第14話 同居前のカップルのように

「あ、この歯ブラシ立てカワイイ!」


 ホームセンターに来てからも夏菜は終始ご機嫌で見るもの全てに目を輝かせている。


「おにーさんのところに歯ブラシ立てはある?」


「いや、歯ブラシ立てはないよ。代わりにコップを使ってる」


「じゃあ、これは私が払うので買っていきましょう。ここに私のお泊まり用の歯ブラシも立てておきます」


「いやいや、泊める予定はないからね?」


「え? 今日は同居するための雑貨を買いに来たんですよね?」


 また夏菜が俺を揶揄い始めたようだ。


「誰がどこで同居するんだよ?」


「私がおにーさんの部屋にですけど?」


「今のところその予定はございませんので、それは棚に戻しましょう」


 歯ブラシ立てを陳列棚に戻し売り場を夏菜と軽口を叩き合いながら移動する。


「あ、ダブルベッドも必要じゃないですか?」


 ベットが並んだ売り場の前で夏菜が高そうなダブルベッドを指差す。


「こんなでかいのうちの寝室に置いたら居場所が無くなっちゃうよ」


「でも私とおにーさんが愛を育むにはこれくらい大きいベットじゃないと夜の営み――ふぇっ! おにーさん何するんですか⁉︎」


 夏菜が暴走気味になってきて危ない言動をしそうだったので頭に軽くチョップを食らわせてやった。


「はいはい、そこまでにしようね。これ以上は大人になってからにしましょう」


「私はもう十八歳だし大人ですよぅ。ランジェリーショップでおろおろしてたおにーさんより大人だと思うなぁ」


 これは痛いところを突かれてしまった。確かに今日は年上らしい振る舞いが全然できていない気がする。


「ぐっ! た、確かにその通りだが……」


 反論しようにもその通りなので何も言い返せなかった。


「ま、そういう頼りないところがおにーさんらしくて良いんですけね」


 それって褒めてないよね? すでに頼りない大人のレッテルを貼られてい流のは少し悲しい。


「悔しいが夏菜のいう通りなのでもうちょっと年上らしくだな……頑張る所存です」


「ん! よきにはからえ」


 なんか使い所が違う気がするけど何となくニュアンスは伝わった。


「あ! このキッチンテーブルのセット欲しい!」


 次から次へと欲しいものがあるようで、まるで同居前のカップルのような気分になってきた。


「これから同居するカップルが買い物に来るとこんな感じなんだろうなぁ」


 夏菜も俺と同じような気持ちだったようでしみじみと語っている。


「こうやって気の合う相手と生活用品をあーだこーだ言いながら買い物するのは楽しいしワクワクする」


 夏菜と同居するわけではないけどこうして一緒に買い物をするのは本当に楽しい。


「ふふ、おにーさん私と気が合うんだ?」


「え? ま、まあ……気が許せるというか、気を使わなくていいから自然体で接する事ができるかな。だから頼りなく感じるのかもだけど……」


 夏菜に対して見栄を張ったり頑張ったりする必要が無いから頼りなく思われてしまうのかもしれない。


「おにーさんはそのままの自分で私に接してくれればいいんだよ。無理すると疲れちゃうでしょう?」


 夏菜は本当に良い子だとつくづく思う。

 こんな女性とずっと一緒にいられれば俺も……っと、危うく自分の立場を忘れるとこだった。俺は夏菜の保護者みたいなものだという事を忘れないようにしなければいけない。


「夏菜ありがとな。お陰で俺も無理せず頑張れてるよ」


「うん、これからも遠慮せず私を頼ってね」


「いやあ、さすがに年下の夏菜に頼りっ放しっていうのも大人としての威厳がだな」


「おにーさんに威厳はないから大丈夫だよ!」


 笑顔でズバリ本音を言われて俺のライフはゼロですよ。


「面目ない……」


 夏菜は満面の笑みを浮かべたと思うと、今度は真剣な面持ちになった。


「もう無理しちゃダメだよ。初めて橋の上で会った時のような疲れた顔は見たくないからね」


「ああ、肝に銘じておくよ」


「うん、ならよかった」


 こうやって気を使ってくれている夏菜に俺は何ができるのだろうか? 貰ってばかりでは申し訳ないと思うが、自分に出来る事は今、何もない事は分かっている。


「じゃあ、調理用具買ってさっさと帰るか」


「うん、そうだね。夕飯の買い物もしなくちゃいけないしね」



 キッチン用具売り場に移動しフライパンや鍋が並んでいる通路で俺は圧倒的な品数の多さに目を丸くしていた。


「で、何を買えばいいんだ?」


「一回で全部揃えるのは無理だから、とりあえず今日作るメニューに必要な物は買わないとね」


「それで夏菜は今日何を作ってくれるの?」


「今日はカレーを作りたいと思います! 作り置きして次の日も食べれるし冷凍すれば日持ちするしね」


「カレーか……となると深い鍋が必要か。あと夏菜の分の食器も新調しないとな」


「おにーさん、ようやく私と同居の決心をしてくれましたか!」


「違う! そうじゃない! 今日食べるのに必要だからだ。生憎うちには一セットしか食器が無いからな」


 相変わらず夏菜はそっち方向に話題を持っていきたいようだ。嬉しいけどドキドキして心臓に悪いので自重して欲しいものだ。


「せっかくだからカレーを盛り付ける食器はお揃いの二セット買いましょう」


 そう言って夏菜は食器売り場へと早足で駆けて行った。俺はのその後を付いていく。


「おにーさんこのお皿にしましょう! いかにもカレー皿って感じじゃないですか?」


 夏菜の選んだのは楕円形でやや深めの、いかにもカレー用のお皿といった感じだった。


「こういうカレー専用っぽい皿は憧れるなぁ。レトルトカレーだと皿なんて何でもいいかなって思うけど夏菜の作ったカレーならお皿もこだわりたと思えてくるな」


「おにーさん、私の作るカレーに凄い期待をしてくれてそうなのは嬉しいけど、カレールーは市販のだからそれほど変わった味になるわけじゃないからね」


「でも、夏菜が作ってくれるなら即席ラーメンでも嬉しいよ」


「おにーさん嬉しいこと言ってくれますね。今日のカレーは気合を入れて作ってあげます」


「ああ、楽しみにしてるよ」


 カレーに必要な調理用具を購入した俺たちは荷物が多かったせいもありタクシーで一度俺の部屋に戻り、荷物を置いてから食材の買い出しに行くことにした。

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