協力しますよ。私たちはどこに行けば? 荷物を置きたいのですが」


「その……申し上げにくいのですが三軍へ……」


 場を沈黙が支配する。


「あの、荷物を置きたいのですが……」


「ですから三軍へ」


 何かの間違いと言うことではないらしい。三軍を指導するだけというのならまだわかるが、生活もそこで送れという。

 コルバーチトップの実力者であるトマス及び期待のFA戦士ウィリアム(バレていないだけで弱体化しているが)に対して許される仕打ちであろうか。


「今すぐギルド長に連絡を」


「それが……ギルド長の指示です」


――あの親父何考えてるんだ?


 二人して遠方に立つコルバーチ本部を睨む。何が狙いなのかわからないが「ほっほっほ」と笑う姿が容易に想像できた。


「あいつ……! 一発殴ってくる!」


「……いけません。悔しいですが我慢です。終わってそれでもちゃんと説明がなければ殴りましょう」


「おーおー。三日前はどうも、お二人さん」


 ふと、二軍施設から声が聞こえ、サングラスの¥に帽子を被った男が出てきた。ニヤニヤと笑いながらウィリアムたちを見ている。


「……二軍の人? それにしちゃ偉そうだな」


「ライムだよ!」


「ライム……ああ、ライム・ホーキンスか」


 ウィリアムはライムについて、写真で見た顔を覚えていただけなので、サングラスをかけられるとわかりにくい。


「でも三日前って、どこかで会ったか? お前とは初対面のはずだが」


「おい、人に殴りかかっておいて忘れるか!? 酒場だろ!」


「あー、」


 直後に酔っ払っていたこともあり、ウィリアムはすっかりライムとの一悶着を忘れていた。

 記憶の片隅に嫌な奴に会ったというようなことが残るのみだったが、言われてようやく思い出した。


「何でお前がここにいるの? 二軍落ち? だっさ」


「違うわ! ここの指導を頼まれたんだよ。面倒くさいけどお前たちも呼ぶって聞いて引き受けたぜ。お前らが三軍で俺が二軍担当って条件で」


 ライムによればジョセフはコルバーチの戦力底上げを狙っていて、主力クラスの人間数名が招集されて指導に当たるらしい。三軍を担当する者もいるが、彼らも生活の場所は二軍だという。

 ウィリアムたちだけが三軍に行けということだ。


「つまり俺たちへの嫌がらせ……。トマス、何恨まれるようなことしたんだ?」


「いや、あなたの方が嫌われていますよ」


「両方嫌われてるんだよ! みんな同じ施設では生活したくない。百歩譲って同じ三軍で指導するのはいいけど同じ屋根の下で寝るのはでは嫌だとさ。お前らを三軍で寝泊まりさせないと全員指導を断るってよ」


 嫌われすぎである。あまりの嫌われっぷりにトマスはショックを受けている様子。自覚していてもこれほどまでとは思っていなかったのだろう。


「トマスはともかく何で俺まで? そもそも連中とまともに会話したことないんだけど」


 一方、ウィリアムは純粋な疑問を口にした。たしかにミナクスでは嫌われていたが、コルバーチで嫌われている自覚はない。

 嫌われていることを知ってショックは受けないが、視聴者からの好感度まで無自覚に下がっていると今後の中継にも関わる。もし原因がわかるなら修正しなければならない。


「だからだろうが。普通先輩には挨拶くらい行くもんだ。偉そうに入団してきて、挨拶もせず、嫌われ者のトマスさんと組んでりゃお前も嫌われて当然だろ」


「なるほど、そういうものか。参考にしよう」


 ちゃんと話してくれる分、ライムはまだ好意的だと、ウィリアムは少しだけライムへの評価を変える。ジョセフが他の者と交流するように忠告していたのもこのためだったのだ。

 とはいえこれはコルバーチ内部の問題。中継の視聴者目線で先輩への挨拶がどうかは好感度にほとんど影響しないので今後改める気はさらさらない。そもそも改めたところで既に手遅れである。


「まあいいや、俺らが邪魔だってんなら帰るよ。さいなら。嫌がらせは低レベルな連中で勝手にやってれば?」


 ウィリアムはこんなことでオンボロ施設に寝泊まりさせられるんだったら帰ろうと提案し、トマスもそれに同意する。

 そのとき、ルルが声をかけてきた。


「お待ちを。ギルド長から言伝です。もし三軍を著しく強化することに成功すれば一億のボーナスを与えるとのことです。また、お二人には三軍指導の全権を委任するということですから」


「やろう」


 ウィリアムはトマスに確認をとることなく三軍行きを承認した。

 ルルもほっとした様子で職員に荷物を運ばせている。ライムは二軍との対決があると告げ、そこで叩きのめしてやると、自信満々に去っていった。


「どういうおつもりですか。……ウィリアム・オーウェン!」


「俺は金銭欲に忠実な男だ。だが金の亡者じゃない。俺自身の欲に忠実なだけで金に忠誠は――」


「誰も金の亡者の話は聞いていません! ウチの三軍の実態を知らないのですか? 育成課程の冒険者を抱えている以上、二軍よりも数が多い上に生意気盛り。実力は一般人レベル。少し前のあなたのような人間がうじゃうじゃいるんですよ」


「それは……嫌だな」


 ウィリアムは自分が大好きな人間だが他人となれば関わりたくない。

 だが金の方が大事だ。


「あ、べつにこれは金に支配されてないからな? 損得勘定で得な方についただけだから」


「誰も何も言ってませんよ?」


 いざ死地へ、と三軍の門を――門などなかった。おそらく門であったであろう構造はあるが、朽ちていて原形をとどめていない。

 横から木の枝が伸び、草がぼうぼうに生えて地肌が見えない道の先にボロボロの建物。ツタに覆われている。

 建物の中に入れば木造建築の床はギシギシと音を立てる。寝室へと向かう途中、冒険者たちの部屋を見たがまあ汚い。


「あー、いらっしゃい。三軍施設長のラムでーす。あ、荷物そこに置いといて」


 あろうことか三軍施設長と同室だった。部屋も冒険者たちほどではないが綺麗とは言い難い。

 しかし施設長すらこの扱いとは、一体何者なのか。

 ウィリアムがその疑問を口にすれば、


「彼女はルイーズ・C・ラム。私と同年に入団した冒険者でした。それもドラフト全体三十六位、つまりコルバーチの一巡目です。ですが、賭場に出入りしていたとかで契約解除。それでもコルバーチに留められ、三軍施設長に左遷されたと聞いています」


 まあこの扱いを受けても仕方ないと思わせるだけの人間だった。三軍施設長とは誰もやりたがらない閑職。施設長としての権限も特にないらしい。


「俺たちが全権委任されたのはそういうわけか」


「ルイーズ、あなたはまだこのようなところで腐っているのですか。早く復帰してください……」


「やだ。一回怠惰に堕ちるともう上がれないんだよね」


「そんな……」


 トマスは久しぶりに会ったらしいルイーズの醜態にショックを隠せていない。全体三十六位とはいえ同期のドラフト一巡目だ。相当尊敬していたのだろう。


「まあ二人に完全に任せるって言うのも無責任だから最低限教えてあげられることは教えてあげる。何か質問は?」


「じゃあ聞くけど、三軍って発破かけるためにあるんだろ? 施設はボロくても指導は真面目にやるんじゃないのか?」


「そりゃ、期待の若手だったら二軍で育成するし。三軍は戦力外間近か、ダメ元でとったような人たちがいる場所だもん。教官だって質は悪いよ」


「ギルド長の狙いがわからない……。なぜ今になって三軍を強化する気になったのか。反面教師として残していたのではなかったのか?」


 まさか三軍がここまで腐っているとは思ってもみなかった。これを改善しろというのか。

 そもそも今は勤務時間のはずなのにこの施設長は寝室で寝転がっている。


「施設長室はどうせ誰も来ないし。やる気ある子は自分で努力するし、あたしはここで寝るだけ」


「ウィル、行きましょう。三軍生たちの様子をまずは見なければ」


 先程見た部屋に冒険者はいなかった。ならばどこにいるのだろう。

 ボロボロだが敷地だけは広い。せめて運動くらいはしていてくれと外の運動場に行ってもいない。屋内の運動場かとそこに向かう。やはりというかボロボロだった。

 中に入ると――


「おら、レフト!」


 バレーボールをしていた。

 運動は運動だがあれはどう見ても遊んでいる。


「おいお前ら! 指導しに来たぞ! おとなしく言うことを聞きやがれ!」


「ちょ、ウィル、いきなりそんな。こういうのはもっと優しく……」


「いいか、まず腰が高すぎるんだよ。腰を落としてもボール拾いに行けるくらい鍛えとけ」


「何バレーを指導してるんですか! 違うでしょ!」


「いや、見てたら動きがめちゃくちゃどんくさかったからつい」


 そう言いつつも華麗にジャンプサーブを決めて瞬く間に連中の心を掴んだのだった。


「ええ……。おかしいでしょ。ジャンプサーブってあなたの身体能力でやるには……」


「俺、バレーボールだけは前から自分の努力でセンス磨いていたから。あいつに呪われようと奪われずに済んだんだ。まあ筋力落ちて体のバランスも崩れたから、確かにちょっと前まではできなかったんだけど。体幹鍛えたのが最近になってようやく効果出てきたかな」


 ウィリアムと年が近いであろう三軍生は駆け寄って教えを請う。ウィリアムは本来の目的を忘れ、本格的にバレーボールをし始めた。

 彼らの行動により、トマスの怒りは、その高い沸点を超えようとしていた。


「おい、お前たち、静まれ」


 ドスの利いた声が響き、その場にいた二十九人は凍り付いた。


「先程からコルバーチ最高の冒険者を前にして挨拶もなしか? 無礼も大概にしないか! 私の言葉はギルド長の言葉と知れ! 一切の反論は許さない!」


「おい、トマス」


 凍り付いていた一人だったが、いち早く抜け出してトマスに意見しようとするウィリアムだったが、


「あなたもあなただ! 私を巻き込んでおいて何をしているのか。あなたも私の指示に従った指導をしてもらう」


「あー、はいはい。承知の助」


「お前たちも返事!」


「は、はい!」


――あー、こりゃトマス嫌われたな。馬鹿か?


 トマスは場の主導権こそ握ったが恐れから来る支配だ。今は従っておこうとは思ったが、ウィリアムとてあまりいい気持ちはしない。

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