第8話 姫だからって、何でも出来ると思ってない?

 お客さんが来ないよ。

 暇、つまらない。

 アンソニー蹴る。

 アンソニー殴る。

 つまらない、暇。

 無限ループって、抜けられないよね。

 しかもつまらないし。


「やっぱり、塔を上るっていう体験型ダンジョンは時代遅れ?」

「迷宮は地下迷宮のイメージが強いですからね。攫われたお姫さまでもいない限り、塔を上ろうなどという奇特な冒険者はおりませんよ」

「そうなんだぁ。どうしよう。このままだと誕生日パーティーどころか、倒産だよ?」

「そうですね」


 アンソニーの抑揚のない返事にわたしは全身の力が抜けて、愕然とする。

 本当にまずい。

 このままではママが帰ってくる前にお家が無くなるという最悪のシナリオさえ、ありえるじゃない。


「姫さま。ここは姫さまのお力でどうにかしましょう」

「わたしの力? 創造クレアシオンは塔に変えるのに使っちゃったから、あと三日必要じゃない? もう間に合わないよ」

「いいえ、違います。姫さまのルックスを生かすのです」

「はい?」

「勧誘、受付、案内、ラスボス、攫われた姫。全てを姫さまが演じるのです」

「は、はいいい?」


 え? 何て言った?

 ルックスを生かすのは分かったよ。

 わたしはそこそこ、整ってるはずだし、かわいいのは合ってる。

 合ってるけど、その後がおかしいでしょうが!

 どこの世界に一人で全部やっちゃう経営者がいるってのよ!


「姫さまがやらねば、誰がやるのですか」

「分かったわ。やれば、いいんでしょ。やれば! 用意をして」





「あのね、アンソニー。こんなので本当にいいの? これ、どう見ても攫われた姫だけど?」


 アンソニーが用意してくれた衣装は純白のローブ・デコルテ。

 どこかにお嫁に行くのかっていうくらいに気合が入った地面すれすれラインの裾丈があるロングドレスだ。

 要は夜会の主賓を務める高い地位にある女性が着るような正装だよね。

 馬鹿なのかな? 死にたいのかな?


「早着替えを可能とする人材も余裕もないのですよ、姫さま。諦めて、着替えの必要がないそのドレスでいざ、御出陣を」


 有無を言わさないアンソニーにぐいぐいと背中を押され、わたしは人通りが激しい表通りで営業活動をしなきゃいけなくなったのである。


「あのお話だけでも……」


 誰も止まらない。

 目が合うとすっと逸らされて、可哀想な子を見るような目で遠巻きにジロジロと見られている。

 そりゃ、そうだよね。

 ローブ・デコルテ着込んで金色の髪を気合十分なハーフアップに仕上げた美少女(自称)が『腕に自信のある冒険者おいでませ!』とうまいとも下手とも言えない微妙な字体で書かれた看板を掲げて、立ってる訳だ。

 不審者には見られないだろうけど、怪しいとは思われてるよね。

 だって、誰も近付いてこないもん。





「はい、それでお客さま。お一人でのご挑戦ということでよろしいですか?」


 わたしは目の前にいる濡れ羽色の髪に澄み切った空みたいにきれいな瞳の美少年に死んだ魚のような目を向けて、接客してる。

 営業スマイルをしようと頑張ってはいるんだけど引きつってしまうのは許して欲しい。

 なぜって、ようやく捕まえた客一号が勇者マリウスだったからだ。


「色々と大変なんですね……」

「そうなんですよ。よりにもよって勇者とか、来やがりますしね」

「はい?」

「な、なんでもございませんわ。オホホホ」


 無駄にイケメンなマリウスがわたしを見つめる視線が妙に艶めかしくて、いけない。

 意識してる訳でもないのに妙に息苦しさを感じるし。


「当施設は安全・安心をモットーとしております。最上階までは案内人が責任をもって、エスコートしますのでご安心くださいませ」

「案内人ですか?」

「はい、案内人です。何か、気になる点でも?」


 あったって応じないけどねっ。

 応じたくないし、応じようにもそんな余裕ないんだから。

 ただ、そんな憂いを含んだ表情されるとすごくやりにくい。

 何だか、わたしが悪いことをしてるような気がしてくるんだけど。


「あ……いえ、案内してくれる方はどなたなんでしょう?」


 また、どうして、そんな小動物みたくオドオドしながら、言ってくるかな。

 わたしの方が年下なのに何か、妙に守ってあげたくなってくるんだよね。


「わたしです」

「はい?」

「だから、わたしが案内するんです」


 ん? マリウスって、氷魔法でも使えるの?

 わたしは使えないんだけど、おかしいなぁ。

 ビューって冷たい風が吹き抜けていった気がするよ。

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