第18話 二人の警護員


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「今度はどこへ行くの?」


 リアの後ろをついて歩きながらアルが訊いた。


 場所は求法院の建物の間を埋める中庭だった。二人は食堂から各建物へと伸びる石造りの小径の一つを歩いていた。小径はいくつかの分岐とともに中庭を巡っていた。周囲には背の低い植栽や花壇、池や水路が配置してあり、幾人かの胞奇子や調制士の姿もあった。


 アルは求法院の黒い制服を身につけ、靴も革のものに変わっている。半端に伸びていた髪の毛も切り揃え、こざっぱりとした姿になっていた。治癒室での治療の後、再び文礼室に戻って身なりを整えていた。リアのスカートも胸のボタンも元に戻っている。文礼室の周辺には胞奇子と調制士たちの衣服を調達する被服室と容貌を整える理髪室がある。求法院を案内されるかのように部屋を渡り歩き、早めの昼食を食堂で摂った後だった。


「あたしの部屋よ」


 振り返りもせずにリアは言った。手にはアルの荷物を提げている。食堂からは右に位置する調制士の宿泊棟に向かって淀みなく歩いていた。


「どういうこと?」


 アルの声には怪訝な色があった。


「嫌とは言わせないわよ。って、変な意味じゃないから勘違いしないで。胞奇子のための訓練の場所は調制士の部屋にあるのよ。さっき、あたしの相転儀について尋ねたでしょ? 自己紹介かたがた教えておくわ。あなたのことも知っておきたいし」


 後ろに視線を振ってリアは言った。


「ぼく、夜通し森を抜けたから疲れてるんだけど…」


「…手短に済ませるから我慢なさい。それに、部屋の位置を覚えておかないと何かと困るわよ」


「…は~い」


 返事は生気に乏しかった。食事の直後だったせいもあるかもしれない。


「しゃきっとしなさい」


 背筋を伸ばしたアルが初めて気づいたかのように言った。


「荷物、自分で持つよ」


「いいわよ、このぐらい」


「そう?」


「だって、もの凄く軽いもの。元々着てた服は預けてあるから分かるけど、それにしても軽いわ。何が入ってるの?」


「…旅するのに都合がいいから、最低限のものしか持ってこなかったんだ」


「そうなの」


 さして興味も無さそうに言うとリアは中庭を進み続けた。


 調制士の宿泊棟と他の建物を連絡している回廊まで来ると、リアは進行方向を変えた。こちらの回廊は吹き抜けになっているのでアプローチが容易だ。屋根を支える支柱の並ぶ幅広の回廊をしばらく進むと入口に着いた。 


 入口は木製の扉になっていた。本棟と同じく両開きながらも窓は無い。炎を象った紋様が全体に掘り込まれている。中に入ると広い空間があり、女性種の警護員が二人、両側で向かい合う形で椅子に座っていた。警護員のいる場所は四角く窪んでおり、天井まで延びているために壁に彫り込まれた幅広の溝のように見える。優美な曲線の椅子に座る警護員は二人が近づいても身動き一つしなかった。知らない者が見れば、壁際に配置された彫像だと勘違いしたかもしれない。


 向かって右にいる警護員は背が高く、肩幅もあった。鍛え上げた身体をしているのが衣装の上からも分かる。優れた体格もあって下手な男性種よりも逞しく見えた。パンツスタイルの黒のスーツで、白いシャツにネクタイを締めて両手を組んだ前のめりの姿で座っている。褐色の肌をしており、短めの青い髪を首筋でひっつめた髪型をしていた。中央の生え際から一筋の髪の毛がばらけており、奥から深い青の瞳が静かに二人を観察していた。


 もう一人は対照的な姿形をした女性種だった。上は華やかな飾りのブラウスにリボンタイを締め、黒のベストを着ていた。身体のラインに沿っているために締めつけたかのような細いウエストが露わだ。下は黒地に黒い糸で大きな模様をあしらったスカートでフリルのついた裾は足首丈だった。足にはパンプスを履いている。リアと同じぐらいの背丈をしており、細かく縮れた濃いブルネットの髪の毛は背中で広がっていた。耳に長く下がったピアスは先端の尖った飾りも鎖も銀色だ。肌は白く、長い睫毛の下の緑の瞳は細く鋭い。こちらは揃えた脚の膝に重ねた手を置いた優美な姿だ。

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