第19話 リアの部屋へ
調制士の宿泊棟に男性種が入るには条件があった。胞奇子の場合はペアを組んでいる調制士を伴うことだ。そのため、胞奇子は訓練の都度調制士に入口まで迎えに来てもらう必要があった。男性種は本棟のスタッフでさえ滅多には近づかない。
警護員に近づいてもリアは声をかけなかった。二人の警護員の側も同じだ。他の警護員も含めて特に親しんだりはしていない。中には挨拶をする調制士もいたが、警護員は目礼を返す程度だ。レクチャーの時も施設の一部ぐらいに思うよう言い含められている。ただ、時折リアはピアスの警護員から視線を感じることがあった。目を向けると妙に底光りする目つきと出会う。しかし、その体験もさほど気にしてはいなかった。
リアは何も言わず警護員の間を通過した。アルは落ち着かない様子で警護員に目をやりながらついて歩いた。
警護員の間を抜けると、リアは左手に見える幅の広い階段を昇り始めた。古めかしく重厚な手すりを備え、段全体に濃い赤の絨毯の敷かれた階段だった。宿泊棟には建物の両端に階段があり、リアとアルは入口近くの階段を進んだ。
「あたしの部屋は三階よ。念のため言っておくけど、一人でこの建物に入ろうとすると殺されるから」
事もなげにリアは言った。
「そんなことしないよ」
「だったらいいわ。せっかく森を抜けたのに、宿泊棟に忍び込もうとして警護員に殺されました、じゃ締まらないものね」
リアは含み笑いをした。
二人が階段を昇る間、他の胞奇子や調制士とは出会わなかった。大抵の人間は食堂に集まっているか、食料を調達して思い思いの場所にいるような時間帯だった。
二つの踊り場を過ぎ、三階までの階段を昇り切るとリアは左に曲がった。高く構えた天井にはきめ細かなデザインの照明が並んでいる。求法院の造りはどこも豪壮で華やかだ。通路の両側には各十室、計二十の部屋がある。幅も高さも余裕のある重々しいドアを四つやり過ごした中央付近、左手の部屋の前でリアは足を止め、アルに顔を向けた。
「ここよ」
リアは胸元のポケットから鍵を取り出して開けるとアルを部屋に招き入れた。
部屋の中は広い空間になっていた。床は足の長い絨毯だ。奥には天井と同じ高さまで連なる窓が並んでおり、窓の外は荘重な造りの広いベランダだった。窓の先には求法院を囲む城壁が遠くに見え、外に広がる森の様子が続く。両側には厚さとしなやかさを兼ね備えたカーテンが控えている。天井から下がる繊細なガラス細工の照明も豪奢な雰囲気に相応しい品だった。
反面、内部に置いてある物は少なく、部屋の隅の調度品の他は窓の近くに丸いテーブルを挟んて据えられた一人掛けの椅子が一組と窓に向かい合う形で長椅子があるぐらいだ。どちらも優雅な曲線を描いている。一人掛けの椅子の横にはランプの置かれた台がそれぞれ付属していた。椅子やテーブルをのければ小さなパーティーさえ開けそうなゆとりのある部屋だった。両横の壁には他の部屋につながるドアがあった。
アルが感嘆の声をあげた。続いて素朴な感想を口にする。
「広い!」
「そんなに驚かなくてもあなたの部屋もこんなものよ。まだ見てないでしょうけど」
「だって、これを一人で使ってるんだよね? ここだけでぼくの家が入っちゃうよ」
入口のドアを施錠していたリアは眉をひそめた。
…どういう家に住んでたんだろ?
疑問は口にはせず、部屋の奥に置かれている椅子まで歩いた。アルの言葉への感想はすぐに忘れた。
アルの家の小ささが貧しさを示しているのは確かだ。だが、部屋の中に入ってしまうほどの小ささを単純に疑問に思っただけで見下すつもりはなかったし、気持ちを遠ざけるつもりもなかった。魔族の真価は生まれでは決まらない。個々の持つ能力が全てだ。それに、リアが裕福な家で育ったのは単に運であり、リア自身が優れているからではない。
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