第4話
学生証を見た瞬間、様々なイメージが、走馬灯のように脳内を駆け巡った。
警察に身柄を確保される自分の姿。
新聞の一面に大きく掲載される自分の名前。
裁判、執行猶予、懲戒免職。
涙を浮かべて悲しむ両親の姿と、涙を浮かべて笑い転げる東の姿。
思わず叫び出してしまいそうな衝動を堪えて、俺は冷静に自分の席へと戻った。
俺の様子を恐る恐る伺いながら、佐藤さんもゆっくりと席に座る。
無言のまま数分の時間が過ぎた後、佐藤さんが申し訳なさそうに声を掛けてきた。
「あの……ごめんなさい本田さん……嘘をついた事は謝ります……お、怒ってますか?」
「いや、別に怒ってはないけど……なんでこんな事したの?」
「そ、それは……」
反省の色を見せながら、頭を下げる佐藤さん。
それに対して、俺は落ち着いて、落ち着いているように取り繕って、そんな質問を投げかけた。
コーヒーカップを持つ手は震えている。
ダメだ、全然動揺してる。
「実は私、最近引っ越してきたばかりで、全然友達いなくて……」
「うん……」
「それで、話し相手でも探そうって、アプリを始めたんです。そしたら、本田さんからメッセージが来て……」
「うん……」
「この人チョロそ……落ち着いてて、優しそうな人だなって思って……」
「うん……うん?」
こいつ、今チョロそうって言わなかったか?
……ま、まぁいいや。
今は諸々の事情を聞くのが先だ。
「この人なら、危険な事にもならないだろうって、そう思って、やり取りを続けました……そしたら、会ってみたくなって……」
「そっか……じゃあ、別に俺をハメようとか、困らせようとしたわけではないんだね?」
「ち、違います!? 私……そんなつもりはありません!」
よかった。
いや、全然良くないけど、とりあえず美人局とか宗教勧誘とか、壺とかおやじ狩りとかではないらしい。
それなら、話は早い。
後は適当に、危険な目に合うからこういうのはやめろ的な説教をかまして、今までの全てを無かった事にすればそれで済む……
「あのさ……偉そうに言うつもりはないけど、大人として一応言っておくよ? 未成年の、それも女の子が見知らぬ男と会うなんてすごく危険な事なんだよ? もしかしたら誘拐とか……事件に巻き込まれてたかもしれないし……それに、佐藤さんに会う相手にだって迷惑が掛かるんんだ」
「はい……すいません」
「もう、こんな事はやめた方がいい」
「はい……ごめんなさい……気を付けます……」
「はぁ……分かってくれたならそれでいいけど……じゃあ、会計は俺が払っておくから、今日はもう帰りな……」
「……あ、あの」
「何?」
そう、呆れ気味に、説教めいた言葉を吐いた。
佐藤さんは相当しょんぼりしていて、うつむきながら俺の話を聞いている。
それが何だか可哀想になって、説教は早めに済ませ、もうこんな事はしないと約束を取り付けて終わらせた。
すると、最後に、佐藤さんが遠慮がちに俺に聞いてきた。
「と、友達作りに協力してくれるっていう約束はどうなってしまうんでしょうか?」
「いや……それは……ナシってことになるんじゃないかな? もう会えないし、チャットもできないんだから」
「えぇ!?」
「いや、えぇって……」
俺がそう言うと、佐藤さんは目を丸くしながら驚いていた。
いや、驚きたいのはこっちだよと思うのも束の間、佐藤さんはその場に立ち上がり、猛抗議を始めた。
「は、話が違います!?」
「はい?」
「友達出来るまで協力してくれるって約束してくれたじゃないですか!?」
「いや……何言って……」
むーっと頬を膨らませて、こちらを睨みつける佐藤さん。
その視線に困惑しながら、苦笑いを浮かべて対応する。
「嘘をついた私が全面的に悪いです。でも、せっかく仲良くなれて、約束もしてくれたのに、それを今更なかったことにしてくれだなんてあんまりです!」
「いや、だから、俺と佐藤さんが交流を持ってる事自体が犯罪みたいなもので……」
「犯罪……」
宥めるように俺がそう言うと、佐藤さんは俺の言葉を噛み締めるように聞いた後、自分の中でその言葉の意味を咀嚼し、はっと、何かに気がついたような様子を見せた。
「……本田さん」
「な、なに?」
「……約束、守ってくれないって言うなら……私、今日本田さんと会った事、母と警察に伝えます」
「…………は?」
目の前にいる子供の口から発せられたその言葉に、俺は混乱する。
けれど、すぐにその言葉の意味を理解して、度肝を抜かれた。
……え、こいつ、今なんて言った?
通報って……
「……ちょ……いや……待て……それは……それだけは……」
言葉の意味をようやく理解して、食い下がるように、いったん落ち着けと言った視線を佐藤さんに送る。
けれど、佐藤さんの決意は固いようで、震えるように、両手を胸の前で硬く握っている。
「だから……それが、通報されたくなかったら……」
そうして、ゆっくりと顔をあげ、俺の目を真っ直ぐ見つめる佐藤さん。
右手の人差し指を突き立て、揺るがない意志と、強固な視線を向けて言う。
「通報されたくなかったら、私に協力してください!」
× × × × ×
人が疎らになってきた日曜日のファミリーレストラン。
席についている客は数人程度で、その他の席は閑古鳥が鳴く程に閑散としていた。
きっと、世間の人々は今頃、明日から始まる日常生活に備えているのだろう。
街全体が寂しくなってきたのが何よりの証拠だ。
みんな、家に帰って安静にしているに違いない。
そのはずだ。
……でも、俺は違う。
俺は、きっと俺だけは、日本全体が纏う帰宅ムードに抗っている。
謎の確信を持って、俺はファミレスの机の上で頭を抱えていた。
「また連絡するので、絶対に返信してください。もし返信が途絶えたら、即刻警察に通報しますからね!」
そう、逃げるように吐き捨てていった女子校生の声が頭の中に木霊する。
これからどうなるのだろう。
そんな不安を抱きかかえながら、俺の週末の夜は更けていった。
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