第5話 わたしの太陽

 敵愾心を隠すことなく、威嚇するように睨みつけるわたしにマリウスはおどおどした様子でちょっと目が合うと視線を逸らしやがるんです。

 どこか、落ち着かない感じでこの人、本当に勇者なのかな?って疑いたくなるくらい。


「それで……マリウスさんでしたっけ? お礼って何ですか? お礼参りなら、ありがたく倍返ししますよ?」


 思わず、ポキポキと指を鳴らしたくなるけど、我慢する。

 また、アンソニーにこめかみをグリグリされかねないしね!


「えっ!? あっ、いや、そのですね。マリアさんにはお兄さんか、弟さんはいらっしゃらないですか?」

「は? わたしは一人っ子ですけど」

「ええ? おかしいな。じゃあ、六年前にここに男の子いませんでしたか?」

「六年前? 何でそんなこと聞くんですか? いませんよ。この城で男の人は執事のアンソニーだけです。もう十年近く、そうですけどそれがどうしたんです?」


 何なの、この人。

 やたら、男の子がいたのかを気にしてるけど何の関係があるって言うの?

 何か、イライラしてくるのよね。

 小動物みたいにオドオドしてる感じでそれがまた、見た目がかわいらしい系美少年だから、絵になっちゃってるし。


「僕はその男の子にお礼を言いたくて、来たのですが誤解されてしまいまして」

「あなたの勘違いじゃない? そんな子はここにいないもん」

「でも、僕は六年前にこの城に来たと母さんから、聞いたんですよ。それは間違いないんです」


 あれ? 普通に喋れるじゃない。

 普通に喋ったら、見た目もあって、勇者ぽくは見えるのにね。

 それ言ったら、わたしだって、そうかな?

 見た目だけなら、お姫さまなわたしはおとなしくもなければ、いい子じゃないし。


「だから、そんな子はいないって、言ってるんですぅ!」

「そんなはずは……僕はあの子のお陰で勇者として、頑張ってこれたんです。だから、そのお礼を」

「いないったら、いないんですぅ! ごちゃごちゃうるさいとぶち殺しますわよ?」

「そ、そういう暴力的行為はい、いけないと思いますです」


 やっぱり、小動物系じゃない。

 どう見たって、年下のわたしにすごまれたら、おどおどしちゃうとか。

 よしっ、帰ってもらいましょ。


「アンソニー、お客さまがお帰りになるそうよ」

「はい、ただいま」

「「ひっ」」


 一瞬、ユニゾンしてびっくりしちゃったじゃない……。

 どっから、急に現れてるのよ。

 扉開けて、入ってくると思っていたのに天井から、現れることないよね。

 でも、アンソニーのお陰でマリウスは首根っこ掴まれて、連行されていったから、今日はもう彼に悩まされることもない。




 六年前かぁ。

 六年前で思い出したのは当時のわたしって、今みたいに髪も伸ばしてなければ、男の子の恰好でいるのが好きだった。

 女の子っぽい恰好が苦手だったから、ワンピースやスカートなんて着ない。

 一日中、外で遊び回って、泥だらけになって帰ってくる。

 そんな典型的な悪ガキだった。

 ママはそんなわたしを怒る訳でもないし、女の子らしくしなさいなんて、言うこともなかった。

 ママは放任主義だったという訳でもないんだよね。

 貴族としての心得やマナーは最低限学びなさいと言われていたし、男の子みたいに遊んでもお稽古事だけはやらされたからね。


 ある日、ママの古い友達が久しぶりに訪ねてきて、その子供と遊んでいるように言われた。

 外で木登りしたり、かけっこして遊ぶのが好きだったわたしは面倒なことを任されたもんだって、不機嫌になったのを覚えてる。

 でも、そんな気持ちはその子にあって、全部吹っ飛んだのよね。

 わたしよりもちょっと年上に見えたその女の子は絵本に出てくるお姫さまそのものだった。

 思わず、口を開けたまま、見惚れてしまったくらいかわいい女の子。


「お姫さまみたいだね」


 つい馬鹿なことを言っちゃったと思う。

 いくら七歳でももうちょっとましなことを言うべきだよね。


「そういう君は王子さまだね」


 お姫さまはくすくすとかわいらしく笑いながら、そう言ってくれた。

 わたしもあんな風に笑えるのかな?

 お姫さまみたいになれるのかな?


「そう見える?」


 うん、本当、馬鹿だよね。

 今でも馬鹿が治った訳じゃないけど!


 その子とわたしは全く、正反対な感じがするのに嫌悪感はまるでなかった。

 かわいらしいドレスに身を包んでお人形さんを持って「遊びましょ」と彼女に言われて、わたしはその日、初めて女の子っぽい遊びに夢中になった。


「わたしね、こういうことしていたら、だめって言われるんだ」


 彼女は悲しそうにそう言うとわたしに微笑んでくれたけど、その微笑みはどことなく、影が差していて子供っぽくなかった。


「ぼくもいわれるよ。おそとで遊ぶのはだめだって。もっとおとなしくしなさいって」


 わたしの言葉に彼女は静かに頷きながら、わたしの手を握ってくれた。

 だから、わたしはつい言ってしまった。


「ぼくね、おかしいと思うんだ。ぼくはぼくらしく、したいだけなんだ」


 彼女は目を大きく見開いて、暫く固まっているように身動きもしなかったから、わたしは変なことを言ってしまったんだって、後悔した。


「逃げるのやめる。わたしもわたしらしく、してみる」


 でも、そうじゃなかったみたい。


 彼女は太陽を思わせるような眩しい笑顔と『また会えるよね』という微かな希望をわたしに残して、去っていった。

 わたしは次の日から、男の子の服を着るのをやめた。

 彼女のようになりたかったから。

 希望を与えられる素敵な笑顔のお姫さまになれたら、いいなって思って。


 そして、わたしは今日もアンソニーに蹴りを入れる。


「姫さま! いい加減、お転婆はやめましょう」

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