第3話 変なやつが来たみたい

 魔王っていう肩書は世襲制のもので単なる称号みたいなものだ。

 わたしの家は貴族だからね、それも古い家柄の面倒なやつ。


 家伝とかいう家に伝わっている昔話ではグレモリーは女神の一柱なんだそうで。

 今では祀られてもいない女神だから、この話を外でしちゃいけないらしくて、対外的には魔王グレモリーって名乗ることになってる。

 それに魔王の座すダンジョンの方が集客見込めるから、魔王ってことにしてきたそうなんだよね。

 それでそのありがたい女神の血なんだけど、正直呪われているとしか、思えない。

 わたしの家で生まれる子は生まれた時点ではどっちもある存在なのよね。

 何それって、思うでしょ?

 皆、そう思うのにわたしの家では女しか、生まれないことになってるの。

 どういうことかっていうと選ぶ時に男として生きようとした人が一人もいなかったということ。

 ママもママのママもご先祖さまも皆、女であることを選んだんだよね。

 それはきっと運命を感じる人と出会ったからだと思うんだ。

 わたしはどうなんだろう?

 そんな人いたっけ?




「姫さま、問題発生のようです」

「え? 何か、起きたの?」


 次の日、わたしとしてはつい急所攻撃しちゃったから、居心地が良くない。

 アンソニーは伊達にじじいじゃないから、へっちゃらな顔して接してくるから、余計にね。

 『いけませんよ、淑女のすることではありません』と怒られる方がまだ、ましってもんだよ。


「はい、それが魔王を倒しに来た勇者さまがおいでになったようです」

「ゆ……うしゃ? ええええ!? 何で? おかしくない?」


 そういうのが来ないようにわたしは無い知恵を絞って、考えた。

 かわいい女の子を雇って、合法的に金品をせしめればいいって。

 メイドを売りにして、彼女たちによって客が自発的に金品を差し出すようにすれば、法には触れない。

 そう、単なるカフェですっ!

 勇者が乗り込んでくる場所じゃ、ないでしょうがっ!


 勇者が実は世襲制の称号に過ぎないっていうのは有名な話。

 代々、勇者の一族っていうのがいて、〇代目勇者みたいに名乗る訳なんだけどそんなことを長くやっていたら、勇者らしくない人が出ることも多かったらしい。

 今回のっていうか、乗り込んできた勇者は勇者らしい人なんでしょうね。

 対応しなけりゃいけないわたしとしては激しく面倒くさいけどっ!


「アンソニー、勇者さまを応接室へ案内しておくように」

「姫さま、自らお会いなさるおつもりですか?」

「もちろん! わたしは疚しいことなんて何もしてないもん。ドレスを着るから、着付けに詳しい人をお願いね」

「畏まりました」


 ドレスに着替えようと部屋に戻るともう着付けの為にメイドさんがいるもんだから、焦った。

 秒で仕事するとか、アンソニー恐るべし。




「はい、オーナー。これでバッチリです」

「ぐ、ぐるじい。これ、我慢しないといけないやつ?」

「もちろんですとも。コルセットは必須ですよ」


 着付けに詳しいメイドさんは容赦がなくって、それこそ秒で身包み剥がされて、コルセットでギュウギュウと締め付けられ、重たいドレスを着せられて、出来上がった。

 髪のセットまでしてくれて、メイクアップまでしてくれるとか、有能すぎるよね。

 スタンドミラーで確認するとどこから、どう見てもお姫さまがそこにいる。

 これがわたしだっ、わたしの実力だっ!

 支度してくれたのはメイドさんだけど素材はわたしだから、わたしの手柄でいいはず。

 うん、そういうことにしておこう。

 履いたこともないヒールと歩くのにとても邪魔な長い裾のせいで苦労して、わたしはようやく応接室にたどり着いた。


「ぜぇぜぇ、遅くなって申し訳ございません。わたしが魔王グレモリーです」


 ソファに腰掛け、優雅な所作でコーヒーを飲んでいた勇者さまがわたしを見て、硬直した。

 何? わたし、まだ何もしてないよ。

 何か、するつもりもないけど。


「肩書ではない方がご所望? マリア・レジーナ・ノイブルクです」


 あまり、する機会もないんだけどきれいに出来るまで厳しく躾けられたカーテシーを決める。

 メイドカフェをやっているけど、一応伯爵家ですからねっ!


「あっ……いえ、失礼しました。マリウス・グーデリアンと申します」


 勇者はわたしよりもちょっと年上って、感じかな。

 濃いブラウンというよりも黒に近いような色合いの髪に瞳は晴れ渡った空みたいに澄んだきれいな色をしている。

 町にいたら、女の子がキャーキャー言いそうな美少年っていうやつじゃないかな?

 落ち着いた感じがするけど、この人が魔王を倒すって、乗り込んできた人?


「それで勇者さまがわたしの店に何の御用でしょう?」


 勇者の向かい側のソファに躾けられた通りに優雅に腰掛ける。

 じっくり観察してみるけど敵意があるようには見えない。

 おかしいなぁ、アンソニーが嘘を吐くはずないし。


「おかしいな、男の子じゃないぞ」


 勇者が何か、小声で呟いたけど良く聞き取れなかった。


「それで何の御用でしょうか? わたしの店はちゃんと営業許可を得て、開いております。武器を使って、戦うような場ではありません。何なら、店内を全て確認していただいてもかまいません」

「どうやら、行き違いがあったようですね。僕はここのオーナーである魔王に会いたいと申し上げたんですが」

「ええ? どういうことです? わたしは勇者が魔王を倒しに来たと聞きましたけど?」

「はい? 勇者も許可を貰わないと公の活動は出来ないんですよ。どうやら、勘違いされただけのようですね。僕はただ、お礼を言いに来ただけなんです」


 お礼って、やっぱり、お礼参りじゃない。

 受けて立ちますとも、アンソニーがねっ!

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