第16話 夢の貯金箱

「はい、これが私たちの夢の貯金箱」

 私は彼の前に巨大な招き猫を置いた。

「どうしたのこれ」

 彼が驚く。

「うん、お店にあったのをいらないっていうからもらってきた」

「そうなんだ。すごいタイミングだね」

「うん、まさに運命よね」

「うん」

「絶対、多分お金貯まるんだよ」

「うん、なんか面構えもいいしね」

 彼も運命を感じたのか、目を輝かせてそのとぼけた顔をした招き猫の巨大な貯金箱をしげしげと見つめる。

「じゃあ、さっそく」

 私はがま口から百円玉を取り出した。

「うん」

 巨大な招き猫の後頭部の入り口に、私たちは二人して最初の百円玉を投入する。

 チャリンッ

 小気味のいい音と共に、私たちの夢の第一歩が始まった。

「絶対いい家が買えるよね」

「うん」

 この時の私たちには希望しかなかった。


「生きてりゃ、いいこともあるんだな」

 昼食のそうめんを食べ終わった後だった。突然、彼は手を枕に畳に仰向けに寝っ転がりながら言った。彼はよく、突然呟く。

「えっ?」

 私は彼を見る。

「いや、なんでもない」

「何?」

「いや、なんかね」

 彼はそう言いながら、不敵な笑みを浮かべて私を見る。

「何?」

「なんか幸せだなって」

「ふふふっ、な~に突然」

 私は彼を見る。

「うん、なんかね。ほんと幸せだなって、思ってね」

「どうしたの」

「うん」

 彼はそこで中空をぼーっと見つめた。そして、何か物思いにふけりだす。彼はいつもマイペースだ。

「もし、君の愛する人が、自分を殺してくれって言ったら、君ならどうする?」

「はい?」

 私は彼を見る。また突拍子もなく、突然話が転調する。これもいつものことだ。

「殺す?」

「う~ん」

 私はしばし考えた。

「殺さないわ。もちろん」

 考えるまでもなかった。なんでそんなことを彼が言うのか不思議だった。でも、彼はいつも突拍子もなく変なことを言い出すので、あまり気にしなかった。

「うん、まあ、そうなんだが、つまりその・・」

「何?」

「うん、つまり、その、好きな人がだよ、例えば、病気で酷く苦しんでいる。しかもその病気はもう治らない。死を待つばかり。しかも、かなり痛いときてる。どうする?」

「ああ、なるほどそういうことか。う~ん、難しい問題ね」

 私は考えた。

「う~ん、分からないな。その時になってみないと。今なら殺さないって思うけど、でも、苦しむ人を目の前にしたら、分からない。もしかしたら・・」

「殺すかも?」

「うん、かもしれない。それがその人のためになるのなら。なんでそんなこと聞くの?この前の猫のこと?」

「いや、ただ、なんとなくね」

「ふ~ん」

 彼はいつも突拍子もなく変なことをよく言う人だったので、この時、私は別に気にしなかった。

「逆に私がそうなったら、殺す?」

 私は逆に彼に訊き返した。

「う~ん」

 彼はうなった。

「分からないな」

 結局、彼も私と同じ答えだった。

「でも、多分殺せないんだろうな」

 そして、彼は最後にぽつりと言った。

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