第9話 東大・京大記述を公立小6で要約させるには?

「最新の研究結果によると~」

このセリフを言うとき、乾橘先生の調子はいい証拠だ。

これまでも、ぼくらが五年生の時から、いくつもの研究結果をホワイトボードに板書してくれてきた乾橘先生。最初はなにを書いているかわからなかったけれど、新小六になったはじめの模擬試験で、先生の言っていることがわかって自分でも驚くくらい、作文の成績があがって、成績優秀者の欄にいきなり載ってしまった。


乾橘は考えていた。この新しい六年生たちにまた、一年間、作文をただ書かせるだけでは、自分にとって、なんの進歩もない、と。そこで、今までにやっていない試みは?と考えた末にこの議題が思い浮かんだ。つまり、せっかく、六年生で四百字もの作文を書くという経験が訪れる。しかも、そんな受検を課すのは、日本全国でも公立中高一貫校くらい。だったら、六年後、ほとんどの大学受験生が苦手とする記述、それも最高峰の大学でこの一年の体験を、経験を繋げられないかと。少なくとも、乾橘の作文の授業では、年間にどんな六年生も百本は四百字の作文を書かせている。それを、六年後まで意識させておけば、一石何鳥かわからない。


そして、東大・京大の記述解答をざっとみるとある糸口がみえた。

たしかに、どれも字数が長く、一見、面喰うのも事実だった。これをみた瞬間、心が折れ、早々に、選択肢のみの私大受験に切り換えるのも無理はないとおもった。けれど、それでも、じっくり分析すると、実は、簡単な構造からできていることに気づいた。主語と述語さえ抑えてしまえば、あとは、だらだらと長い修飾語がついているだけだと。その付きかたが、若干、複雑だから混乱するだけで、分解して、重要な文から、つまり主語、述語、修飾語の順で、ひとつずつ構築していけば、合格最低点は確実にクリアできると。あとは語彙量の問題と読解スピードだけであって。


これを新小六にわかりやすく、噛み砕いて板書する。

わかってくれと願いながら。

果たして、何人が理解できるか。

ある程度、板書が終わり、ふり返って、表情を窺う・・・・達磨さんこーろんだのように。

ポカーン。

クラスの八割、いや、九割近くが、ホワイトボードをみたまま呆然としている。

・・・・ダメか。飛躍し過ぎたか。

そのときだった。

「・・・なるほど。せんせい、まずは、細かいところばっかりじゃなくて、おおもとだけチェックして、それから順番に細かいところを繋ぎ合わせていけばいいってことですね。なんか、いけそうな気がします!!しかも、六年生で、東大の問題が解けたら、ちょっとカッコいいっすよね?」

クラスいちできのいい小橋がつぶやいた。

「よしっ」

乾橘は小さくガッツポーズをかます。

あとはこれをどれだけほかの生徒にもわかるように教え込んでいくかだ。

「せんせい、ワタシもわかったような気がします!」

「ワタシもです!!」


成績優秀者常連の女子たちからも声があがった。

ひとりは、先の模試の作文で百点をとり、全校一位になった子だった。

作文で百点なんて、何年ぶりに見ただろうか。

少なくとも、ここ五年はみていなかった。


今年の新六年ならこの方法は身を結べるかもしれない。

またひとつ、エンジンがかかりはじめるきっかけをつかめたような気がしていた。

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