第十二条 未必殺の故意

 ……日が暮れだしていた。


 〝ウフッ ビッグカップ〟近郊のラブホテル。どういうわけか、その一室に敬雅とアラディアと香奈々は三人でいて、そろってベッドに座ってテレビを見ていた。

 ニュース番組を間近に控えたCMの間、室内は沈黙に覆われている。

 あのビルから魔女の飛行術でひとっ飛びするや、なぜか女刑事とアラディアは敬雅を無理やりここに連れ込み、二人の女性の間に着席させたのであった。


「とりあえず、一息つきましょう」

 チェックインしてからの女刑事の第一声だった。


「いやなんでラブホだし!」たまらず敬雅は、緊張と恥ずかしさと混乱でずっと出せずにいたツッコみを吐く。「百歩譲っても普通のホテルでいいだろ!!」


「文句ばっかね、近かったからよ」

「あのな!」


「わしらは表社会から抹消される存在だ」厳かに、アラディアが補足する。「女警官が高校生をラブホテルに連れ込むなぞ、バレたら淫行条例違反じゃ済まん。だからこそ、敵もここに隠れたとはなかなか想定できんだろうて」


 こじつけ臭い。敬雅は、諦めと呆れが入り混じった感情で肩を落とし、とりあえず訊く。

「……敵って? あのイフリートは死んだんじゃないのか」

「奴は顔見知りでな」魔女は答える。「以前封印したのだよ、出てきたということは使役した者がおる」

「ほら、ヤッてるわよ」

 と、徐に香奈々がテレビの方向に顎をしゃくる。

 何をヤッてるのか。これまでの流れからアダルトチャンネルでも視聴してんのかと怒りそうになった敬雅だが、いちおう確認してみた。


 大型プラズマテレビには、ニュース番組が映されていた。昼間に訪れたウフ・ビッグカップの外観だ。

『――東京新宿区の雑居ビルで摘発された詐欺グループについて、紙幣の偽造も行っていた容疑で警察は再逮捕する方針で――』


「なんだよ……これ?」

 思わず敬雅は呟く。

「詐欺? 紙幣偽造? 事実と違うじゃないか!?」


「みなが科学による平等な社会で生きるためだ」魔女は冷静に付言する。「一般には魔術の関与を省いて説明するしかない」

「ちょっと待てって」

 敬雅は今度こそ納得がいかなかった。

「殺人だぞ、本当の犯人は別にいるんだろ。詐欺グループだってあそこの社員だろ、騙されてたんじゃないのか!?」


「社員募集の求人自体おかしかったわ」冷たく、女刑事の方は言い訳する。「彼らはそれを自覚しながら入社したと取り調べでも明かされてる。犯罪が魔術関連だっただけで、〝未必の故意〟ってやつよ。一般社会相応の罪状に変換して裁くだけ、冤罪でないだけマシだわ」


「……どういう、意味だ」

 全てが気に食わなかったが、さらなる予感に敬雅は言葉を失った。

 香奈々はゆっくりと立ち上がり、それでもやっとほぼ同じ背丈の男子高校生と正面から睨み合う。そして、まさに彼が危惧した通りの暴露をしたのだった。

「行方不明に未解決事件、魔法が係わってるが故に謎のままにされる事象も枚挙に暇がないってことよ。冤罪もね」


「魔法律が関与してるからって、そう処理した事件もあるってのか!」

 相手が女性であることも忘れ、敬雅は香奈々の胸倉をつかんだ。

「全部ではないけどね。いちいち気にしすぎでうるさいのよ、あなたは」

「もう勘弁ならない」さらりと言ってのけた女刑事に、敬雅はキレる。「あんたらに付き合うのはここまでにさせてもらう!」

 さっと二人のもとを離れた。そのまま、真っ直ぐ出口を目指して帰ろうとする。

「待つのだフェンリル!」

 必死なアラディアの声に、一瞬だけ躊躇して足を止める。

「わしがこの国に協力するまでの話だ」魔女も立ち、弁明した。「そうしたことがないよう、今は極力注視しておる。そもそもそうした現状を変えるためにも神定法をどうにかする手伝いを欲して誘っているのだろう、なぜそれを教えんのだ香奈々!」

 同性の同僚にも怒鳴ったが、女刑事はそっぽを向いていた。


 敬雅はほんの少しだけ、二人の女性を振り返って葛藤した。

 焦っているアラディアと、腕を組んで憮然としている香奈々。……信頼できるだろうか、いやどうにせよこれまで黙っていたのだ。

「もう、おしまいだ」

 だから、彼は断じた。

「結局おれが来た意味もよくわからなかったし、役にも立たなかった。用はないだろ。こんなに隠し事ばかりのあんた等に付き合うのもごめんだ」


「待たんか、頑固者どもめ!」

 魔女の制止も構わずに、敬雅は部屋を出ていってしまった。

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