【1000字小説】恋愛小説家の系譜
八木耳木兎(やぎ みみずく)
【1000字小説】恋愛小説家の系譜
「良き恋愛小説を書きたいなら、良き恋愛をすればいい」
それが、彼から受けた最初のアドバイスだった。
私には、憧れの恋愛小説家がいた。
女心、男心、その両方を見事に捉えた彼の恋愛小説の数々に、子供の頃から胸をときめかせてきた。
自然、中学以来、恋愛小説家になることが自分の夢となった。
憧れの恋愛小説家から最初のアドバイスを受け取ったのは、書籍レーベルの公式ホームページからだった。
豊かな感情のためには、自分自身が豊かな恋愛経験をする。それが一番の近道だと解釈できた。
偶然その時、なんかいいな、と思えるクラスメイトの男子がいた。
中学から高校卒業までを、その男子と共に過ごした。
恋愛に対する様々なことを、その経験で学ぶことができた。
そして私はその思いに、恋愛小説家への憧れを上乗せし、恋愛小説の中にぶつけた。
やがて大学、社会人人生を経て、数人の男子と恋愛を経験し、そのたびに人間が様々な繊細な感情を持つことができる、と理解できた。
その学びを、やはり恋愛小説にぶつけた。
そして二十代半ばになり、私はついに恋愛小説家としてデビューすることができた。
大ヒット作家、とまではいかないが、それなりの人気作を安定した頻度で発表する程度の作家にはなれたつもりだ。
そして遂に、とある新年会で中学以来の憧れの恋愛小説家と会うことができるようになった。
「畏れ多い」というわけのわからない理由で彼のサイン会には一度もいかなかった私だが、同じフィールドで活動する存在になれたことで、自分も彼と対面する資格を得られた気がする。
そしてその日、私は彼と対面することになった。
「ガハハハハ!!!君が噂の若手小説家か!!!君の○○を××して、××の日に○○に誘って○○したいねぇ!!!」
コンプライアンスの厳しいこの時代、出会い頭にド直球の下ネタを言われた。
あと、超不潔だった。
それだけではない。
彼は齢四十六にして、親と同居。性体験どころか、女子と付き合ったことすらなかったという。
私が最初に彼から学んだアドバイスは、彼の【口から出まかせ】だったのだ。
しかし、私はいかなる幻滅もすることはなかった。
彼の実態がいかなるものだとしても、彼の小説が私に感動を覚えさせ、夢を抱かせ、立派な作家に成長させてくれたことは事実だからだ。
例え偽りによって作られたとしても、受け手の魂で真実として生きるのが言葉なのだ。
【1000字小説】恋愛小説家の系譜 八木耳木兎(やぎ みみずく) @soshina2012
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