第22話 何もない

 所持品が少なすぎた。これでは何も所有していないに等しい。支度金の入っていると思われる小さな袋の一方も中身の貧弱さを音が示していた。確認するまでもなかった。アルの突き落とされた状況の過酷さが持ち物にも現れていた。


 椅子から立ち上がっていたアルは抗議もしなければ不服も口にしなかった。それどころか申し訳なさそうに顔を俯けた。


 リアは立ったまま、悄然とした気持ちが増すのに耐えた。


 …バカだ、こいつ。


 なじる言葉しか思い浮かばなかった。


 こんなわずかな装備で何をしようというのか。王選びに参加したからといって魔王になれるとは限らない。むしろ、魔王の座に手が届かずに終わる者の方が圧倒的に多いのだ。試練に挑む者が多数である以上、当然の事実だった。


 魔族は自分の力を信じている。しかし、だからこそ人のネットワークを大切にする。血縁や仕事上のつながり、住む土地で培った住民間の互恵関係など、種類や大きさに関わらずあらゆるものを使って生きる。でなければ凶悪な種族のひしめく冷酷な世界で干上がるだけだ。持つ力が強大であるほど反動も大きい。


 なのに、アルには何もなかった。何もかもこれからもう一度作らなくてはならないのだ。


 …あたしが何とかしてやらないと。


 義務感が形を成したような言葉が意識に昇り、リアは慌てて首を振った。


 違う違う。今のは同情とかそういうんじゃなくて。あたしがここに来たのは魔王の調制士になるためなんだから。アルには魔王になってもらわないと困るのよ。


 目をやると、アルがうなだれた姿で立っていた。


 ―いけない。


 激情が過ぎるとリアは冷静さを取り戻した。冷静になるのと同時に申し訳なさに覆われ、謝罪の言葉を口にした。


「ごめんなさい」


 身体をしゃがませて床に落ちた物を拾い集めた。


 調制士のあたしがアルを動揺させてどうする。


 後悔の念が湧き、言い訳がましく弁解した。


「…これはあなたを傷つけたくてやったわけじゃないの。あなたのことを知りたかっただけ。…だけど、やり過ぎたわ」


「…ううん。ぼくこそ、こめんなさい」


 細い声を耳にし、リアは拾うのをやめた。


「…何を謝るの?」


 立ち上がるとアルを見た。胸に沈んだような感覚があった。謝らねばならないのは自分であってアルではない。


 言葉を待っているとアルが静かに言った。


「…ぼく、何も持ってない」


 視線はリアの手に握られた袋に注がれている。


「…背だって低いし、強そうでもないし。こんなぼくと組んでもしょうがないよね」


 思ってもいなかった言葉を聞いて、リアは笑った。あまりにも筋道が外れているので苦笑気味になった。


「アル、あたしがあなたを選んだのはお金や物を持っていそうだからじゃない。それに、外見と事実は違うのよ」


「…でも」


 アルは視線を落としたまま呟いた。


 リアは一つ息を吐いた。手早く残りの物を拾い集めると袋に入れ、長椅子の上に置いた。


「アル」


 名を呼ぶとアルが顔を上げた。


「ここに座って」


 リアはアルの手を取ると長椅子へと誘った。腰掛けたアルの横に自らも身を落ち着けるとアルの手を解放した。

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