第4話 河川敷
「河川敷に散歩に行かないか」
「うん」
私たちは二人で外へ出た。
「あっ、ちょっと」
「どうしたの」
アパートから出ようとした私の背後で、彼が立ち止まった。そして、彼は、一階に住むおばあさんの部屋の戸をノックした。
「こんにちわ」
中から声がすると、彼は勝手に扉を開けた。鍵はいつも掛かっていないようだ。
「なんか買ってくるものある?」
彼が首を突っ込むようにして、奥に向かって叫ぶ。
「ああ、ありがとう。じゃあ、いつもの大福買ってきてくれんかね」
その向こうから、おばあさんが顔をのぞかせた。
「うん、分かった。五個入りの草餅のやつね」
「そうそう、ありがとうね」
「いいんだ」
彼は扉を閉めた。
「さ、行こう」
「どうして?」
私は彼に訊いた。
「いつもついでに買い物してきてあげてるんだ。足がないから、買い物も大変らしいんだよ」
「へぇ、いいとこあるじゃん」
「見直しただろ」
「うん、見直した」
私たちは笑った。
河川敷は広く、そこだけでちょっとした運動場程の広さがあった。実際運動場になっている面もいくつかあり、そこでは子どもたちが野球やサッカーなどに興じていた。
「おうっ」
「やあ」
河川敷を歩いていると、どこからともなく声がして、それに彼が答えるようにして右手を上げる。見ると、川端あたりに、テーブルを囲んで人が固まって座っている。
「誰?」
「ここに住んでるホームレスの人たちだよ」
河川敷には、たくさんのホームレスの人たちが住んでいた。それぞれが小屋やテントを建て、小規模なコミュニティを作っている。
「ちょっと、寄ってきな」
「うん」
私たちは、テーブルを囲むホームレスの人たちの輪に入れてもらった。そこには老若男女色んな人がいた。中には真っ赤な髪をしたモヒカン頭の人もいる。なんともバラエティ豊かなメンバーだった。
「ビール飲むか」
リーダー格っぽい、真っ黒に日焼けした痩せたおじいさんが言った。
「ビールはいいよ」
私たちは笑った。まだ真昼間だ。さすがにそれは気が引けた。
「じゃあ、ラムネだな」
そう言うと、おじいさんは河の方に行って、河から紐につるした網籠を引っ張り上げた。中には、缶ビールやらジュースやらがいっぱい入っていた。
「ほら、よく冷えてる」
おじいさんはよく冷えたラムネを二つ渡してくれた。
「ありがとう」
私たちはラムネをそれぞれ受け取った。
「うまい」
「うん、おいしい」
ラムネはよく冷えておいしかった。
「ラムネ飲むのすごく久しぶり。子どもの頃の縁日以来かな」
私が言った。
「僕も久しぶりだな」
彼が言った。
「かわいい彼女だな」
おじいさんが私を見て言った。
「うん」
彼は少し得意げに答えた。私はぺこりと頭を下げた。
「今日はなんの話をしてたの」
彼がホームレスの人たちに訊いた。
「景気悪いなって」
隣りの太って頭の禿げた若者が言った。
「ま、俺たちに景気は関係ねぇけどな」
痩せたおじいさんが言った。
「そうそう、落ちるとこまで落ちてるからな」
前歯のないおじさんが言うと、そこでみんな笑った。私たちも笑った。みんな明るかった。
「そうそう今度の日曜、ここにおいでよ。焼肉大会やるんだ」
前歯のないおじさんが言った。
「うん」
彼が答える。
「そうそう、でっかい肉の固まりもらったんだ」
赤いモヒカンの青年が言った。
「何の肉?」
彼が訊く。
「猪?」
モヒカン青年が歯無しおじさんを見る。
「いや、日本ジカ。足一本丸々だから」
「へぇ~、すごいね」
「うん」
おじさんは得意げに答えた。それをどこから手に入れたのだろうと、私は疑問に思ったが、それは訊かなかった。
「ぜったい来なあかんよ」
はす向かいに座っていた歯のない小柄なおばあさんが、その顔をくしゃくしゃにして笑顔で言った。
「もったいにゃあで」
「うん、絶対来るよ」
彼は私を見た。
「うん、絶対来ます」
私も答えた。おばあさんはそれを聞くと、さらに歯のないその小顔をくしゃくしゃにして、くしししっと笑った。
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