第20話 二人の立場
手に持っていたアルの荷物をリアは長椅子の端に置いた。一人掛けの椅子の丸みのあるクッションの上に腰を落ち着けるとテーブルを挟んだ向かいの椅子を手で示した。
「座るといいわ。まずは少しお話しましょ。…順番が逆になっちゃったのは勘弁して」
リアに促され、急ぎ気味にアルが近づいた。リアと向かい合わせに椅子に納まる。合わせた膝の上に指を組み合わせた手を乗せ、背を屈めた姿は落ち着かない様子だった。
「改めて名乗るけど、あたしはリーゼリア・バザム。ゴノーのビシュテイン出身よ。場所は分かる?」
指先で髪をかき流しながら言うリアにアルが頷く。
ゴノーは求法院のあるギデルの次に大きな大陸だった。ギデルの西北に位置する。自然を色濃く残すギデルとは対照的に開けた地域が多く、人種も雑多だ。ビシュテインはゴノーの南東にある比較的温暖な統令地で商業が盛んだった。
「あたしは、そのビシュテインの中の分令地で生まれたの。父は令主よ」
ただ一人の魔王が全世界を掌握する魔界においては各地域を分割して治める必要があった。最も大きな単位が統令地で、統令地は分令地と呼ばれる小区域によって構成されている。統令地の長は統主と呼ばれ、分令地の場合は令主だった。
「…じゃあ、貴族だね」
「そうね。でも、あたしはそんな呼び名や位置づけに関心はないの。たとえ、あなたが最下層の賤民だったとしても構わない。盟約を結んだ以上はあなたとあたしは対等で、調制士が胞奇子をサポートする立場という意味ではあなたが上だと思ってもらってもいい。そのつもりで接して」
真剣な表情で語るリアにアルはもう一度頷いた。
「とは言っても、あたしはこんな性格だから、苦労するのは覚悟してね」
リアが笑う。アルは曖昧な笑いを浮かべた。本気か冗談か迷ったようだった。
「後は…。さっき、相転儀について質問したわね。あたしは生まれのせいもあってお呼びがかかったの。貴族階級の女性種がスカウトされやすいのは分かるでしょ? 能力を問われる機会が多いから。だから、その点については信頼してもらっていいわ。具体的には、後で実地にお見せする」
言い終わると、リアは覗き込むようにして身を乗り出した。
「次はあなたのことを聞かせて」
目が好奇心で輝いていた。アルは気後れしたかのように視線を落とした。
「…ぼくはジャーライルの出身なんだ。…その、島の集まりなんだけど…」
リアが頷いた。大広間でのドロスとのやり取りの中で既に聞き知っている。
「…ゼーナゴアの近くにあって、その中の島の一つで生まれ育ったんだ。…平民だね」
アルは言葉を切り、窺うようにリアを見上げた。リアは変わらず笑んでいた。目を戻すとアルは話を続けた。
「…おおよその想像はつくと思うんだけど、村の暮らしは豊かとは言えなくて。母さんと二人で暮らしてたのに―父さんはぼくが小さい時に死んじゃったんだ―で、その母さんも病気になって冬が越せなかった」
「…そう」
沈痛な表情をリアは滲ませた。
魔族といえども感情は存在する。同胞の死に涙もすれば、恋もする。過酷な社会で暮らすがゆえにつながりのある者への思い入れも深い。肉親を失ったアルへの共感が声にもこもった。今回の王選びが行なわれている現在は秋だ。アルの母親が亡くなってから一年も経っていない。
「それで、残されたぼくが家と持ち場を引き継いでやってたんだ。何とか暮らすことはできてたよ」
「それがどうして、と訊くのは野暮よね。魔王になる気になったんでしょうから。島での暮らしが嫌になったの?」
アルは首を横に振った。リアは怪訝な表情を浮かべた。
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