第7話  春のやわらかな雨ととともに。

徐々に、新年度への流れは、谷から滴る湧水のように、静かに、静かにすすんでいく。

本当はこの一年、共に過ごしたあの学年を今度は、新たな学年として引き継ぎ、引き続き、更に、濃い一年を過ごしていきたいというのが本音なのだ。その変化していく様を、この目で見届けていきたい。だが、毎年それはかなわない。非受験の学年を受験学年として、引き続き受け持つというのとは、また話が別なのである。

そうやって、これまで毎年、だいたい、ゴールデンウィーク付近までは、なんとなく、力の入らない状況で、乾橘のときは流れていく。

どうにかいい方法はないものか?何度となくこれまでも考えてきたが、未だにその対処法はみつかっていない。やはり、自分の環境の舵を逆にある程度切って、少し強引にでも突き進んでいくしか、方法はないのかもしれなかった。


今年度から本格的に受検作文に取り組みはじめる、目の前の新小五のクラスでは、さっそく、作文の授業がはじまり、その書きかたに、まだまだ、四苦八苦する生徒ばかり。中には、その書きかたに馴染めず、一人で勝手に物語を書きはじめるやつもいた。

けれど、乾橘流の作文指導では、この時期まずは、原稿用紙の升目を埋めららればそれでよしと考えていた。だから、そんなやつらも認めていた。こっちには、これまでに十万枚以上みてきた作文指導の実績がある。ある意味、どこからでも、試験に間に合うように料理できる自信はある。そして、最終目的地は、生涯、文章を苦手としないような土台をこの一年でつくってあげること。その意味で、書きかたに囚われて、作文自体が嫌いになってしまうのだけは避けたかった。それに、文章を書く概念を変えたいというのもあった。つまり、想像以上に、文章を書くというのは、手軽にできるということ。どこからどのように書いても、それなりに着地ができるということを教えたかった。

だから、詩や短歌、俳句を書かせてその説明文をニ百字くらいで書かせたり、好きなゲームについて、その理由や紹介をひたすら詳しく書かせるということもふんだんに盛り込んでいた。そこからやがて、受検型の作文に飛躍していった生徒など、数えきれないほどいるのだ。


後半の授業は、今まで中二で、この三月から新中三になるクラス。去年の中三クラスとは打って変わって、少人数かつ、沈黙が主な特徴のクラス。まず、ともだち同士の私語もない。ここから、果たして、何人の自校作高組を育てられるのか。今日早くもひとり、筑波大附属の過去問を解かせたが、大問一の正解率は四割。ゼロではない光だった。去年、一年をみて、作文記述力は自校作でも十分、通用するだけのものは持っていると判断できていた。そのため、あとは鍛え方と本人のその気次第なのである。先日の受験の結果でも、この作文記述力が高かった中三は、まさかの自校作高に合格を果たしている。乾橘のテクニックにハマりさえすれば、奇跡は現実化しているのだ。

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