第26話 争わぬ者

 希少さは有力な要素だ。アルの相転儀は広間の騒ぎで披瀝されてはいても全ての人間に見られたわけではなかった。見ても本質に気づくとは限らない。それに、光の相転儀は存在さえ確認されていないのだから文献にも載っていなければ口承されてもいない。知らない力に対抗するのは困難だ。アルの力は戦闘においても優位に立てると予想できた。リアは大きな可能性を手に入れたと思った。


 とはいえ、どれほど大きな可能性であろうと可能性は可能性に留まる。具体的な形にするのがリアの役目だった。


「さっきの続きだけど、光の球を打ち出したりできる?」


 アルは首を横に振った。


「できないの?」


「…分からない。試したことがないんだ」


「試したことがない?」


 リアは顔を歪めた。声の抑揚も高くなった。アルの返答が理解できなかったからだ。魔族にとって相転儀は命に次ぐ重大事だ。並べる者さえいるかもしれない。たとえ訓練を受けない平民であろうと可能性を追求しない者などリアは見たことがなかった。


「…その、…どうして?」


 問い返す言葉もありきたりなものになった。


「だって、必要ないじゃないか」


「そんなことないわよ! 闘うことを考えれば有利じゃない!」


 ムキになってリアは反論した。


「…闘うなら、そうかもしれないね」


 眉根をリアは寄せた。アルのしゃべり方が闘うことを否定しているように聞こえたからだった。


「…もしかして、他の魔族と闘った経験がないの?」


 アルが頷いた。


「でも、盟約の儀の時、あたしの手に傷をつけたわよね? つまり、魔力を武器に変換したことはあるんでしょ?」


「刃を生成したことなら何度でもあるよ。仕事のために綱を切ったりするからね。だけど、人に向けたことなんかない」


 リアは目を見張った。軽い驚きを感じていた。アルが手を傷つける行為をひどく逡巡した理由に気づいてもいた。


「他人ともめ事を起こしたことすらないの?」


「…ないことはない…よ。…でも、もっぱら相手がもめ事にしようとするだけで、ぼくが起こしたくて起こしたことなんてない」


「そういう時ってどうしてたの?」


「…だいたい逃げて、どうしても逃げられない時は身を守ることに徹してた」


 リアは言葉を失い、アルも沈黙した。


 これほどに争いを回避する魔族とリアは出会ったことがなかった。


「…腹が立たないの?」


「…それは…、もちろん立つよ。だけど、荒事は好きじゃない」


 リアは胸を使って小さく息を吐いた。


 ある種の感慨に浸っていた。真剣な面持ちで見返してくる男性種の目を深く覗き込んだ。

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