第4話 僕は金持ちになりたい/悪友の誕生

「ふむ、いい顔だ。値段はこれくらいでどうだ?」


 何度目だろうか。僕は売られる。貧乏だから。仕方のないこと。僕は顔がよかったから売られる。

 顔が悪ければどうなっていただろう。盗みはもちろん、人殺しだってしていたかもしれない。実際ここに拾われるまで盗みはやってた。人を害するのだ、当然自分も殺される危険がある。外の子は常に体を傷つけられながら生きている。

 今の僕の仕事に命の危険はない。外の子と違って住む場所もある。だが体が傷つかない代わりに日々、僕の心を削っている。

 見たくもない人間の体を見せられ、触らされ、僕自身も触られる。不愉快極まりない。心が汚れる。

 こうして嫌な思いをした分だけ金は出る。だが同じ仕事をする年上の子どもたちは妙に金を持っている。


 なぜだろうと、理由を探るべく、こっそりその仕事を覗き、おぞましい光景にぞっとした。

 僕もある程度大きくなったらあれをやらされるのだという現実は、絶望のどん底に僕を突き落とす。

 どんなに削られようと、決して折れなかった心が折れかけた。


 貧乏は人を不幸にする。心あるいは体を犠牲にするからだ。金、たかが紙切れのために僕は心を、外の子たちは体を犠牲にするのだ。紙切れに支配されているのだ。


「愚かにも程がある。僕は金を渡す側になりたい。僕より紙切れが偉いなら紙切れより偉い奴になる」


 僕は金持ちになる方法を探る。誰かに媚びて金を受け取っていてはダメだ。僕を買うような奴らになるためには……なんだ、簡単なことじゃないか。僕が奴らと対等になればいい。

 僕は自分を売る。対価として金を寄越せ。僕が金を頂戴するなんて意識でいる必要はない。まずはそこから。


 だが僕はこの仕事が嫌だ。意識を変えても心を削ることに変わりはなかった。まだ僕は金に支配されているらしい。


「冒険者、ですか?」


 ある日、僕は客からその仕事について聞いた。彼もその仕事をしているらしい。身なりはいいが、どんな仕事だろう。


「モンスターを倒したり、お宝を探したりして活躍した分だけ評価されて金が出るんだ」


「それは楽しそうですね。金持ちになれますか? 誰にも媚びないで……すみません。失礼なことを」


 ふと、僕はそんなことを聞いていた。客の前で言ってはいけないことだった。慌てて謝る。客と対等の意識でいるからこそ、僕が悪いことは僕がきちんと謝る。


「いや、いいんだ。坊主、やはりお前はそういう奴か。可愛い顔してるけど、その目はここにいるにはもったいないな」


「え?」


 彼が具体的に何を言っているのかはわからない。だが彼は、僕が嫌いなこの綺麗な顔以上の何かを僕に見出したらしいことはわかった。


「先の質問に答えよう。冒険者は媚びないで金を稼げる。上下関係はあるが、実力さえあればどこまでも上がれる。全て実力次第。お前、なりたいか?」


「……はい」


「だろうな。性格は申し分ない。後は実力だが……。お前、今から私がすることに全力で抵抗してみろ。実力は磨けば上がるがお前が上がりたいってところまで上がるには素質が十分にないと無理だ。もし私に抵抗できたら、ここを出て上がるというお前の野心を認め、私はお前を引き取ろう。冒険者に育てよう」


「何をなさるのですか?」


「お前がいつも客にされているであろうことを。安心しろ。一般的な男程度に手加減はする。お前の野心を賭けた戦いだ。乗るか、乗らないか。決めなさい」


 手加減するとはいえ、どう考えても強いのは相手。でも勝てたのなら……。負けたっていつも通りのことをされるだけ。この機会を逃さない手はない。


「乗ります」


「いい返事だ。いくぞ」


 彼はさっと僕に飛び乗る。僕は床に倒れ、馬乗りにされた格好だ。ここまで乱暴な客、今までいなかった。手加減してこれとは、一般的な男とはずいぶん荒っぽいのだな。


 あれ?


 僕は何を考えている。そんなことを考えている場合ではない。早く彼をどけないと。


「なんだ、余裕っぽいな。なら抵抗してみせろ」


 まずい、体が危険信号を出していない。嫌なはずなのになぜだ。慣れてしまったのか。いや、そもそも抵抗とは、どうやったらいいのかわからない。そうだ、一度として僕は抗ったことなどなかった。

 全然僕は余裕じゃない。この状況を覆したい。そう思っているのに体が動いてくれない。


「……やっぱりダメか。いい目なんだけどな。悪いが私もお人好しではない。お前の境遇に同情もしない。お前が賭けに負けるつもりなら潔く受け入れろ。それがお前の運命だ」


 彼の手が僕のある場所に触れる。服の上からだが、今まで誰にも触られたことのない場所、いつもされることですらない。おぞましい。


「やめてください! そこは僕の年齢では……」


「初めて抵抗したな。だがその程度か?」


 気づくと僕は彼の手を払っていた。これが抵抗……。だが今度は手を押さえつけられる。強い力だ。抵抗しても外れない。


 忌々しい。

 ……そうだ、目の前の男は敵だ。


 僕の自由を、体を、心を汚そうとする忌むべき色魔だ。僕が勝てないと知っていて騙し、汚そうとした。許さない。


「僕は自分で自由を勝ち取る! お前の手だって借りるものか! その手をどけろ!」


「うお!?」


 何が起こったのだろう。僕の手を掴んでいた男の手が離れた。よく見ると凍っている。

 よくわからないが隙ができた。逆に僕が飛び乗る番だ。手を押さえつけて男の頭めがけて頭突きする。


 痛い。血が出たかもしれない。


 そのとき、ふわっと体が浮く感覚を得た。男は僕の下から抜け出す。僕はそのまま宙に浮かび、自由に動けない。拘束されているのか、この男に。


「はは、驚いたな。いきなり魔法を使うか? それも無詠唱で。そして一時的とはいえ押さえつけられるとはな」


「おい、降ろせ」


「まあ話を聞いて欲しい。手荒なことをして済まなかった。お前の力を引き出したいと思ったんだ」


「何?」


「お前が本気で抵抗しなかったからな。私だってべつに好き好んで子どもを襲ったりしない」


「こんな場所に来ておいて何を!」


「説得力はないな。だが私は今活きのいい子どもを探していてね、他に興味はない。本気で抵抗して素質があると思えば私はお前を引き取るつもりだった。素質がなくてもそれで話は終わり。何もしない。違ったら今だって話をしていない」


 僕は男の目を見る。色欲の目ではない。信じていいのだろうか。僕に乗っかってきたときの目はどうだったろう。動揺のあまり見ていなかった。


「動揺して僕は一方的にあなたを色魔扱いしたのか……。失礼しました」


「し、色魔ね……。いや、お前の抵抗が見られたからいいんだし、私もやり方は悪かった。とにかく、お前の力は認めよう。想像以上だった。掘り出し物だよ」


 僕はどうやら強いらしい。いきなり魔法を使い、彼の手を押さえつけるだけの力があるのがその証拠だという。彼は興奮気味に僕を引き取ると言っている。目も実力も十分以上、こんな素質ある子どもを置いてはいけない、と。


 どうしよう。ここで彼の手を取っていいのだろうか。僕は自分で自由を勝ち取ると宣言した。そのときは彼を色魔扱いしていたとはいえ、この言葉は覆せない。


「そう細かく生きなくていいんだよ、冒険者は。私なんかなかなか適当に生きている。私の手を取りたくなければここを出て、冒険者になるまでの踏み台くらいに思えばいい。お前はなんとしてでも金持ちになりたいんだろ?」


 そうか、なら答えは一つ。


「ここを出ます。あなたを踏み台にして」


「決断の早いことで。私の言うことが嘘だったらどうするんだよ」


「さあ? 冒険者は適当でいいとおっしゃったので僕も適当に。抵抗の方法も覚えましたから」


 僕は拘束を破って部屋の床に立つ。なんとなく拘束がどういう仕組みかわかったので初めて魔法を使ったときのように念じてみたらできた。

 彼はまさか破られるとは思っていなかったのだろう、驚いた顔をしている。


「なんか目覚めさせちゃいけないものを目覚めさせてちゃったような……。まあいい、身代金はいくらだ?」


「ないと思いますよ。僕は住む場所が提供されてちゃんとお金が出るからここにいるだけで、べつに奴隷じゃないので。いつでも抜けて盗賊団に入ることだってできます。まあしませんけどね」


 僕と同じくらいの年の子の中には客たちにへりくだっていたせいで足下を見られて騙されたような子もいた。

 奴隷とはすなわち金に支配される人間そのもの。僕は金銭が絡む場合にはその点だけは注意した。


「そう。とりあえず挨拶くらいはしておくか。急に辞められても困るだろうし」


 僕はべつにこの店の看板というわけでもない。幼すぎるから。雇い主は将来を期待はしていたようだが知ったことではない。


「それにしても、額の怪我は大丈夫か? 傷も残るだろうし、治してやろうか。私は回復の魔法も使える」


 僕は頭突きをしたことでやはりというか、額を負傷していた。止血はしたが、まだ痛む。


「いいですよ。冒険者になるならこんな顔いりません。引き裂いてもいいくらいです」


「やめとけ、ルックスで人気が出ればそれだけ収入が増えるぞ。私のように弱小ギルドだとあまり関係ないが、お前なら大手にも入れるかもしれない。ほれ」


 そう言って彼は魔法をかけて僕の額を治した。便利なことだ。使えるだろうか。


 挨拶も程々に、翌日僕はここから出た。

 全ては僕が自由を手に入れて、金の支配者になるため。


「それで、お前、名前はなんて言うんだ? 聞き忘れていたな」


「ウィリアム。僕は捨て子でしたし、いつの間にかそう呼ばれていただけで、誰がそう名付けたのかは覚えていません。家名は知りません」


「私はリカルド・セレーノ。ミナクス・エンバーズというギルドで冒険者をしている。ウィリアム、お前はとりあえず私が預かるが、養子というわけにもいかないな。居候で私が養育するという形でどうだ?」


「よくわかりませんがそこは任せますよ」


「よし、ではお前に家名を与えよう。そうだな、オーウェン。ウィリアム・オーウェン」

「よろしくな、坊主」


 孤児だった僕はとある縁から冒険者の男に引き取られた。僕の冒険者としての才能を見込んでのことらしい。

 僕としても彼に引き取られるのは、嫌な場所からの脱出というだけでなく、冒険者への道が開け、僕の目的に対して非常に有効な手段となるという意味でもありがたい。

 貧乏から脱し、金の支配から解き放たれるという僕の目的に。


「そうだ、お前、名前はなんて言うんだ? 聞き忘れていたな」


「ウィリアム。家名は知りません」


 僕は捨て子だった。気づいたときに自分も他人もこの名で呼んでいて、誰が名付けたのかは覚えていない。


「私はリカルド・セレーノ。ミナクス・エンバーズというギルドで冒険者をしている。ウィリアム、お前はとりあえず私が預かるが、養子というわけにもいかないな。居候で私が養育するという形でどうだ?」


「よくわかりませんがそこは任せますよ」


「よし、ではお前に家名を与えよう。そうだな、オーウェン。ウィリアム・オーウェン」


「いいんじゃないですか?」


 大事なのは名前ではない。僕自身の強さだ。これから強くなることで僕の冒険者としての道が開ける。強くなればなるほど栄光の道は近付く。

 わかりやすくて最高じゃないか。


――――――――


――これは、夢。嫌な夢、久しぶりだな。僕……俺の拭い去りたい記憶から作られた嫌な夢。まだ足りない。こんな夢を見ているようじゃ俺はまだ“僕”に支配されている。もっと栄光の道を歩まないといけないのに……力を失った。どうしたら――


「……い。おい! 起きろ! ウィル!」


「は!?」


 メイの声に反応して起き上がるウィリアム。いつもより体が重く感じる。必要以上に力を使ってしまった反動であろうか。

 それとも悪夢によるものか。


「――ってちがうだろ! 誰だ! 俺にくっついてんのは! 重い!」


「ウチだよ。ウィリアム」


 声の主はテムニー。あまりにも意外な声の主に動揺するウィリアム。ウィリアムはひどく赤面――しない。むしろ吐き気を覚える。


「ちょっとウィル! 助けて! この二人が私を拘束した!」


――何この状況。あいつ、助けた方がいいのかな。


 メイがロープで縛られて転がされている。自分の状況も驚きだがあっちの方が衝撃は大きい。

 動こうとするとテムニーがひっつき、ルーシーとランスがメイの前に立ちふさがる。

 二人の目はやや困惑の色が見られ、ウィリアムたちに同情しているようでもあった。


「つまりお前の指示か? テムニー」


「そうだよ。ウィリアム」


 周りの空気を読み取ってウィリアムは答えを導き出した。それにテムニーは何でもないというように肯定する。

 理由を聞くと、二つあると言う。

 一つはウィリアムにひっついていたテムニーをメイが引き剥がそうとしたから。

 もう一つはメイの足にトラップに掛かったとみられる痕跡があり、警告を無視して転移トラップにウィリアムを巻き込んだとテムニーが考えたから。


「そんなことより、ウチは感動したぞ? 君は強いんだなあ。さっきは悪かった。でも隠していたのはなぜだ? その女のためか?」


「いや、違うけど……色々事情があるんだよ」


 深く事情は説明しない。

 まさかあの戦闘を見られてしまっていたとは。

 良いとも悪いとも言えない。どういうわけかこの少女は自分を気に入ったようだし、命を捨てることにはならないだろうが、ルーシーたちに秘密がばれるのはまずい。


「ウチと結婚してくれないか?」


 そのとき、テムニーは妙な言葉を口にした。聞き間違いだろうか。


「もう一度」


「ウチと結婚してくれないか?」


「は? やだ」


「ちょっと、テム! 何言ってんの!?」


「この胸の高鳴り、こんなのは初めてだ。これが恋心というものなのだろう? ようやくウチも恋ができた!」


 いや、違う。目をキラキラさせて訴えているが、単に初めての他人への好奇心を初恋と勘違いしているだけであろう。

 ウィリアムは前の所属先では嫌われていたが、中には好意の視線を向ける者がいたことも知っている。当時は感覚が鋭かったため、これが好意の表情かと記憶していた。

 この記憶に映る女たちの表情とはどこか異なる。どこがとは言えないが何かが違う。

 それに、即振られているのに全く気持ちの揺らぎがない。大抵振った相手は、泣くまではしなくとも、一度目を逸らすくらいはする。


「ウチと結婚すればいいことがたくさんあるぞ。一緒に冒険ができるし、そのときに君の粗い部分を修正してあげよう。修正はウチよりルーシーたちの方が向いてると思うし、二人はウチが呼ぶから。君はもっと強くなれる」


 この勘違いは指摘するべきかどうか思案していると、テムニーはまだまだ話を進める。

 結婚という提案はともかく、その次に示された案はなかなか魅力を感じるものだ。


「いやいや、勝手に私たちを巻き込むな。第一それって結婚しなくてもできることなんじゃ」


「んん?」


「いや……」


 ルーシーたちは困惑した表情で止めに入ろうとするが、テムニーの牽制で動きを止めた。

 二人にとっては良いことなど何一つもない。

 敵対しているとはいえ、哀れ。


「いや、悪いけど俺、ずっとあの力を使えるわけじゃないから。諸事情で普段はさっきくらいの力しかない体になっちまった。時間制限があるんだよ」


 メイのことは話さず、慎重に自分の事情を話す。下手に誤魔化そうとすれば厄介なことになるのは間違いない。


「そうか、ならばますますウチらと組むといい。ウチが守ってあげる。指導も徹底的にしよう。とくに普段あの程度の力しかないならその粗さは修正した方がいい。そして君はわずかな時間、ウチにその力の真髄を見せて欲しいなあ」


「なるほど、そういうことならありかもしれないな……」


 時間制限のことを話しても、テムニーはそれで良いと言う。あの悪魔二人からも守ってくれるのならこれはかなり良い条件ではないだろうか。

 悪魔二人は何とか阻止しようとしているようだが牽制されて動けていない。


「ウィル、やめた方がいい。結婚したら私の立場はどうなる?」


「あなたの立場? 知らない。ウィリアムとどういう関係か知らないけど、ウチにとっては邪魔だから離れて欲しいなあ。わざわざトラップを踏むお馬鹿さん」


「ほら! ウィル、あれと結婚したら私、ひとりぼっちで死ぬ! あなたは私を保護する義務がある!」


「あー、そっか」


 メイが一人で生きていくのは不可能。それを放置することは未必の故意である、というのが彼女の主張。

 拡大解釈が過ぎると思いつつ、ウィリアムはメイの訴えを聞き入れる。


「悪い、こいつは放置できない。だから結婚は無理だな」


「ああ、ウチよりもその女をとるのだなあ? 好きなのか?」


「いいや大嫌い! 正直すぐにでもこいつとは別れたい。でもそれができない」


「なぜだ?」


「ええと……」


 メイがメルリーダであることは隠さなければならない。バレれば間違いなくメイは討伐対象モンスターとして殺される。それを可能な限り避ける努力をする義務がウィリアムにはある。

 誤魔化してはいけないことは理解しているが、話せないことがあるとどうしても答えに窮する場所がある。

 だんだんと空気が冷えてきた。


「そう、ダメなのか……残念だなあ」


「ま、待ってくださいテムニー! そうだ、僕たちがウィリアムくんに戦闘を教える! だからウィリアムくん、結婚とは言わないからテムニーに君の力を定期的に見せてやって欲しい」


 空気が冷えているのはテムニーの怒りではあるが、これは嫉妬の感情ではない。子どもがするような癇癪だ。彼女の場合、癇癪が周囲に深刻な被害を与えるのだが。

 ランスの、頼むからわかってくれと訴える視線が刺さる。ウィリアムにとってもこの空気は好ましくない。

 ふと、あることを考えた。


「よーしわかった! 俺への強請がなくなるならよろしくお願いする!」


 この一言にルーシーとランスは動揺する。

 これが承認されればみすみす目の前の獲物を逃すことになるのだから当然だろう。何か考えを巡らせているようだがもう遅い。テムニーが先に結論を下した。


「うん、結婚はできずとも君の力が見られるのなら今はそれでいい。ルーシー、ランス、わかったなあ? 意地悪しないできっちり彼を教えるように。安心しろ、金ならやる」


「う、うん……」


 そんなことがあって、ウィリアムはテムニーからの協力を取り付け、悪魔たちによる強請の危機を脱した。

 迷宮を出る間、散々ルーシーとランスから冷たい視線を浴びせかけられ、メイからは怖いからあまりテムニーと接触するなと言われ、面倒くさいと思いつつも、強くなる道筋が見えたことは喜ばしい。

 足取りはテムニーとウィリアムのみが軽く、他は迷宮の暗さと同調するように空気が暗く、足取りも重かった。


「まだ時間あるんでしょ? ならルーシーたちから教わっておいで。ウチの眷属に鍛えてもらうっていうのもいいけどあいつらウチの言うこと以外全然聞かないから」


「え、今から? いや、遠慮しとく。一回ラメタシュトラに行ってから……」


 テムニーの一言で悪魔二人の目が怪しく輝いた。危機感を覚えたウィリアムはコルバーチの本拠地に行くからと断ろうとしたが、


「ほら、来なさい。徹底的に鍛えますから。テムニー、多少は手荒に扱っても構いませんね? 意地悪ではなく彼のためです」


「ああ、必要とあらば容赦なくどうぞ。ウチも美しく強くなるウィリアムが早く見たいなあ」


 黒い笑みを浮かべるランスは有無を言わせずに彼を連行する。テムニーも全く止めない。やはり彼女は恋愛感情を持っていない。

 ウィリアムは、逃げようとするメイを掴み、一緒にやろうと巻き添えにするのだった。べつに害意はなく、メイが嫌がるというだけの話なのでペナルティは発生しない。


 本当はもっと早くコルバーチ本拠地であるラメタシュトラ市には到着する予定だったが、二週間の猶予があり、行くときはテムニーが送ってくれるというので、パラベラの本拠地であるクイーンズクロス市に移動。

 その外れにある森の修行場で七日ほど修行をつけてもらうことになった。

 ちなみに移動手段はテムニーが呼び出した使い魔のドラゴンで、ウィリアムは驚いた。あまり人の下には入りたがらない存在のはず。

 行きの移動で馬車を使ったのは移動が速すぎると仕事が増えるので、それをテムニーが嫌がってのことらしい。

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