第5話 都立中学受験(検)の最大の価値は?

「最もいいたいこと。それは、この都立中学受検の機会に、作文の基礎を学んで欲しいということだ!」

この三月から、ぼくらのクラスの担任になった、乾橘(カンキツ)先生は、いきなり、授業のはじめにホワイトボードを手で強く叩きながら叫んだ。

教室が一瞬にしてピーンと静まり返った。あまりの迫力に、委縮している女の子さえいた。

「おっ。ちょっとやり過ぎたかな。」

先生は、ハニカミながら、ぼくらのほうを振り返る。

正直、いまだに先生のキャラは掴めていない。

とりあえず、先週の自己紹介で、先生は、この都立中受検の草創期から作文の担当していて、もう、十年近くで、これまでに少なくとも十万枚くらいは、採点指導していて、合格する作文は三秒くらいで秒殺で判断できて・・・・将来は、小説家志望で・・・とにかく、凄かった。

けれど、よくあるハチマキをして、がんばるぞー!!みたいな熱さというのではなく、どちらかというと、さっきみたいなひょうひょうとした、おとぼけな感じのほうがメインキャラクターのような雰囲気だった。

でも、それにつられて、こっち側もふざけた雰囲気でいくと完全に痛い目をみる。たぶん、複数のキャラクターが混ざっているんじゃないかとぼくは今のところ、分析しているのだ。

「じゃあ、なぜ、作文の基礎を学んでほしいと言ったか、わかるひと。レジュアハンドゥ?」

「え?なんで、ここで英語?」

ぼくのこころは小さくつぶやく。

「ここなんだよね~。日本教育の弱点は。誰も手をあげない。間違ってもいいから、手を挙げ捲くる海外とは、雲泥の差。感染の原因を振りまいて、謝罪なく、平気で薬といってただの水を配る国に負けるよ、こんなんじゃ。ここから、鍛えていかないと。でも、無理だよね。和を求めて、相手を敬い、ワールドカップで、フォワードがゴール前で相手のキーパーを抜いて、最後にあとひと蹴りすればいいだけなのに、なぜか後ろの味方にパスして、ゴール機会を失うような、ひとの良過ぎる国民性なんだから。先生の小さい頃から、たいしてそのことは強調されてこなかった。だからまず、そこから変えていきたい。少なくとも、私の授業を受ける縁に恵まれたキミたちには。」

せんせい、お得意の独り語りは、急にこうやって、スイッチがはいる。

ほとんどの生徒は、口をあけたまま呆然としているけれど、ぼくは、これもそこまで、嫌いではない。けっこう、リズミカルだからだ。

「話を戻す。そして、極論をいう。」

なんだか、急にまじめスイッチになった。

「はっきり言う。この都立中受検というのは、私立中受検に比べると、その難易度は六割くらい。受からなくても、その後の高校受験で充分とりかえしがつく。ではその価値は?小六のうちに、受験の素養が身につく。受験体力が。そこまでの(それなりにはかかるけれど)お金はかからずに。そして、一生通用する、作文の、小論文の、論文の基礎が学べるということ。しかし、将来の論文の構成まで考えて教えてくれる先生は少ない。ただの受験作文テクニックだけで止まっている先生が、九割だからだ。

しかしーっ!!!!!

私は違う。なぜなら、私は、もともと、作文なんて、書けないところからはじまっている。そして、どうやったら、苦手な子でも書けるようになるかを、まだこの塾で、テキストさえない頃から、思考錯誤してきたからだ。それに、学校教育で作文の書きかたを習ったひと、手を挙げて?」

「なんで、ここは日本語?」

また、ぼくのこころはつぶやく。

「いないよね。そう、これからもいないとおもう。教えてくれるひとは。沈黙は金なりの国だから。一般教育は。海外で活躍している一部の日本人だけが弁が立つように鍛えられていくだけで。」

「いや~今日のせんせいの熱弁はどういうわけか長い。けれど、黙って聞いているみんなもすごい。意味がわかっているかどうかはしらないけれど。」


「つまり、この受験は将来のすべては決まらないけれど、経験としては大きく、それでいて、作文の基礎はここ、いや、私の授業でしか得られないものが、それも、一生もののものはあるということ。なぜなら、400字もの意見作文を書かせる試験は、私立には皆無だからだ。あの開成、麻布、まなちゃんの桜蔭でさえ。だからこそ、この機会に作文の基礎だけは学んで卒業していきなさいと。合格はおまけみたいなものだからと。競争率は5、6倍だし、偏差値ではなく、そこには、都立中学校側の思惑も入っているから、グレーなのだ。それに、理系の問題だって、私立の上位に比べたら、話にならないくらいの易しさだし、理科に至っては、完全にプロと素人くらいの知識差があるからだ。もっというと、私立中は知識論、都立中は感情論で受験環境も攻めてくるから、まったく種類が別物と考えていい。私立中は感情論なんかじゃ、太刀打ちできないくらいの知識量だからだ。ああじゃねぇ、こうじゃねぇ、言ってる暇があれば、脳味噌の中に知識を叩きこめと。それで、感受性がポンコツな官僚が事件を起こしたりする場合もあるけれど。


都立中は、私立中の厳しさに比べれば足元半分にも及ばない。でも、キミら、毎日、10時間以上も勉強できますか?できなないでしょ?そんな根性ないでしょ?じゃ、勉強もしないアホもくる地元の中学にいくの?嫌でしょ?だから、その中間の中学受検にこの都立があるとおもってください。ただ、その分、難易度は高いですよ。だいたい、今の学校のクラスで頭のいい一番か、二番くらいのひとしか入れません。それが各地から集まってくるんですから。でも、合格しなくても、一年間、勉強して身につけたことはキミたちの血となり、肉となり、こういう言葉は本来、嫌いなのですが、自分でもわからないうちに身につきます。一生、あなたたちの身体の中に。そこまで、教えられる自信と実績が、こういう言葉もいやなんだけれど、あるかから、言ってます。とにかく、それを信じて食らいついてきてください!わかったか!」

「・・・・・・」

「てめぇら、話、聞いてなかったのか?わかったか?」

「はい!」

びっくりするようなみんなの返事だった。

「じゃ、今日は、もうしゃべり疲れたので、ここで授業はおわりにする。終わり!解散!」

「えええええええええっ!」

こういうリアクションはばくたちは得意なのかもしれない。

気づけば、授業の100分近くが終わっており、人生でいちばん、はやく味わった時間のはやさのようで、ぼくは、せんせいの迫力で、いまだに頭がぼーっとしている感じだった。

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