第21話 追われ者

「じゃあ、なぜ?」


「今年は不漁だったんだ」


「食べられなくなった、ってこと?」


 アルは再び首を横に振った。


「村預かりから言われたんだ。王選びに出てみてはどうかって」


 続いて出た言葉を聞いたリアは表情を深くした。


 村預かりは村という集団の長だった。正式には村守と呼ばれる職務で、着任は令主の任命による建前だ。現実には地域の有力者が兼ねることが多い。


 王選びに参加する者の出身地がどのような場所であっても有力者の推挙がきっかけとなる事例は珍しくない。しかし、それは参加者が推挙に足る能力を有している場合の話であり、誉として相応の仕度をするのが慣わしだった。広間に入ってきた時のアルの風体はどう見ても推挙を受けた者の姿ではない。ましてや生活の状況を聞かされた後では素直に受け取れるものではなかった。


「村預かりは何て?」


「…その、ぼくは独り者だし、他に頼れる人間もいなかったから、一人でやっていくのは無理なんじゃないかって…」


 リアは頷いて先を促した。


「…それで、村の中で割り当てられている場所を他の人に譲って、代わりにお金をもらって王選びに参加するための支度金にすればいいと…」


 アルが言葉を切った。リアは強張った表情のままで訊いた。


「断ろうとは思わなかったの?」


「…無理なんだ。断ってもいいけど、村の中で浮き上がるのは分かってたし、仕事で得たものは他の人の協力がないとさばけないから。それだと居続けても意味がない」


 …半ば強制、か…。


 話を聞き終えたリアは沈鬱な気持ちになった。アルは目を落とした姿のままで座っている。


 村預かりからの勧めがどのような形で行なわれたのかはアルの話からは分からなかったし、確認する気もなかった。どのような形を取ろうとアルが村から追われたことに変わりはなかった。


 島の人間はアルに宣告したのだ。


 魔王になるか、さもなくば死ね、


 と。


 いかにも魔族らしい残酷な仕打ちだった。


 …理屈は理解できる。でも、気に入らないわ。


 リアは村の住人のやり口に反発していた。


 魔族は、性質に反して保守的な生き物だった。魔族は土地に縛られて生きる。強制や慣わしではなく、自ら選んだ生き方としてだ。


 特殊な能力を有する魔族は、見知らぬ土地の住人からすれば脅威以外の何者でもない。公的な保護がなければ生まれた場所以外では命を永らえることさえ難しいのだ。ゆえに普段は長距離の移動は控えるのが通例だった。居住する場所については言うまでもない。


 そんな魔族の世界で住み慣れた場所を追われる事態は死に等しかった。金額はどうあれ支度金などたいした働きは成さない。生き延びる時間がつかの間増えるだけだ。


 そうだ、袋!


 思考の淵に沈んでいたリアは、唐突にアルの荷物に思い当たった。廊下で交わした会話と手にしていた袋の軽さを思い出していた。


 椅子から急に立ち上がると長椅子に置いてあった袋を手に取った。


「中、見せてもらうわよ」


 返事も待たずに中身を床にぶちまけた。


 中に入っていた物が勢い良く袋の口から吐き出される。落ちた物が柔らかな床に触れる音がいくつかし、小さな袋が落ちた時には複数の金属が擦れる硬い音がした。


 絨毯の上に転がった物は小さな袋が二つ、そして、木を削った粗末なコップにスプーンとフォークが一式だった。


「…たった、これだけ」


 空になり、力無く垂れ下がった袋を手にしてリアは言葉を失った。

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