第3話 ボロはすぐに出る
「それじゃあ迷宮に入りますけどウィルくん、その子、頼みますよ?」
未だに起きないメイ。置いていこうとしたら、迷宮の前で女を置いていくのはさすがにまずいとテムニー以外が連れて行くように話したため、仕方なく背負っている。
そんなこと言ったら馬車を置いていくのもそうなのだが、馬はテムニーの使い魔だったらしく、お札の中に入っていった。
ウィリアムはこれを見て「おお」と素直に感心した。お札ということは相当高度な腕を持つ証拠で、普通は特殊な結晶石に使い魔は入れておくものだからだ。
「足手まといは困るから、背負っていて遅れるようだったり、戦闘になって邪魔になったりしたときは捨てて」
テムニーは反対こそしなかったが辛辣に言う。ちょっとだけ同情する。いや、同情している場合ではない。迷宮の中で放置は契約違反を問われかねない。例え彼らに置いて行かれようと背中の少女を置いていってはいけないのだ。
迷宮の入り口付近は三人のおかげで難なく進むことができた。しかし明らかにウィリアムの力が三人に劣っていることを察されるには十分だった。
「ねえ、なんか、あの子、弱くない? 本当にコルバーチのウィリアム?」
「僕の記憶にある顔は一致しているし、身分証も偽造されてはいません。しかし彼のミナクス時代の映像を見たことがありますがこんなものではなかったはず。隠しているのか、あるいは……」
――本当に俺、弱くなっちゃったんだな。全然ついていけないなんて。
今まで他人と行動を共にするときは常に先頭を行き、リードしていたウィリアムにとって、他人から後れをとることは屈辱であり、弱体化を強く意識させるものであった。そこに遅れることの申し訳なさはない。純粋な屈辱だ。
「あのさあ。それで本気? ウチの二軍でももっと動けるんだけど。邪魔だから帰って欲しいなあ。二人もさ、実力がわからない人間を噂や報道だけで判断してウチの仕事に連れてこないで」
パラベラは弱小なので一軍未満は二軍しか整備されていないが、それにも劣ると言われている。
短気ではあるが、事実を指摘されて当たり散らすほど愚かではない。
――この背中のお荷物のせいだけどな! とっとと起きやがれ。
いや、矛先を元凶に向けて当たってはいる。
「ウチの指摘したこと、まだわかってないみたいだね。能力以前に戦い方も素人のそれ。戦いのセンスもないの」
「何?」
どういうことだと意味を問うがそんな暇はないと踵を返して進んでいくテムニー。ついていけば足手まといだから帰れとまで言う。
「ま、まあまあテム。ここまで来ちゃったんだし、さすがにこの子一人で帰すのは……。たぶん死んじゃうよ? あなたは気にしないだろうけど私たち二人はさ……」
恐る恐る、テムニーの機嫌を伺いながらウィリアムをフォローするルーシー。
悪魔の如く人の弱みにつけ込む性質はあっても命に関わることはしないらしい。それはランスも同じで、本気でウィリアムとメイを心配しているようであった。
「……そう、わかった。でも二人ともウチのサポートを優先すること。あなたも、二人に免じて帰れとは言わないけど、何のフォローもないから。ついてくるなら勝手についてきたら?」
不機嫌そうな態度を隠さず、場の空気を冷やしながらテムニーは先へ行く。慌てて三人も続く。
しかし現在のウィリアムの体力はだいぶ低い。筋力も落ちているのでメイを背負いながら進むのはもう限界だった。次第に三人から遅れていき、ついにはぐれてしまった。
三人を責めることはしない。ランスなど、時折ウィリアムの方を気にかけるように振り返り、申し訳なさそうに進んでいた。いい奴なんだか悪い奴なんだか。
「うう。ここどこ?」
ようやくメイが起きた。相変わらずの間抜けな声に抑え込んでいたウィリアムのイライラが一気に噴出した。
「お前、いつまで寝てんだよ! お前背負ってたせいで迷宮の中に取り残されちまったじゃねえか」
指を差してメイを責める。
「え? 迷宮?」
迷宮という言葉を聞いて、寝ぼけていたメイはハッと目を覚ました。
「そうだよ! あの性悪どもにお前のせいで弱くなる前の俺の力を信じられちゃってさ。否応なしに参加させられて俺が弱いってバレたらとっとと置いていかれたよ」
一通り気絶していた間のことを説明され、状況がわかったメイは泣き出した。ウィリアムが泣きたいのはこっちだとか、お前のせいだ、と怒る気も失せるくらい惨めに。
迷宮の恐ろしさはメイもよく知っているようだ。何でも彼女の母親が配下を派遣しているとか。
とにかく出ないと、と慌てて走り出そうとするメイの後ろ襟を掴んで引き倒し、この状況をどう乗り切るか考える。
ここまで来てしまったが、迅速に戻るか、三人を追いかけるしかない。今のウィリアムが戦って生き残れる場所ではない。
――俺の力を一時的に戻せば……うん?
鱗の力を取り込み一気に逃げようとしているウィリアムの目に、字が書かれた壁が映った。
『僕たちは左』
『足下トラップ注意』
『潜んでいたモンスターは倒した』
おそらくランスが書き残した目印であろう。性悪のくせに妙に気が回る。
とはいえ純粋な親切心からではなく、いい強請先と見込んでのことだろう。
「こんな目印残してもらって帰るなんてなんか申し訳ないような……なーんて、知るか! あいつらの魔の手から逃れられるならさっさと帰るに限る。来い俺の力! ……あれ?」
<詠唱をどうぞ>
腕輪の力を使おうとしたウィリアムの頭に流れ込んでくる謎の言葉。腕輪からのものだ。
――は?
<力を渡して欲しいならそれっぽい詠唱をどうぞ。その方が渡す側はやる気が出るので>
「誰なんだよお前は。ええい、チクシュルーブ!」
<制限時間、二分三十秒>
求められたネーミングはさておき、ウィリアムは二分三十秒限定の力を使うことを腕輪から承認された。なぜ承認がいるのか、メイとの契約の際にそんな条項はなかったはずだが。
「おお、この体が軽くなる感じ、数時間ぶりだけどすごく懐かしいような! おかえり、俺の力。と、感動はこれくらいにして……メイ、とっとと外に出るぞ! 掴まれ……」
「……ん?」
力を体に入れ、失われたものが戻ってくる感覚に感動を覚えながらも、目的を忘れずにメイの方を見たとき、メイはランスが忠告していたトラップを踏んでいた。
足下に魔法陣が出現し、二人を飲み込む。
「はあ!? 何やってんのお前!? 文字読めないの!?」
ウィリアムは激怒した。必ず、かの無学文盲の少女を除かなければならぬと決意した。
いつか、必ず、と思いながらウィリアムは魔法陣に沈む。
「それで、ここどこなんだよ?」
放り出された先に大量のモンスターが待ち構えていたが、今なら殲滅は容易だった。これが彼の本来の実力なのだが、弱体化した状態で過ごす時間の方が今後は圧倒的に長くなる。腹立たしいことだが強化状態と呼んで差し支えないだろう。
大量のモンスターに囲まれたことで再び気絶したメイを抱え、残された一分三十秒を使って何とか脱出の道を探すことにした。
「たく、起きていて欲しいときに寝て、起きたと思ったらトラブル引き起こすし、どうしようもねえな。また寝てるし。まあいいや、もうずっと寝ていてくれ」
道行くアンデッドを押しのけ、跳ね飛ばし、ウィリアムは黒い風のように走った。通路内に再び現れたモンスターの群れ、そのまっただ中を駆け抜け、ゴブリンを仰天させ、スライムを蹴飛ばし、トラップを飛び越え、少しずつ減ってゆく残り時間の、十分の一も使って走った。
走っていて止まったのは出口が見つかったからではない。目の前にモンスターが立ちはだかっていたからだ。
立ちはだかるのはカスアリウス。鳥型のモンスターである。飛べないが非常に凶暴で戦闘能力が高く、狭い迷宮では脅威となる。
さすがに跳ね飛ばせる大きさではない。持つ雰囲気も今まで蹴散らしてきた連中とは違う。
「はっ。久しぶりに手応えのありそうな奴じゃねえの。まあ本来の俺ならすぐにでも倒せるけど」
メイを足下に置き、火球に雷撃、最初からあらゆる魔法を全力でぶつけていく。
カスアリウスは鋭い爪を向けながら飛びかかっていくが、障壁によって弾かれる。
「うおらあああ!」
しこたま魔法を撃ち込んだ後、体に魔力を纏わせて突撃、体を貫いて核を奪い絶命させた。
せっかく全力を出せるのだからと、かなり強めに攻撃したため、奪い取った核以外、相手は何も残すことなく消えた。
「ふう、やっぱ俺、最高……」
強化状態になれる限界の時間に達し、派手にやり過ぎたウィリアムは満足しながら倒れた。
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