第15話 夢の設計図
「どうしたの?」
彼の様子がなんかおかしい。
「なんか調子がおかしいんだ」
「絵?」
「いや、体の方」
「風邪?」
「うん、多分。熱っぽいっていうか。だるいっていうか」
「熱は計った?」
「いや、計ってないけど、そんなにないよ、微熱って感じ」
私は彼のおでこに手をあてた。確かにそんなに熱がある感じではない。
「お医者さんに行った方がいいんじゃない」
「うん」
しかし、彼は動こうとしない。
「どうしたの」
「医者は嫌いだ」
彼は子どものように言う。
「それにお金も無いし」
「そんなこと言ってる場合」
「うん、まあ」
しかし、彼は煮え切らない。
「そのうちよくなるよ」
「・・・」
結局彼は医者に行かなかった。まあ、それは彼らしさであった。
「何これ」
彼の部屋には不思議な家の設計図があちこち散らばっていた。前から気になっていたのだが、なんとなく聞きそびれていた。
「未来の僕の家の設計図だよ」
「未来の家?」
「そう、将来家を買ったら、こうするぞっていう設計図さ。理想図と言ってもいいかもしれない」
「家を買うの?」
「いつかね」
しかし、彼はバイトすらも全くせず、時たま入って来る絵とイラストの仕事をちょこっとするだけで、限界ギリギリかつかつの生活をなんとか生きているといった状態だった。食費ももちろん限界ギリギリまで削っている。アンパン一個なんて日もざらだ。最近では 私がスーパーのバイト先でもらってきた売れ残りの余ったお惣菜やパンなんかを持ってきてあげているのだが、それがほぼメインの栄養源になっている。
「庭にはね、池を作るんだ。そこに蓮の花を植える」
「へぇ~」
しかし、その設計図を基に彼の理想を聞いていると、なんだかおもしろかった。
「もちろん、そこにはメダカや金魚や錦鯉なんかも泳ぐ」
「ふむふむ」
「庭は畑にして、色んな野菜を作るんだ。お米もね。そして、自給自足を図る」
「ふむふむ」
「果樹も植えてさ。一年中、色んな果物を庭で取り放題さ。リンゴとか、みかんとかさ」
「おおっ、いいね」
「そしてもちろん僕は働かない。毎日毎日、ゴロゴロして絵だけを描いて過ごすんだ」
「はははっ、今と変わらないじゃない」
「まあ、そうだね」
私たちは笑った。
「でも、お金ないでしょ」
「うん、ない」
彼は即、断言した。
「はははっ、どうするの。家って高いでしょ」
「いや、でも、田舎のはずれの方なら、広大な土地付きで百万以下の物件があったりするんだ。今は少子化と過疎で空き家が多いからね。それを何とか改装してさ」
「でも、百万円だってないでしょ」
「うん、まあ、確かに」
「はははっ」
彼の現実感と生活感のなさに笑ってしまった。
「でも、空想するだけで楽しいだろ」
「うん、そうね」
確かにそういうことを考えるだけで楽しかった。それに、私は彼といるだけで楽しい。その彼が楽しいのなら私だって楽しい。
「少しずつ、お金を貯めていけば、いつか買えるかもしれないしね」
「うん」
彼は私の言葉に、目を輝かせた。私もなんだか夢が広がる感じがしてきた。
「これから、ちょっとずつでも貯金していきましょうよ。十円とか百円でも」
「うん」
私たちの夢は、まさに机上の空論ではあったが、でも、私たちの中でどんどん膨らんでいった。
「将来、本当に田舎に家を買って、そこで一緒に住めたらいいね」
「うん」
いつの間にか彼の夢は私の夢にもなっていた。
「そこで二人のんびり生きるの」
「うん、そうなったら最高だな」
彼も夢見心地に答える。
私たちの夢と希望は、膨張し続ける無限の宇宙のようにどこまでもどこまでも際限なく膨らんでいった。
やっぱり、この幸せはずっと続くんだそう思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。