第九条 通貨偽造魔術罪

 扉が開けられると、なるほどだだっ広い空間には、いかにも会社のオフィス風にデスクが並んでいた。

 香奈々の説明によれば、もとは他にも普通の仕事場にありそうなものがあったが、すでに警察が押収済みとのことだった。今や中央辺りに、円陣を組むように並ぶ数台のパソコンとダンボール箱が一つ残る程度である。


「社員にも給料は払われてたんだよな」そこまで聞いて、敬雅は遮った。「雇い主は金持ちか? 利益ないのに幽霊会社を運営するなんて」

「問題の一つね」言って、香奈々はパソコンの合間に置かれているダンボール箱に歩み寄る。「魔術に関連しそうなものだけは、SGTに選別させて残してもらってるわ。ここらのコンピュータにも形跡があったから、動かしてない」

 彼女は箱から万札の束を出して卓上に載せた。百万円くらいはありそうだ。

「ワイロか?」

 ボケる敬雅を、香奈々は軽くあしらう。

「残念ながら偽札よ、よく観察してみなさい」


 女刑事が鮮やかな手つきで札束をめくり、およそ全部に裏表があることを示すと、アラディアに渡した。

 札の一枚を矯めつ眇めつ眺める魔女を覗き、敬雅は言う。

「本物と見分けがつかねぇけど」

 刑事も同意する。

「でしょうね、精巧にコピーしてるわ。透かし、厚み、隠し文字、インク、ホログラムすらね。完璧すぎて、紙幣番号や記番号とかまで同じだから偽物ってバレバレだけど」

 なるほど。

 刑事が敬雅の顔に近づけて示した札束の箇所を観察し、確かに同じ番号のものがいくつもあると男子高校生は理解する。


「〝松木箱の蛇〟だな」


 アラディアが分析を披露した。

「ある儀式で生み出した特殊な蛇を松の木製の小箱にかねと一緒に入れると、現金が倍になる魔術だ。古い時代の手法だから、現代の通貨ではこうなってしまうのさ。にしてもシジルの件といいあまりにお粗末……」

「どうした?」

 怪訝そうな顔をした魔女に敬雅は尋ねたが、彼女は首を振って先を続けた。


「それより、シジルはやはりこの場で製造されたようだよ。魔力を辿ることで原文が明らかになった。『ウフッ ビッグカップ(FUBGCP)』は、〝Your life will be my magical power〟が原文さ。〝おまえの命は我が魔力となる〟といったところか」


 女刑事が納得する。

「だから犠牲者は動画を見た全員ってほどの数じゃなくて、一部だったのね」

「中でも」魔女が補足した。「シジルの罠を見抜くほどの鍛錬は積んでおらず潜在的に魔力が強い者が強制的に生命力を絞りつくされ、術者に吸い取られたんだろう」


「犯人は他人の魔力を掻き集めるために人さえ殺す魔術師ってとこか?」

 と敬雅が推理していると。

「香奈々」魔女が警戒しながら問うた。「社員数と給料がいつどれくらい支払われていたかの資料はあるかい?」


 言われて、香奈々はダンボールを漁ると目当てのものを取り出した。

 捜査資料を挟んだらしきファイルだ。捲って要望に応えるページを出すと、卓上に載せてみなで閲覧できるようにする。

 資料によれば社員は十名ほど。全員が本来チンピラや浮浪者、街中で一人でいるところをフード付きのローブによって全身を隠した人物にスカウトされたという。彼らには、会社に勤める振りをして遊んでいるだけで給料日に同じローブの人物から、直接現金で報酬が与えられたそうだ。例の偽札で。


「〝松木箱の蛇〟を作成するには、通常最低ひと月と九日掛かる」

 資料に目を通しながら魔女が口にする。

「給料をもらったら金遣いの荒そうな社員はすぐ使うだろうしね。会社設立等の一般的なしがらみは魔術でごまかせたとしても、計画を考慮すれば二ヶ月以上前からことが始まったのかもしれん」

 女刑事も同意して付加した。

「通常社会の手続きに魔術を闇雲に使えば、SGTの方面から察知される可能性も高まる。二ヶ月以上前っていうのはいい線行ってると思うわ」

 そこで、アラディアは囁いた。

「……ちょうどあの事件が終わった頃だな」

 おもむろに魔女は身構え、敬雅と香奈々が反応する間もなく結論を出す。


「嵌められたか」

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