第4話 とある勇者の回想

 僕、マリウス・グーデリアンは勇者である。

 勇者と聞くと皆さんは何を想像するだろうか。

 英雄。

 悪を挫いて、弱きを助ける救世主。

 うん、違うんだよね。

 勇者は代々受け継ぐ称号みたいなもんなんだ。

 有名な旅芸人の一座の看板役者が〇代目うんたらと名乗ったりするよね?

 あれと同じというか、あれより酷いかな。

 世襲制で勇者の家系に生まれた者は勇者にならなきゃいけないんだ。


 この勇者にならなきゃいけないっていうのが僕にとっては苦痛だった。

 なぜって?

 僕は男だ。

 だけど、かわいいものに目がなくって、喧嘩なんて無理だったりする。

 血を見たら、きっと気絶してしまうだろう。

 魔物と戦う?

 多分、無理だろうな、それでも刻まれた勇者としての血で勝手に戦っちゃうのかもしれないけど。


 そんな僕が十五歳になって、いっぱしに勇者と名乗っているのは六年前に出会った少年のお陰だ。

 その少年は僕よりも三、四歳は下の年齢だったと思う。

 同年代の子よりも小柄でやや華奢な体格の子だったけど、僕の目には彼はとても凛々しく、カッコよく映った。

 彼は僕のことをお姫さまみたいだと言っていたのはさすがに恥ずかしかったが。


 え? どうして、お姫さまみたいかって?

 勇者の家に生れて、勝手に勇者として生きることを強制されるのが嫌だった僕はそれに反発するように女の子の恰好をして、生活していた。

 髪も長く伸ばしていたし、元々中性的な容姿だったから、女の子の振りをしてもバレなかったんだ。

 ある日、母親にほぼ無理矢理、引き摺られて、お城のようなお邸に連れて行かれた僕はそこで彼、王子さまに出会った。

 金髪のふわっとした耳くらいまでの髪にきれいな青い瞳のその小さな男の子は絵本に出てくる王子さま、そのものだった。

 僕よりも彼の方が勇者にふさわしいんじゃないかって、思えるその姿に一目惚れしちゃったのかもしれない。

 実際、子供同士で遊んでいなさいと言われ、彼と接すれば、接する程にその想いが確固たるものになっていくのを感じた。


「お姫さまみたいだね」

「そういう君は王子さまだね」

「そう見える?」


 王子さまと言われ、一瞬、不思議そうな顔をした彼だったけど、段々とその言葉が沁みてきたらしくて、顔を真っ赤にして恥ずかしがっていた。

 その顔が凛々しいのになぜか、かわいく見えて、言った僕も恥ずかしくなったんだよね。


「ぼくね、おかしいと思うんだ。ぼくはぼくらしく、したいだけなんだ」

「え?」


 僕はその時、ハンマーで頭を叩かれたような衝撃を受けた。

 僕と同じようなことを思っている子がいるんだって、ね。

 勇者だから、男らしくしなくちゃいけない。

 それが嫌で女の子の恰好をして、僕は逃げ出してしまった。

 それなのにこの子、僕より、小さいのに立派に戦っているじゃないか。


「逃げるのやめる。わたしもわたしらしく、してみる」


 僕はその王子さまのように逃げずに立ち向かうことに決めた。

 別に女の子の恰好をしたかった訳じゃない。

 だから、男の子として、向き合うことにした。

 勇者だけど何も男らしく、生きなきゃいけないって、誰が決めたんだ?

 僕は僕だ。

 僕は僕らしく、偽らないことにした。

 両親も最初の頃はそんな僕に男の子なんだから、勇者なんだから、と口が酸っぱくなるくらいに言ってきたが、僕の意志が固いのを知ると『お前の好きなようにやってみるといい』と認めてくれた。


 それから、六年が過ぎて、僕は勇者らしくないけど勇者として、頑張っている。

 それなりに実績も上げた。

 これもあの時、出会った少年の言葉が僕を変えてくれたからだ。

 僕はあの少年にもう一度会いたいと思って、母さんにあの城みたいな場所のことを聞き出した。

 ノイブルク伯爵家のお邸だったということ、ノイブルク家はダンジョンを運営する貴族であること、現在の当主があの時、出会った子であること。

 色々と分かって、僕は決意した。

 よし、会いに行こう、と。


「ノイブルク家の御当主にお会いしたいんですが……あっ、僕はマリウス・グーデリアンと申しまして、ええ、勇者です」


 そう、出迎えてくれた使用人と思しき女性にそう説明すると応接室に案内された。

 何だか、随分と慌ただしい様子だが忙しい時に来てしまったんだろうか、と心配になってくる。


「ぜぇぜぇ、遅くなって申し訳ございません。わたしが魔王グレモリーです」


 バタンと扉を開け、そう自己紹介したのはあの子ではなかった。

 お姫さまのようなドレスに身を包んだきれいな女の子。

 そうだなぁ、お姫さまが絵本からそのまま出てきたって感じの子だ。

 とても、かわいい。

 そうとしか、言えないくらいに整った顔立ちの美少女だよなぁ。

 おかしい、どうなっているんだろう。


「肩書ではない方がご所望? マリア・レジーナ・ノイブルクです」


 僕がジロジロと観察するように無意識に見つめてしまったせいか、彼女はちょっと不機嫌そうに言いながらもきれいなカーテシーを決める。

 どうやら、彼女がノイブルク家の現当主で間違いないのか?

 どうなってるんだ、考えれば考えるほどおかしい。

 僕の会いたかったあの王子さまは一体、誰だったんだ?

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