第十条  不魔法侵入罪

 途端、いっせいにモニターがついた。室内の中央辺りにいた敬雅たちを、囲うが如く配置されていたパソコン全部がだ。それぞれに、横線のようなもののみが表示されている。

 だけではない。室内の床にも途切れ途切れの円のような線が浮かび、三人を包囲した。

 高低差はあるも、両方合わせれば円陣となる形だ。


「なるほど」アラディアが感心する。「パソコンの画面が起動しない限り完成しないために、魔力を感じさせなかったわけか」

「なに冷静ぶって分析してんのよ!」

 女刑事が苦言を呈し、敬雅も焦りまくって問う。

「珍しく同感だ、こいつはなんだよ!?」

「簡易な魔法円さね」

 落ち着き払う魔女に、男子高校生はどうにか知る限りの知識で推理する。

「魔法陣か? ゲームとかだとこん中になんかを召喚するから、そいつでおれたちを攻撃するとか!?」


「そりゃフィクションだ」輝きを増す円内部で、相変わらず悠揚迫らぬ態度でアラディアは説明する。「本来、魔法円は外部に召喚したものから自分たちを護るために築かれる。霊的存在が侵入すれば、不法侵入の神定法で罰せられるといったところだね」


「なら、おれたちを護るためかよ!?」


「もちろん違かろう」魔女は、前方の窓が並ぶ一面側を睨んで推理した。「こいつは〝ソロモンの魔法円〟だ」

 そちらの方向にやや離れた床に、三角の文様が浮かび上がっていた。

「あの三角形が召喚対象を呼び出す位置、円とセットで一つの図形だよ。儀式魔術を簡略化できる特性を持つわしをここに立たせることで魔力を流用し、召喚の発動を促したといったところか」


「さよう!」

 これまで場にいた三人のものではない、猛獣のような声が答えた。

「オレ様を呼び出し、誘き寄せた貴様らを始末するためにな!!」

 三角形の上に炎が燃え、熱気の煙で成される厳つい裸の巨漢を形作る。

「久しぶりだな白魔女よ!」

 そいつが言った。


「イフリートか、あのときの」

 驚愕する不良男子をよそに、アラディアは平然と答える。

 まさしく、目の前に現れたのは彼女が見知った相手だった。二ヶ月以上前にドイツへの出張で、復活するや即封じた対象だ。

 この魔神を解き放った新宗教関係者には記憶消去魔術を施した。イフリート自身も再度瓶に封印して今度は人間に発見される恐れがないほどの深度、マリアナ海溝の奥底に沈めたはずだった。


 なのに。


「さて」イフリートは言う。「借りを返させてもらうぞ」


「の前に、不法侵入と公務執行妨害よ」香奈々が懐から拳銃を抜いてそいつに向ける。「どういうことか説明しなさい!」

「何だそのガラクタは?」イフリートは嘲笑う。「魔道具でもなかろうに、無力を嘆きながら死すがいい!」

「じゃあ正当防衛ね」

 即座に香奈々は発砲する。

「うっ!」

 効かないと言ったくせに、イフリートは煙の肉体に穴を空けられて怯んだ。

「魔道具なのか!?」

「弾がね」香奈々は得意げだった。「退魔用の銀銃弾シルバーブリッドよ。銃すら知らなさそうだし、再復活から間もないってとこかしら?」

 魔女と魔神の対話を聞き、試したらしい。


 ソロモン王が生きた古代に封印されたのがこのイフリートだ。『千夜一夜物語』で復活した後も、即座に二度三度と封印されていた。ドイツの古城でも即封印されている。

 つまりその時点で銃など知らなかったはずだ。ここでも無知ならば四度目の復活からも世の中の事情をさほど学ぶ暇がなかったことになる。


「悟られたならば、なおさら生かしておけん!」

 意図に気付いて吼え、イフリートは猛スピードで円の周りを廻りだした。炎の竜巻が構成される。


「あっ、熱ッ!」

 たちまち敬雅は汗だくとなって呻く。

 周囲の気温が上がっていくのだ。奇しくも、不要だったためか回収されずに残されていた壁掛け時計と合わさった温度計が室内にはあり、数値がみるみる上昇していく。

「炎の肉体による現世への干渉を調整すれば、物理的に高温ももたらせる」

 アラディアが、しゃがみつつ言及する。

「魔法の形跡を残さずに蒸し殺す気か? 神定法対策かね」

「落ち着いてないで、対応しなさい!」

 とか言いつつ女警官は上を脱いでブラ一枚になる。

「の前に脱ぐな!」敬雅はツッコむ。「警官が高校生に裸見せ付けんのは表の法律でどうなんだ!」

「暑いんだからしょうがないじゃないの!」

 実際、もはや蒸し風呂だ。敬雅も汗だくで、脱ぐ覚悟をせざるを得なくなってきた。


「待て」

 さすがにアラディアも汗を掻きつつも、仲裁する。同時に、足元が光ったかと思うと途端に円内部の気温が下がりだす。

「魔法円を利用させてもらった」魔女は言う。「魔女狩りでは、作物を中心とした悪天候による害も魔女の仕業とするため、印象操作の目的でわしらが使いやすい天候制御魔術を権力が開発したこともあったからのう。応用すれば、気温ぐらい抑えられる」


「そこから先は?」

「脱出用に魔法円を変換もできるが、ちと時間が掛かるな」

 今度は制服を着つつぼやく香奈々に、アラディアは面倒そうに返答する。


「だったら、こちらも対策を変えよう」

 イフリートは、三人の前で動きを止めた。

 辺りを熱するのを中止したようだ。室内の温度計も、急激に元の数値に戻っていく。

「塔ごと崩すとするか!」

 宣言し、今度はコンクリートの地面や柱を殴りだした。鬼神の腕が触れた箇所から、石は高熱でどろどろと溶けていく。


 そこで敬雅は発見した。

 さっきからやたらとイフリートは身を低くしているし、どうにも今熱いのは実際の身体だけらしい。

「なあ」ふと閃いて、仲間に訊いてみる。「こいつは煙でできてるみたいだが、性質も同じか?」


「いかにも、超高温の煙だが」

 魔女の回答を得るや、敬雅は円の後ろに飛び出した。

「なら隙を作る!」

 突然の行動に呆気にとられる一同を置いて駆け、イフリートがいるのと反対の壁際にあったスイッチを押す。

 天井の換気扇が作動した。たちまち、イフリートが吸い上げられだす。

「なっ? バカにするな!!」

 気付いた魔神は怒ったが、実際煙で構成される身体は換気扇へと伸びている。とはいえ、大部分の本体は自分の位置を保ち、敬雅へと襲い掛かろうとした。

「円に戻れ!」アラディアが警告する。「奴の言う通りだ、単なる煙ではないぞ!!」

「ちっ、なら悪魔――!」

 冷や汗を流し何事か口ずさみ掛けた敬雅だが、香奈々は別な警告をした。

「伏せて!!」


 高熱の身体が接触、天井付近の火災報知機が作動しスプリンクラーから水が放たれた。刹那、イフリートは爆発したのだ。

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